3-37 助けは来ない
光闇は妖狐、光陰と光雲は妖犬。大祓の儀は執り行えないが、三角柱の檻を出す事は出来る。
「鈴木千鶴への仕置依頼総数、四百六十九。鈴木幸子を含め死者二名、脳死者五名。遷延性意識障害者十三名。脊髄損傷者・・・・・・」
死んだのって幸子一人でしょ。脳死? 千円? ワケ分かんない。
小難しいコトばっか言ってないで、喋れるようにしてよ。ちょっとナニ、体が動かないんですけど。アチコチ痛いんですけど。
イテッ、何しやがる! ギャアァァッ。
近くの収容者は皆、授業やら治療やらで独居房を出ている。
残っているのは千鶴だけ。後来屋の面面は姿を消しているので、見える目が無ければ見えない。
声を奪われた千鶴が、どんなに喚いても叫んでも助けは来ない。
「キャァッ。」
千鶴の独居房から、赤い何かが流れ出ていた。何だろうと屈み、人差し指でスッと触れる。ネチャっとしたソレが血液だと気付くまで、三秒。
「何事ですか。」
飛んできた刑務官が気付き、息を吞む。
「全員、多目的室へ。」
ベテラン刑務官の声が少し上擦る。その表情を見て瞬時に、トンデモナイ何かが起きたと判断。
「慌てず、ゆっくり進みましょう。」
他の刑務官が、収容者の移動を促す。
「はい。」
いつもなら文句の一つ、二つは出そうだが皆、黙って指示に従った。
千鶴の体中、骨が見えるホド深く、爪で引っ掻いた跡があった。独居房の外まで流れ出たのは、動脈血が噴き出したから。
髪を毟ったのだろう。血の海に倒れていた千鶴の周りには、黒髪と白髪が散乱していた。
耳は千切られ、目玉は抉られ、鼻と思われるモノが壁に付着。顔面はグチャグチャで、顎が外れてダランとしている。
眼球の無い顔はガランとしていて、断末魔の叫びが聞こえそうなホド酷い。
「ヒッ。」
居房を見た者は皆、叫びそうになるのを必死で堪える。
「何が。」
千鶴の身に何か起きたのか、誰にも分らない。
解剖の結果、死因は脳出血。
薬物反応ナシ。他殺の可能性は低い、というよりゼロ。最後の見回りから発見されるまで四十五分。悲鳴を聞いた者、不審者の目撃情報も無い。
鈴木 和人、和恵、千鶴。揃って健康状態に問題は無く、持病も無かった。なのに独居房で変死。
偶然にしては出来過ぎている。
しかし、幾ら調べても薬物反応ナシ。どんなに調べても何も出てこない。
三人とも脳出血による突然死として発表され、その遺体は荼毘に付された。けれど親族より遺骨の引取りを拒否され、無縁墓地に葬られる。
対して警察から戻された幸子とジョンの遺体は、春日部で荼毘に付されて鈴木本家の墓に納められた。
幸子は智として二回目の人生を、ジョンは二回目の犬生を送っているが、それを知る人は居ない。
因みに仕置終了後、回収された千鶴の魂は浦見に浄化され、地獄に持ち込まれた。
長い裁判の末、諸地獄の中で最も苦しい阿鼻に落とされる予定。
モチロン千鶴は何も知らない。本気で天国へ行けると思っている。




