表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

お父さん救出大作戦その3、もしくはシンタグマメソドロジー、そしてベッコウ


 実際、穴の底は浅かった。ユータとトッペンが底に降り立つと周囲が急に明るくなった。


 天井は低い。背の高い大人ならつかえてしまうだろう。トッペンとユータには関係ないが。


 廊下は左に緩やかにカーブしている。トッペンが進んで、ユータがその後を追いかける。


「ちょっと特殊な空間だな」


 何が? とトッペンがユータの独り言に聞き返す。


「いちおうハウスドルフ空間ではあるんだけど、両側イデアルではないみたいだな。左イデアルなんだよ」


「それで左に曲がってんのか」


「そういう意味じゃない。割り算ができないんだ(たい)をなしてない」


「割り切れないことなんて、世の中にいくらでもあるよ」


「そういう意味でもないんだけど。片方を欠落させてるから、一方通行で何かを閉じ込めてる。何を閉じ込めてるかはわからないけど…、あ、そこはダメ」


 先行するトッペンが左側に現れたゲートをくぐろうとする。それを見たユータが急いで止める「入るところは教えるから、それまで曲がらずに真っ直ぐ行って」


「曲がってるぞ?」


「そこは曲がってていいんだよ。曲がってるけど真っ直ぐなんだ。本当に曲がるとき(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)はちゃんと言うから」


 面倒だな、とボヤいたトッペンはユータに言われるまま真っ直ぐ(ヽヽヽヽ)に走った。


 道なりに点々と現れる左側ゲート、その間隔が次第に狭まり、流れるように後方へ流れ去る。唐突に右前の壁に現れた右側ゲート。


 お? と首をそちらに傾けたトッペンにユータの声が飛ぶ。


「よーし、そこ、下に、下の穴に飛び降りて」


 うっかり飛び越してしまったトッペンは、あわてて前脚をふんばり、後方宙返りで穴の中に飛び込んだ。


 今度の穴は底がない。ないというか、とても深い。普通の穴ではなさそうだった。いつまでも落ち続けるような感覚だが、落ちる速度が増すようには感じなかった。次第に周囲が暗くなり、トッペンは少し心細くなる。でも…、とトッペンは勇気を奮い立たせた。亜空間(スュードスペース)走路ではこんなことはしょっちゅう(ヽヽヽヽヽヽ)なのだ。いちいち泣いていたらユータに笑われる。


 思いのほか簡単に着地したのでトッペンはホッとした。突然周囲が明るくなって…


「トッペン、トッペンじゃない。なんてこと…」


 甲高い声が頭の真上からして、鳥の羽ばたきが聞こえた。


「コイントスか」


 見上げたトッペンが驚きの声を上げる


「なんとも久しぶりだ。またオマエと会える日が来るなんて、泣けてくるぜ」


「本当に、トッペン」


 ヨウムのコイントスは、自然のヨウムにはない極彩色の羽根を羽ばたかせ、トッペンの前に降り立った。瑞々しく輝く黄緑の羽根を膨らませると、喜び勇んで言う「嬉しいわ。犬なんて早死にが多いから、もうアンタには会えないと思ってたのよ」


「ちょ、会った途端に憎まれ口かよ」トッペンは軽く犬歯を剥いた「あいかわらずの別嬪さんが、その口の悪さで3割引きだ」


「そっちこそお世辞の旨いのは変わりなくてビックリよ、犬のくせに(ヽヽヽヽヽ)。まあ、そんなことはどうでもいいわ。ねえトッペン」


 ヨウムはたどたどしくパピヨンに近づくと、しなだれかかるようにその耳に囁きかけた「アンタが来たってことはユータもいるんでしょ?」


「やあ、はじめましてコイントス」いつの間に、トッペンを追って底に着いたユータは、コイントスにむかって深々とお辞儀した「あl会えてとてもうれしいよ。そしてキミがいるということは、この空間は…」


「そう、ココはシンタグマメソドロジー」コイントスは優雅に羽ばたくとユータの周りを旋回し、その肩にとまると、言った「デザイナーズチルドレンのゆりかごよ。ねえ、ユータ、お願いがあるのよ。アナタとトッペンに」


「なんなりと」


 ユータは言い、それに響きを合わせるようにコイントスが言った。


「アタシとベッコウを、ベッコウをここから連れ出して」


「了解、引き受けた」


「え? ベッコウちゃんいるの?」トッペンは頓狂な声をあげると首を振って辺りを見渡す「どこにいるんだ?」


「あそこ」


 ユータは真っ直ぐに天井を指さした。


 闇、というよりは不定型な何者かを直接混ぜ合わせたような虚空。


 それはゆっくりとした螺旋で、鳶が滑空する姿のように、淡い空色のワンピースの裾をはためかせながら回転しつつ落ちてくる。


 スピードが緩やかなのは、空気をはらんでというよりも、重力定数を変えているみたいな降り方だった。


 少女は笑顔のまま、左右に広げたユータの腕の中に舞い降りた。


「はじめまして、ユータ。会えてとても嬉しい」


 顔の半分を覆うような大きな縁のメガネが、とてもかわいらしい。


「あのね、ベッコウ」ユータはベッコウを抱えたまま、彼女の顔に自分の顔を近づけた「お願いがあるんだ」


「なんなりと」


「ボクのお父さん知らない?」


 ベッコウは、クスリ、と微笑むとユータの両腕をすり抜けて地面に降り立った。そしてクルリと踵を返して歩き出す。


 ベッコウの前方にピンク色に輝く丸い穴が現れた。穴は輝きを収めながら楕円に拡がってゆく。発光する楕円の手前までよどみなく歩いたベッコウは、微笑みながら振り向いた。


「ついてきて、ユータ」ベッコウは言った「今日はワタシの十才の誕生日、そんなたいせつな日にユータが来てくれるなんて、ホントに素敵なプレゼントだ」


 そしてベッコウはその淡い微笑みを置き去りに、薄桃色の楕円の中に消えた。


次回投稿は01/10 18:00の予定です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