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お父さん救出大作戦その5、救出大成功…なのかな?



 お母さんは水筒も置いていった。マグカップも2つある。こういうところは抜け目ない。


 立ち食いというわけにはいかないな、二人は向き合って廊下に座った。水筒からホットミルクをマグカップに注いでカンパイした。


 1個目のチーズバーガーは、二人ともあっという間にたいらげたのだが、残るひとつが…


「やっぱり、多いと思う」ベッコウがユータに差し出してきた。


「もう、お腹いっぱい?」


「え? あと、ちょっとぐらいなら…」


 何故だか頬を赤らめるベッコウ。ユータはベッコウからハンバーガーを受け取ると包装紙を開きながら言った。


「じゃあ、半分こしよう」


「うん」


 とてもうれしそうにベッコウが答えた


 半分ずつのハンバーガーを二人はちょっとずつ、ものすごくゆっくり食べた。


「あのね。ユータ」


「うん?」


「シンタグマメソドロジーの境界って、どの辺なの?」


 ああ、と、やっとユータはベッコウの問いかけの意味を理解した。


「さっきお母さんが出てきた扉の手前ぐらいだよ。あの二人もお母さんと帰れたし、たぶん、そういうこと…」


「え? それじゃ、ワタシ…」


「うん、まあ、そうなんだけどさ…」


 ユータはほんの少し歯切れが悪い。


「ベッコウは、もう、自由だからどこにでも行けるけど…、その…」


 ユータはマグカップを口につけ、冷めかけたミルクを飲み干すと、その勢いで言った。


「もう少し付き合ってくれないかな。その…、お父さん探すのさ…」


 うん、とベッコウはさっきよりも、ずっと力強く頷いた。




 ところで、と、右に曲がる通路を進みながらベッコウが言う。「何で、お父さん探してるの?」


「え? あああ、その…」


 もののついでで聞いてみただけなのに…、ユータはとんでもなく(ヽヽヽヽヽヽ)うろたえている、いや、何で冷や汗までかいてるのか…。ベッコウのほうがビックリした。


「いや、なんて言うか…、前から言われてたんだよ、さらわれる予定だから助けて、って、…でもさあ、そんなこと普通、ないじゃない? いや、…あるのかな、…普通? いや、そうじゃなくてさ、普通って何だろ? あ、いや、そうじゃなくて。とにかく、前もって色々しらべてはみたんだけど…、これからさらわれるから、助けて、なんて言う父は、文献上ではほとんど存在しないので…」


 何かとんでもない地雷を踏んだらしい、ベッコウはおろおろしたが、ユータがそれ以上にアレなので、もう、ホントウにどうにかして欲しかった。


 シンタグマメソドロジーを出たとたんにコレだ。


 外界なんてそれほど良いトコでもないよ、とインチさんが言ってたけど、…そうかもしれない。


 でも…。


 思い直したベッコウは、おずおずと、ユータに言葉をかける。


「あ…、お父さんのことは、なんて言うか…、もう、いいからさ…。…ベルンシュタイン教授、って、どう?」


「じいちゃん? じいちゃんのこと?」


 途端にユータの目が輝いた。お父さんの話し以外なら何でも良いんだろう。


「じいちゃんはさあ、レオンハルト・ベルンシュタインって名前だけど、なんだか有名な音楽家と同じ名前なんだよ。でも歌、下手クソで、でもカラオケ好きで、独りカラオケとかよく行くんだって噂で聞いた。噂できいただけだから…」


 これまた止まらない、何でスイッチ入っちゃったんだろう。困ったベッコウは精一杯で言い返した。


「でも、ワタシ造ったの、ベルンシュタイン教授だよね」



 えぇ? ユータは怪訝な顔を向けた。


「確かに教授(じいちゃん)は優秀なアレシボ・リプライの解読者(デコーダー)だけど、単品じゃ機能しないでしょ」


「機能しない?」


「うん、頭悪いし」


「頭悪い? じゃあ、あんまり警戒しなくて良いの?」


「警戒? 何で?」


「インチさんが、そう言ってた」


 ああ、とユータはようやく納得したようだ。


「気を悪くしないで欲しいんだけど…」ようやくテンションが落ち着いたらしいユータ「もう、デザイナーズチルドレンに執着してるのなんて教授(じいちゃん)くらいしかいないんだよ」


「そりゃあ、ユータのお父さんとお母さんいるし、デザイナーズチルドレンなんて時代遅れだもの」


「いや、そういうわけじゃなくて…」ユータはベッコウを気づかってか、言葉をにごした「アレシボ・リプライについて、もう、考えたくないだけだと思うよ」


「公開されたら、自分たちの手に負えないものだったから」


しあわせのたからばこ(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)ではなかったからね」


「そんなものはどこにもないよ」


「まあ、そうだけど、そんなことは、ほとんどの人が知らないんだ」




 ドアを開けて入った部屋で、お父さんは、仰向けでふて寝していた。もちろんスクワットなんかしてない。お父さんは飽きっぽいのだ。でも、ユータとベッコウが入ってきたのには、すぐ気づいた。


