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お誕生パーティその1、もしくは吉祥東雲が初めてベッコウに会うこと


「本日はお招きいただきましてありがとうございます。ベッコウ、初めまして、吉祥(きっしょう)東雲(しののめ)です。お誕生日おめでとう。今後もよろしくお願いします」


 ベッコウは、突如として現れた黒髪の少女に息を呑んだ。突然の出現は亜空間(スュードスペース)走路を抜けてきたからで、驚くほどのことではないが、初対面の、しかもシンタグマメソドロジーを通してすら見たこともないほどの美少女が、親しげに話しかけてくるので硬直してしまった。


「気に入っていただけると嬉しいのですが」シノノメは後ろ手に隠していたリボン付きの箱をベッコウに差し出す。どうぞ、と促されたベッコウはおずおずと包みを開ける。


「綺麗… 」


 思わずつぶやいたベッコウに、シノノメは嬉しそうに微笑む。


 竹細工の扇は透かし彫りの猫と鞠をあしらっていて、そこかしこに瑪瑙が埋め込まれていた。「こんなふうに使うんです」シノノメはベッコウの手に扇を取らせ、その手を支えてゆっくり動かす「風が来るでしょう? そして、畳む、と小さくなります」


 ベッコウはシノノメにされるがまま、手を動かしているものの、身体は固まったままだ。


「どうしました? ベッコウ? 気分悪いのですか?」


「ベッコウはシンタグマメソドロジーから出たばかりだから」ユータが二人に割って入る「だから…、あんまり慣れないんだと思うよ。その…、いろんなことに…」


「そう、そう、そう、そういうの、そう…」


 突然、自分を取り戻したベッコウは猪突にしゃべりだした。


「ワタシ、4時間前まで、シンタグマメソドロジーにいたから、いたから…この世界のこと、ホントはよくわからないのこと、あるある、よくある。シノノメのことは知ってたけど、シルベさんが言ってたのと、なんて言うか、イメージ違うし…」


「母が…?」


 シノノメの眉根がヒクリと動く。やばい、と見合わせたユータとベッコウだが、よせば良いのにユータが口を開いた。


「先生、…イインチョーのお母さんは、ちょっとイインチョーに厳しすぎて…、だから…」


「あのー…」シノノメは、控えめだが揺るぎない意思を込めた口調で言った「それ(ヽヽ)、やめてください、って何度も(ヽヽヽ)言いましたよね?」


「え? ええ?」


シノノメ()は、委員長ではありません」


「ええー?」ユータは心底、驚きの声を上げた「だって、ボク、イインチョーじゃないよ?」


シノノメ()も、委員長ではありません」


「それは、おかしいよ」


「おかしくありません」


「だってイインチョーって必ずいるものだよね? ボクがイインチョーじゃないんだから、イインチョーがイインチョーでしょ?」


「いないこともあります。…だいたい、私たちのクラスはユータとシノノメの二人しかいないじゃないですか、委員長…なんて必要ありません。いったい誰が委員長がいるなんて言ったんです?」


「アニメで見た」


「…ワタシも」


 ベッコウはうっかり口に出してしまったが、シノノメの強い眼差しを向けられて、あわてて取り繕う。


「あ、でも…、リーダーとか会長とか、隊長とか、番長とか、姉御とか…」どんどんシノノメの視線が冷たくなっていく、ベッコウは生きた心地がしなかった「いろいろあったと思うんだけど…、シノノメは…、…どれ?」


「どれでもありません」


 そう言って、シノノメは、ホゥ、とため息をついた。哀しそうだった。


「あ、ゴメン、ほんとゴメン、そういう意味じゃないんだよ」


「そう、違うのよ、違うから…、でもさ…」ベッコウは何か腑に落ちない顔つきでシノノメを見つめる「アナタのことなんて呼んだらいいの?」


「シノノメです」心の底から落胆したシノノメの声が小さく響いた「シノノメ()のことはシノノメ(シノノメ)と呼んでください。できるならば、そうしてください」


 シノノメは、もういちど小さくため息をついた。


 シノノメも誰かのお誕生日を台無しにするほどには無分別ではない。悪いのはユータなので、それほど哀しさも長続きはしない。


 いつものことなのだ。


 それにベッコウはシノノメが、聞いていたより、ずっと普通の女の子のように見えた。デザイナーズチルドレンというのはとても頭が良いと聞いていたので、ユータみたいにヘンなのだと思っていたが、別にそんなこともなかった。そうは言っても、自分と同い年の女の子に会ったのは初めてなので、確信は持てなかったのだけれど…


 ただ、自分の記憶にあるどんなお人形よりも、可愛らしいのには驚いた。本当に人間かどうかさえ疑うほどには可憐に見えた。


 デザイナーズチルドレンというのは、そういうものなのかもしれない。


 シノノメは美しいものに対しては、あまり長く憤りを保てる(たち)ではなかったので、気を取り直して微笑むと、ベッコウに言った。


「ベッコウはシノノメ()たちの学校に通うのですよね 」


「そ、そう、そう、シルベさんが言ってた」ベッコウはシノノメが笑ったのが嬉しくて、つい、そう言ってしまったのだが、言ってから、また、しまった、と思った。でも、シノノメは怒らなかったので、これ幸いと続けた「学校は初めてなんだ。学校って何するの?」


「歌を歌ったり、絵をかいたりします。体操もしたり…」


「あと、給食も食べるよ。昼寝もするし」


「勉強ってなあに?」ベッコウが言った「学校では勉強する、って聞いた」


「勉強?」シノノメは困った顔になり、ユータの方を見た「調査とか実験のことでしょうか」ユータも困っているようだ 「自習のことかな?」


「自習? 勉強って先生が教えてくれるものだって聞いたけど」


「先生はシノノメ()の母しかいないんですけど…」シノノメは本当に困っている「母は、学校では、『はい、今日は自習』としか言わないので…」


 うーん、とベッコウは唸ってしまった。目玉をクルクルッと回す。かわいいな、とシノノメは思った。


「あ、そうだ」ベッコウは何か思い出したようだ「シルベさん、勉強はみんなが揃ったらする、って言ってた。まだ揃ってないから勉強しないんだよ」


「みんな揃ったら、ですか…」


「うん、そう」ベッコウは目を輝かせて頷いた「第二世代デザイナーズチルドレンは、あと二人いるんだ。コーラルとアイボリー。あの二人が来たら勉強を始めると思うよ」


「もうすぐコーラルのお誕生日ですものね」シノノメが嬉しそうに言う「アイボリーはそのあと…、そしたら、みんなでお勉強…」


 そこまで言って、シノノメはユータに顔を向けた。ユータはなにか無表情だ。ベッコウの方も戸惑っている。


 三人は押し黙った。たぶん、考えていることは同じだ。


 勉強って何だろう?




次回投稿は01/31 18:00の予定です

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