エピローグ
春の朝。桜並木を抜けて駅へと歩く。
風に舞う花びらが肩に落ちた瞬間、胸の奥が不意に締めつけられた。
「……?」
女性は立ち止まり、花びらをそっと指先で払う。
理由の分からない感覚。誰かを待っているような、置き去りにされた記憶を探すような――そんな痛み。
駅のホームに立ち、電車を待つ。ふと顔を上げると、反対側のホームに一人の男性の姿が見えた。
背筋を伸ばし、群衆の中で静かに立つ。目が合った瞬間、心臓が大きく跳ねた。
「……あ」
声にならない吐息が零れた。だが電車の轟音がその視線を遮り、次の瞬間には彼の姿は人波に紛れていた。
女性は呆然と立ち尽くし、胸に手を当てた。
理由もなく涙が滲む。
――知っている。この人を。遠い昔から。
桜の花びらが頬に触れる。
そのとき、心の奥底から言葉が浮かび上がった。
――殿下、花が咲いたら、また一緒に見ましょう。
それは、自分の声ではなかった。
けれど、懐かしく、温かく、涙を誘う響きだった。
女性は小さく首を振り、誰にともなく囁いた。
「……いつか、きっと」
電車の到着を告げるベルが鳴る。
彼女は一歩、前へ進み出た。舞い散る桜の下で。
これにて『月下美人 ―大正浪漫悲恋譚―』は完結となります。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
この物語は高校生の頃に考えたものを、年月を経て改めて形にしたものです。
ずっと心に残っていたお話を、ようやく最後まで書き切ることができました。
まだまだ至らない部分も多いですが、一つの形にできたことにほっとしています。
ここまで読んでくださった方に心から感謝いたします。




