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宇宙大回転マッハシステム ―― 第1象限  作者: 二月三月


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21/21

限りなくゼロに近づく第1象限の極限、もしくは座標軸上のロンド


 バオバブのツリーハウスは、夜であっても世界を見下ろしている。


 ベッコウは、ツリーハウスのテラスに寝転んで夜空を見ていた。眼鏡はかけてない。


「何が見える?」


 ダンベルスクワットをしながら、コーラルが聞いた。


「星の瞬きは、空気の揺らぎのせいだけじゃないこと。この世は本当に複素空間で、虚数はしっかり実在していること。ワタシの見ている星々の輝きは、実はイカサマで…。でも、星から見たらワタシのほうが、真っ赤な嘘なこと。赤方偏移を向こう側から覗いた者がいないこと。夜が真っ暗だというのは、どう考えても理屈に合わないこと」


「そんな些末なことはいいよ」コーラルはにべも無い「本当のユータは見えないのか?」


あの(ヽヽ)ユータが偽者だっていうの?」


「いや、本物だろう」


 コーラルはダンベルを置いて近寄ると、覆い被さるようにベッコウの瞳を覗いた。


「オレのシンタグマメソドロジーを粉々にした。…連れ出してくれるだけだと思ってたんだ。まさか、ぶち壊すだなんて、想像できなかった」


「ユータにできないことは無いんだって」ベッコウは声を上げて笑った「シノノメが言ってた。あの子が言うんだから間違いはない。ねぇ、コーラル」


 ベッコウが挑むように言う。


「ユータがもういるのに…、ワタシたち(ヽヽ)まで居る理由は何?」


「オレたち(ヽヽ)を欲しいと思ったヤツ(ヽヽ)と、オレたち(ヽヽ)を造った(ひと)で理由が違う」


「どういうこと?」


完全遺伝情報再構成(フルスクラッチ)のデザイナーズチルドレンが必要だったのは誰だ?」


「ベルンシュタイン教授?」


「教授は欲しがってた(ウォンテッド)けど、必要だ(リクワイアド)とは思ってなかったんじゃないかな。最初の翻訳者(デコーダー)だし、執着は凄いけど、まあ当然と言えば当然、二枚も三枚も噛んでたのは確実だろうけど」


「じゃあ、誰よ?」


「知らない誰か」


「何それ?」


知らない誰か(アンノウンサムバディ)だよ」


 コーラルは笑って、ダンベルを持ち直すと、ワンハンドローリングを始めた。


「まあ、個々人は、やったほうが良いかな、ていう程度の事案だけど、自分がやるんなら面倒で嫌だな、て話で、でも成果は欲しい。誰かが進めてくれるんなら、がんばってもらって最後に良いとこ取り(ヽヽヽヽヽヽ)したい…、と。具体的には、各国の特務機関とか、あとアレシボ茶会(ティーパーティ)とかも…」


「ああ、そうだね。そんな感じかも、でも…」


 ベッコウが飛び起きた。彼女は軽いので、ツリーハウスはたいして揺れない。


「そんな連中に、ワタシたち(ヽヽ)は造れない」


「そりゃ、そうだよ」コーラルがダンベルの持ち手をかえる「オレたち(ヽヽ)を造ったのは、ユータの父ちゃんだし」


「え?」


「だって、他にいないじゃないか。フルスクラッチのデザイナーズチルドレンはもちろん、シンタグマメソドロジーとその封鎖空間、それを維持する装置と莫大なエネルギーだ。その頃、ユータは母ちゃんの腹の中にいたんだから、そんなことできるのは、ユータの父ちゃんしかいない」


「ますます、わからない」ベッコウが叫んだ「ユータがいるんだよ。あの(ヽヽ)ユータがいるのに、ワタシたち(ヽヽ)が必要な理由なんかないじゃない」


「当事者間の知能に大きな隔たりがある場合には、会話が成立しない」


 え? という顔で、ベッコウはコーラルを見つめる。ダンベルを置いたコーラルは、ベッコウの傍らに座った。


「ユータの父ちゃんにはさ、ユータの母ちゃんがいるじゃん。あと、インチワーニ・ガルベストンとリーリオエンダ・エクストライダー。インチとリリオン。それからシルベ先生もそうなのかな。数は少ないけど、いちおう話ができそうな人はいるんだ。でも、生まれる前のユータにはいないじゃん。まあ、生まれる前に友だちなんているわけないけど…。可能性としても、ほぼゼロだ」


