お誕生パーティその2、インチさんと白いぬいぐるみ
「やあ、ベッコウ、お誕生日おめでとう」
インチさんはぬーっと床から現れた。
インチさんはよくこういうことをするので、最近はみんなあまり驚かない。驚かなくてもインチさんは懲りない。そういう人なのだと思う。
「こんにちは、ほとんどパパ。もう、外に出られたから、いつでも会えるよ」
「ホントだねぇ」そう言いながら、インチさんは顔をくしゃくしゃにした。よほど嬉しかったのだろう、メガネの奥の目から涙がこぼれそうになって、慌てて目を瞬かせる。が、ふと思い直して、ベッコウにたずねた「ほとんどパパ、って何?」
「パパって言うと嫌がるじゃない 」ベッコウが答えた。
「だって、パパじゃないし…」
「だから、ほとんどパパ。パパじゃないから、いいでしょ?」
「う、うーん、…まぁ」
インチさんは唸りつつも嬉しそうだ。照れ隠しなのか、右上の空間に手を突っ込んで、ナニかを引きづり出す「はい、コレ、プレゼント」
インチさんはベッコウの前に有に1メートルはある真っ白なウサギのぬいぐるみを突き出した。
「う、うぉ? う…、う…」
ベッコウはウサギとインチさんを交互に見比べている。声がうまく出せないようだ。
インチさんが微笑んでうなずくと、ベッコウは、力いっぱい目の前のウサギを抱きしめた。
「……りが…、…りがとう…」
ようやく声が出たベッコウに、シノノメが駆け寄る。
「さ…、さわっても…、いい?」
「…うん」
おそるおそる右手を出して、ウサギのアタマを撫でるシノノメ、なにかよくわからない女の子同士の言葉で、ベッコウとシノノメは話し合いながらウサギを撫であっていたが、そのうち、ウサギを挟んでお互いに抱き合っていた。
「はーい、そろそろ始めるよー」
「パーティー、パーティー」
「ごちそう、ごちそう」
一匹と一羽を従えて、お母さんがワゴンを押して部屋に突入してきた。ワゴンの上には鶏の丸焼きとサラダ、スープポットと、そして、もちろん、大きなフルーツケーキが載っている。カラフルねじねじろうそくは十本だ。
「あれ? インチ、いたの? あなたの分はないよ」
「あ、お構いなく」
インチさんはお母さんに向かって手を振ると、すーっと出てきたときと同じ向きで、今度は天井に吸い込まれていった。
「今日はプレゼント届けに来ただけだから、また来るよ。じゃあね」
ユータはブカブカで落っこちそうなインチさんの靴を眺めていたが、踵まで天井の中に消えたので、ようやくホッとした。
「プレゼント?」不審げに右眉をつり上げたお母さんは、ここでようやく白ウサギと渾然一体になっているアマンダとシノノメに気がついた。
「なんだ、そう言うことか、…インチのヤツ」
「インチさんが、どうかしたの?」
「どうもこうも、アレよ、アレ」お母さんはウサギのぬいぐるみを指さす「作ったの私なのに、かってに持ってって…、まあ、もともとベッコウちゃんにあげるプレゼントだったから、いいけど」
お母さんは左上の空間に手を突っ込んで白いふわふわのものを取り出した。
「はい、これは、シノノメちゃんの分」
それは白ウサギとほぼ同じ大きさの白クマだった。
「く、くくく、く、くまー」
うなり声と言語の中間あたりの音を発しながら、シノノメは白クマのぬいぐるみに両手を伸ばす。
「いいの? シノノメのでいいの?」
「いいよー、いくら誕生日っていっても、ベッコウちゃんだけだと、ちょっとアレだしねー」
お母さんから白クマを受け取ったシノノメは、あうあう言いながら、お互いのぬいぐるみを見せ合うようにベッコウの前に立った。
二人は狂喜して、ぬいぐるみを交換したり、持ち主を交換したりと、組んずほぐれつしている。
「はい、はーい、そこまでー」
お母さんが、パンパーン、と手を叩く「ケーキ食べるよー。ろうそくフーってするよー」
お母さんと二人の子どもとヨウムとパピヨンはみんなでハッピーバースディを歌う。はち切れんばかりに胸を膨らませて、ベッコウは一息に10本のろうそくを吹き消した。
「はい、最初はベッコウちゃん、いちばん大きいトコ。はい、次はシノノメちゃん。それで、ユータ」
ヨウムのペレットとパピヨンのドッグフードにもロウソクが立っている。トッペンとコイントスも嬉しそうだ。
ケーキが大きすぎるのもあって、半分ほど食べたベッコウとシノノメは、また、ぬいぐるみで遊びはじめた。しろうささん、しろくまさん、と呼び合いながら片手ずつ握手したりしている。ユータは鶏モモを頬張りながら、ボーッとそれを見ていた。
「どした? ユータ?」
聞いてきたのはお母さんだ。お母さんはユータの視線を追いながら、女の子たちとぬいぐるみたちを指さす。
「あれ、欲しいの?」
ユータは、コクリと頷いた。
「そっかー、男の子も、あーいうの欲しいんだー。気がつかなかったよ。ゴメンね」
それから、うん、うん、と何度もうなずくと、お母さんにまかせて、っと胸を張り、ピューっと何処かに行ってしまった。
トッペンとコイントスは仲良くと並んで食べ続けている。ときどきとなりの皿にも頭を突っ込んでいた。おいしいのかな? どうだろう?
ユータは自分の分のケーキにフォークを突き刺した。
――何か楽しいな。
なんにせよ、こんなに賑やかで楽しいのってはじめてのような気がする。自分の誕生日はシノノメとお母さんとで楽しかったけど、こんなではなかった。シノノメの誕生日はシノノメの家で、先生とシノノメと自分…。
――1人増えただけで、こんな楽しいんだな。
誕生日って素敵だ。
ベッコウはベッドの中で目を爛々と輝かせている。
眠れる気は全くしない。
ウサギのぬいぐるみを抱きしめているせいもある。
コイントスはウサギとベッコウの間にはさまって寝ていた。
シノノメは、明日お会いしましょう、と言い、クマのぬいぐるみを連れて誕生会から帰っていった。
ベッコウはぬいぐるみとコイントスを抱っこしながら、ベッドの中で真剣に明日のことを考えた。
明日のことを本気で考えたのは初めてのような気がする。
思えば、シンタグマメソドロジーでは、だらだらと続く未来があっただけで、明日というようなものはなかったのかもしれない。
明日のことで頭がいっぱいで…
ベッドの中、ベッコウは眠れる気が全くしない。
大騒ぎのベッコウのお誕生日パーティーのあと。
片付けを終えたユータは、自分の部屋に入るなり、ギョッとした。
何か、白い、もこもこしたものが机に置いてある。
「なんだコレ?」トッペンが机に飛び乗って、クンクン匂いを嗅いでいる。
「カバだよ…、きっと」耳があるし口が大きい、足が4本あるからヘビではないと思う。「さすが、お母さん。仕事が早い」
ユータは白いカバのぬいぐるみを机から取り上げると、ギュゥと抱きしめた。
――なんでカバなのかはユータにもわからない
次回投稿は02/07 18:00の予定です