ラブソングは止まらないよ
「あー…悪いけど…」
放課後、体育館裏。
ありきたりなシチュエーションに、呼び出された時点で少し億劫だった。もちろん、心底悪いとは思っているんだけれど。
俺を呼び出した張本人である目の前の同級生は、「わかってたけど」なんて言いながらやはりショックそうな表情を浮かべて言った。
「あの子と、付き合ってるの?」
「…いや、」
だったら良かったんだけどね、なんて。
名前も出されていないのに、思い浮かぶのは一人だ。
*
「ま〜た告白断ったの?!」
どこから見ていたのか聞きつけたのか、廊下で友人のハルが話しかけてくる。
「『また』って、そんな何回もされてないし…」
「あのなぁ、この三年間という短〜い高校生活で女子からただの一度も告白されない男子なんて山ほどいるんだぞ!?それを一年のうちに複数されている時点で『また』なんだよ!!修二は女泣かせだなぁ!!」
「ちょ、人聞き悪いこと言わないでよ…」
ハルの大きな声に周りを伺うと、廊下の先にふと見覚えのある人影が見える。
今の、聞こえてたかな…
「何してんの」
声を掛けると、莉子はスマホから目線を上げた。
「親、迎えくるの待ってる。今朝遅刻しそうで、送ってもらったから」
「俺チャリだけど、乗って帰る?」
「え、いいの?」
「どうせ方向一緒だし」
「ありがと…」
一連の流れを隣で見ていたハルが何か言いたげに俺を見たけど、気付かないふりした。
*
自転車が揺れるたび、背中に当たる柔らかい感触。
男子高校生には、毒だ…。
「あ」
俺のワイヤレスイヤホンを片方渡して適当な音楽を流していたら、ある曲のイントロで後ろの莉子が声を上げた。
「好き…この曲」
背中に当たる柔らかい感触、腰に回る腕の体温、微かに匂うシャンプーの香り。
「俺も…好き」
俺は多分、大人になっても今この時のことを思い出してこの曲を聴くだろう。
*
「やだ修ちゃんごめんね〜!?この子重かったでしょ!?」
「ママ!!」
玄関先でちょうど帰ってきた莉子のお母さんに出くわし、そのまま家の中へと招かれた。
「お礼にお夕飯食べてってね、ちょうど修ちゃんが好きなハンバーグだから!」
「ママ、修二もう子供じゃないんだから」
「いや、俺今でもハンバーグ好きです。ありがとうございます」
「ほらぁ!ちょっと時間かかるから、部屋で待っててね?」
*
「修二、ちょっと着替えるから向こう向いてて」
えっ
久しぶりに訪れた莉子の部屋で、感傷に浸る暇もなくくるっと体を壁側に向けられる。
「修二も着替える?」
「え、あ、」
「パパの部屋着借りてこようか?」
「いや…」
部屋に響く布の擦れる音に気を取られ会話にひとつも集中できないまま、気付いたら部屋着の莉子が俺の顔を覗いていた。
「いや、お夕飯ご馳走になったらすぐ帰るから」
「付き合わせちゃってごめんね。ママ、修二大好きだから」
自分で言うのもなんだけど、目上の人に気に入られるのには自信がある。
というか、正直人から好かれるのには自信があった。いつも人が俺に何を望んでいるのか、何をして欲しいかがなんとなくわかる。
…本当に好きな子にも、好かれたいんだけど。
「?、どうかした?」
俺の目線に気付いた莉子に、「…いや、別に」とだけ答えた。
*
「で!?ハンバーグ食って帰って来たの!?」
昨日のことを根掘り葉掘り聞くハルにうんざりしながら窓の外に目を向けると、まさに話題の中心人物である莉子が校庭から校門にかけて歩いていた。
え…
「あれって、塔矢先輩?」
莉子の隣を歩く人物に、いち早くハルが気付く。
塔矢先輩。
恐ろしく綺麗な顔と、かなり変わっているらしい性格でこの学校のちょっとした有名人だ。
「お、オレ塔矢先輩と仲良いから後で聞いといてやるよ!」
校門のすぐそばに止まる見たことのない車に乗り込む二人から目が離せず、ハルの声は耳に入らなかった。
*
「校舎の裏庭で野良猫の面倒見てて仲良くなったんだって」
翌日、寝不足で机に突っ伏していた俺にハルが声を掛ける。
どうやら本当に聞いてくれたらしい。
「付き合ってるわけではないらしいんだけど…」
ハルは俺の顔色を伺うようにこちらを見やると、少し言いにくそうに続けた。
「塔矢先輩ってすごい人見知りで、特に女の子となんて喋ってるのほとんど見たことないんだ…ましてや、送ってあげるなんて
莉子ちゃんのこと、かなり気に入ってるんだと思う」
*
「そんな毎日遅刻しそうなら、もっと寝坊しないように気をつければいいじゃない」
自転車置場で自分の自転車に跨ろうとする莉子に、後ろから声を掛ける。
「今日は自転車だよ」
俺の不機嫌な声色にムッとしたのか、莉子は同じく不機嫌そうに答える。
「昨日」
ぶっきらぼうに言い放つと、莉子は一瞬動きを止めた。
「…見てたの」
「見てたも何も、あんな目立つ場所で男の車に乗れば嫌でも見えるし」
「男の車って…塔矢先輩のお母さんが送ってくれただけだよ」
「へぇ、家が近いわけじゃないのにわざわざ?塔矢先輩って優しいんだね」
「修二だって!」
我ながら嫌味っぽく返した俺に、莉子が珍しく声を荒げた。
「…修二だって、いつも…告白、されてる…」
「…は?」
「いつも、違う女の子…」
莉子は、今にも涙が溢れそうな瞳でそう言うと、俺が付けていたワイヤレスイヤホンの片方だけ外して自分の耳に付けた。
偶然にも流れていたのは、あの時莉子が好きだと言った、あの曲だった。
「俺が女の子に告白されたら、なんで莉子が泣くの」
「私が男の人と帰ったら、なんで修二が怒るの」
「…好き、だから」
「この曲が…?」
「違うよ…」
莉子の頬に触れたら、瞬きした莉子の瞳から一筋の涙が溢れた。
それを拭って、尚も涙で揺れる瞳を覗き込みながらもう一度聞く。
「莉子は…?なんで、泣くの…?」
「好き、…」
「この曲が…?」
「修二が…!好き、だから…」
片耳から流れるラブソングの結末は、ハッピーエンドだ。
end.