学校に行こうその1、もしくは転校生ベッコウ、あるいは本日も自習であることとPTAについて
「はーい、みなさん、おはようございます」
先生の朝のあいさつに、おはようございます、とユータとシノノメが答えた。二人は、机を並べて着席している。ユータはカバのぬいぐるみ、シノノメはクマのぬいぐるみを抱きしめている。学校は私物の持ち込みを禁止していないので、先生はぬいぐるみについて何も言わなかった。
「今日は、新しいお友達を紹介します。ベッコウちゃんです」
うながされたベッコウは、白ウサギを抱えて緊張している。どうしたらいいかわからず、先生を、次にユータとシノノメを見た。こういう時、アニメの中の転校生は、はじめまして、というのだ。それぐらいはベッコウも知っている。でも、昨日、お誕生会で会ったし、ぜんぜん、はじめまして、じゃない。
ベッコウは、とりあえず、おはようございます、と言った。
「はい、よくできました。ベッコウちゃんは、空いてる席に座ってください」
シノノメの隣に机と椅子がある。というか、全部合わせても席は3つしかないのでベッコウはそこに座るのがいちばん良いように思う。もちろんベッコウはそうした。
「じゃあ、お友達も増えたことだし、今日は先生の自己紹介しますね」
言うなり、先生は黒板のほうを向いて、自分の名前を書き出した。
吉祥 轍
轍に(しるべ)とふりがなを振った。
吉祥 轍
「これ、わだち、って読むんですよ。本当はね」先生はチョークでトントンと轍の部分を叩き、はぁ、と深くため息をついた「変読もいいところです。それに何より先生は女の子なんですよ。しるべ、っていう読みはともかく、こんな漢字を当てるなんて…、轍って知ってます? 舗装してない道についてる車輪の跡ですよ。でこぼこの車輪の跡…、こんな名前を女の子につけるなんて、まったく何を考えているのか…、親の顔が見たいです」先生はトントントンと轍をつついた。よほど腹に据えかねているらしい「ということで、皆さんは自分の子供に、こんな変な名前をつけてはいけません」
はーい、と言う子供たちの返事に満足したのか、先生は笑顔を取り戻し、そして言った。
「よくできました。じゃあ、あとは皆さんで自習です」
ーーわあ、ほんとに、自習、って言った…
ベッコウは驚いたが、他の二人が平気な顔しているので、ベッコウもつとめて冷静を装った。
先生は、いそいそと教壇から教室の隅っこにあるテーブルに移動した。PTAとフダの着いたテーブルにはユータのお母さんが座っている。先生はお母さんの対面に当たり前のように着席した。
「ほんと、ベッコウちゃんが来てくれて、この教室もにぎやかになって良かったわぁ」
「まあね、生徒の数よりPTAのほうが多いってのは、どうかって、前から思ってたんだけどね」
「多くないよ。二人と二人で同数、いまは三人と二人で、あきらかに生徒の数が多い、どんどん学校らしくなってる」
「そうぉ? あいかわらず、ぜんぜん、学校らしくは見えないんだけど」
「そんなのあなたの感想でしょ? こういうのは先生の言うことがぜったいなの。学校らしいの。学校法人吉祥学園はホンモノの学校なの」
いや、それはどうかな? とベッコウは思った。シンタグマメソドロジーを通して知っているだけとは言え、吉祥学園は、いわゆる学校とは、だいぶ違う…、と思う。
「そんなことよりさぁ」先生は、お母さんに媚びるように言う「アレね。すごくいいじゃない。アレ」
「アレ?」
「そう、アレ」先生は生徒たちの方に目配せする「アレ、いいなあ。あたし、アレ、欲しいなぁ」
「ええー? アレ? だって、アレ、子供用だよ。あなた大人じゃない」
「子供とか、大人とか、どうでもいいじゃない。欲しいのよ。お願い、作って」
「自分で作れば?」
「苦手だもん、ああいうの…。ね、お願い」
お母さんは、ええ、とか、でもぉ、とか明らかに嫌そうなのだが、先生はキラキラした瞳でお願いポーズを崩さない。けっきょく、お母さんが根負けした。「…わかった。作ったげる」
「わーい、あのね、キリンがいいんだ。キリン。黄色くてさ、茶色のマダラが…」
「布はアレしかない」お母さんが子供たちの方を顎で指す「だから色は白」
「えー、なんでよぉ」
「抱き心地が良い布なんだよ。色は白だけ、嫌なら作らない」
「あー、わかったよ。もう、白でいいから、でも、キリンはゼッタイね。ゼッタイだから…」
「ユータ」シノノメが不意に声をかけた「三重水素って、まだ要ります?」
「ああ」ユータはキーボードを叩きながら、空間ディスプレイを切り替えて答える「いくらぐらいある?」
「3トンぐらい」
「あ、いいな。全部欲しい」
「ワタシも持ってるよ」ベッコウも加わった。ヘンなPTAの話聞いてるより、こっちのほうがずっと良い「少し重水素混ざってても良ければだけど… 要る? 要る?」
「純度と形態は?」
「凍結水素で、三重水素、重水素原子比率が、78、22、ネットで200トンかな?」
「すごい、200トンも?」シノノメが驚きの声をあげる。
「原子炉向けだね、それだけあれば十分。精製し直しても良いし」ユータも嬉しそうだ「貯蔵空間は亜空間接続できる?」
「うん、座標は…」接続座標をユータに飛ばしたベッコウは、ふと思いついて、ユータに問うた「原子炉用じゃなくて、精製し直す、って…、爆弾でも作るの?」
「うん、まぁ…」ユータはちょっと言葉を濁した「十歳になったんだし、水素爆弾くらい持ってたほうが良いんじゃないか、って言われて…」
「お父さんに言われた?」
「いや…、工場長に…」
工場長って、誰? とベッコウは思ったのだが、口に出す前にシノノメがニコニコしながら声をかけてきた。
「本当に、すごいですねぇ。200トンも三重水素持ってるなんて、ユータ以外でそんな人初めてです」
「いや…、シノノメだって高純度三重水素3トンも持ってたじゃない」
「シノノメは、実習のついでで、面白かったので、多めに作っただけなので…、ベッコウは核融合炉とかお持ちなんでしょう? それ用の燃料ですよね。素敵です。シノノメは…、あまりそういうことは得意ではないので…」
そういうの苦手とか、さっきも誰かが言ってたような気がするけど…、違うんじゃないか? いろいろと…
何かを訊いたほうが良さそうだ、とベッコウは思ったのだが、じゃあ、何を訊くんだ? と考えてしまってベッコウの頭がぐるぐる回ってしまう。訊ねたいことが多すぎて、何から訊いたら良いのかわからない。
「よし、これで転送完了」ユータは平常運転だ「だいぶ余裕できたよ。ありがとうベッコウ」
「水素爆弾作るならさ」わけがわからなくなったベッコウは、思わず、とくに聞きたくもないことを聞いてしまった「点火源はいらない? プルトニウム239とか?」
「点火源は考えてないんだ」ユータは平然と言った「別次元の物質の重ね合わせでやろうと思ってて…」
「でも、それって、難しくない?」
「この近所だと無理だよなぁ」ユータも同意した「超空間を使うから、地球の重力圏内ではやらないほうが無難かな。お父さんみたいな無茶はしないよ。宇宙に行ってからでも遅くはない」
「そうですね。宇宙に出てからのほうが良いです」
シノノメも当たり前のように言うので、ベッコウも、まあ、そうだね、と、なんとなく相槌を打った。
次回投稿は02/14 18:00の予定です