「シノノメは?」


「あの子もよくわからん。確かに頭は悪くないけど、そもそもが人間離れしてる」


「アナタがそれ言う?」


「いいんだよ。細かいことに拘ってると本質を見失う」


 言ってるのがコーラルでなければ、納得してあげても良い話だ。


「自然に任せたら、ユータに友だちができないんじゃないか、って心配したんじゃないかな。3人ってのも少ない気がするけど」


「友だちかあ」ベッコウは何か一気に抜けて、ふにゃん、となった「ワタシ、最初はさあ、ユータのお嫁さんになるんだと思ってたんだけど…」


「オマエ、喧嘩売ってんのか?」


 コーラルのいきなりの剣幕に、むしろベッコウが驚いた「どうしたの?」


「オマエはまだいい」コーラルは膝を抱えて体を前後に激しく揺すっている。コーラルが怒っていることを知らなければ、何かのトレーニングだと思うだろう。


「オマエは…、ベッコウは、まだ女で通るじゃないか。オレなんか、見ろ、こうだぞ」


 コーラルは右手を曲げて力を入れた。ちからコブができた。


「オレの遺伝子セットは、筋肉増強用にホルモンバランスを崩して、テストステロンリッチになってる。胸だってペタンコだ。脂肪は考えないからな」


「…ユータは、そんなこと気にしないと思うけど」


「そうだよ、ユータは気にしない。気にしてるのはオレだ。こんなんじゃあ、生殖機能だってあやしいし…」


「どのみち、シノノメがいるんじゃ、ワタシだって、そういうの無理じゃない?」


「当たり前だ。日本中枢の依代100代分の叡智が張り付いてるみたいな女、あんなのと男の取り合いして勝てるわけないだろ」


「そこまで言う?」


「シンタグマメソドロジー内では、符号化シーケンスに対応してリアクションがある。思考速度が7-10倍なら、10年いれば精神年齢で70〜100歳相当だ。その程度じゃ、2000年を超える伝統様式には対抗できない」


「あのさあ」ベッコウは呆れ顔で諭す「そんなこと人前では言わないでよね。ワタシの中身が80歳のババアだとか」


「え? だって、みんな知ってるだろ?」


「そりゃ、知ってるだろうけどさ」ベッコウはため息をついた。コーラルの頭がいいのはわかるし、精神年齢が100歳相当っていうのも、まあまあ頷ける話だ。でも実空間では、ワタシの方が1週間は経験が多いのだ。


「見た目と中身だったら、世間の評判は見た目のほうに引っ張られるの。せっかく10歳の少女の格好してるのに、わざわざ自分でバラすなんてこと、する必要ある?」


「そ、そうかな?」


「そうなの」ベッコウは言い切った「そもそも、アナタにとってのいちばんの問題はシノノメじゃないでしょうに」


「うん、まあ、そう」


 コーラルはしぶしぶ同意した。


「ワタシだって、びっくりしたもの。ユータが、あんなに頭良いなんて思わなかった」


「そう、それ。ノーマリィオン、とか反則だよな」


「不公平すぎるんだよ。この宇宙は」


 中天にかかる月。その月をベッコウが見上げる。


「見えるのか?」


「見える」コーラルの問いに、ベッコウが答えた「不可視シールドなんてワタシには関係ない」


「アイボリー」コーラルが言う。


「そして、ヒスパニオラ」ベッコウにはヒスパニオラ(ヽヽヽヽヽヽ)が見えていた「ヒスパニオラは『宝島』の帆船の名。でも、あのヒスパニオラの行先は…」



第1象限完結です。


宇宙大回転マッハシステムーー第2象限、は5/6頃連載開始の予定です。引き続きお楽しみいただければ幸いです。 

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