 お父さんは両足裏をピタリと床平面に固定し、長母趾伸筋だけで立ち上がった。踵を支点にして真っ直ぐに起き上がる格好だ。普通に考えたらできゃしないのだが、やってしまったことは仕方がない。


「やあ、お子さんたち」お父さんはにこやかに寵する「来てくれて本当にうれしいよ」


 ユータなんて慣れたものだからどうということはないが、ベッコウはお父さんのことはそれほど詳しくはない。尋常とは言い難いお父さんに、彼女の身体は緊張ですっかり固まってしまって動けなくなった。挙動言動が訝しいのはともかく、お父さんは下肢部を拘束バンドで固定されており、両腕は後ろ手に親指どうしをワイヤーで縛られていた。こんな状況ではどうやったって不自由なハズだが、そんなことはお構いなしに平然としていた。


「靴の踵開けて、強化剤パッチ出してくれる?」


 言われたユータは顔をしかめる「強化剤はあんまり使うなって、お母さんに言われてるでしょ」


「だって、他にどうしろっていうのさ?」


「はい、はい、わかりました」


 ユータはお父さんの右足にしゃがみこんだ。右踵を上げてくれたので、踵の収納ボックスを開け、ダームシートを取り出す。


 ココ、ココとお父さんが自分の頸部を伸ばして右に曲げる。ユータはダームの裏面シートを剥がし、お父さんの首に貼り付けた。


 ほぅ、とお父さんは一息ついて、ゆっくり数を数えだした。1…、2…、3…


 30数えたところで、お父さんは急に大きく胸を膨らませ、全身に力を込めた。両手の親指をつなぐステンレスワイヤーが、ぷつっ、と千切れる。


 両手が自由になったお父さんは、下肢に巻かれた拘束バンドを引き裂いた。両足を開いてふんばると両手をぐるぐる回した。


「じゃ、帰ろうか」ユータが言うと、お父さんはあわてて二人を引き留める。


「まって、まって」


 笑顔を崩さず、お父さんは二人を抱きしめた。そのまま持ち上げると、右肩にユータを、左肩にベッコウを乗せる。


 ユータはいつものことなので、そのまま右肩にちょこんと座っているが、ベッコウは初めてだしそうもいかない。落っこちないように両手でお父さんの頭にしがみついた。


「インチがさあ」お父さんはしゃべりながら歩きだした。部屋は思ったよりずっと広いし、天井も高い。いろんなものがごちゃごちゃ置いてあって倉庫みたいだ。お父さんは背も高いし、ロボットに乗ってるみたいで気持ち良かった。「何か面白いもの拾ったって言ってたから探そうと思うんだよ。たぶんココにあるんじゃないかなぁ、って思うんだ」


「面白いもの、って何?」


「何だろ? インチってそういうとこ秘密主義なとこあるから、よくわからない」


 ユータはベッコウのほうを見た。表情はこわばっているが、嫌というほどでもなさそうだ。シンタグマメソドロジーから出てすぐだから、多少緊張するのはしかたのないことなのかもしれない。


「あ、これこれ、たぶんコレだ」


 お父さんが立ち止まってそう言った。


 お父さんが止まったのは、戦闘機の前だった。


 F35ライトニングⅡ。


「インチさん、拾ったって言ってなかった?」


「うん、拾ったって言ってたよ」


「F35は落ちてないでしょ…」


「落ちてるでしょ。世界中に」


 二人の子どもを肩に乗せたまま、お父さんは開いたF35のキャノピーにもぐり込んだ。


 無造作にF35のエンジンを始動する、お父さん。


 ターボファンが薄い唸りを上げ、次第に高音域へとすべっていく。ジェット噴流を感じられるのならば、熱いではなく、すでに痛いと思うほどの咆哮。


 それほどの推進力ですら20トンを超える機体を推すにはもどかしく、じりじりとF35が進む、その5メートル先には、壁。


 こわい、


 ベッコウがお父さんの首にかじりついた。


「こわくないよ」


 ユータの言葉に、お父さんがニッと笑む。


 前方の壁は、白の点と黒の点、誰にも予測不可能なマンデルブロのしみのように広がっていく。


 ベッコウの腕は、お父さんの頭を通り越し、ユータを直接つかんだ。


超空間(ハイパースペース)走路だ」ユータがベッコウを優しくかき抱く「ベッコウ。お父さんが開いたんだ。何も怖いことなんかない」



次回投稿は01/24 18:00の予定です

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