3-26 地獄に落ちろ
稔に付いていた闇が焼き尽くされ、浄化壁が細くなった。と言っても、八畳から四畳半ホドになったダケ。
壁に触れればジュッと焼かれ、中央に居ればジリジリ焼かれる。喉を守るために口を閉じても、鼻から入った熱気が肺を焼く。
口と鼻を塞げば息が出来ない。
「ギャァ。」
ヴンと音がして、映像が浮かんだ。アレは智か?
泣いている。死んだ犬に駆け寄り、抱きしめて泣いている。
どんなに痛めつけても歯を食い縛り、反抗的な目をしていた三男。アイツの才能を受け付いた敵。
だから何をしても、何を言っても許される。そう思って何度も何度も繰り返し。
未亜が悪いんだ。三人目は女が良かったのに、また男を産んだ。
未亜がアレを殺そうとしたから、だから死んだ兄の名を付けてやった。直ぐに死ぬと思ったから、死んだヤツの名を付けたんだ。なのにアイツ。
いいぞ、もっとヤレ。息の根を止めろ。
おい勝、余計な事をするな。救急車だ? んなモン必要ない。ピアノを退かせた防音室だ、心配するな。中には何も無い。
いや、生ゴミが転がってる。好い気味だ。
あぁあ、来ちまった。救急車なんて呼ぶなよ。そんなの放っとけ、警察だ? ナニ言ってやがる。ケッケッケ、やるな未亜。智の頭を割ったのか。
鬼の目にも涙か、爺婆が泣いてる。人工呼吸器? んなモン要らん。外せ。未亜はドウした、呼んで来い。生産元に始末させろ。
ってオイ! 特別室なんかに入れるな。あぁ、思い出した。あの時か。
爺婆が智に張り付いている間に、勝と愛の婚約話を纏めた。勝の相手は山田財閥の末裔、ホテルサンディの社長令嬢。
『あの家は複数の政治家を排出している』と、政治家嫌いの爺婆が騒いだが遅い。次は愛を政治家に、そう思った時に言われたんだ。
「グゾォォ。」
次期当主に智を据える? 死に損いに務まるモンか。
バケモノめ。ナンデあの状態から生還するんだ、死んどけよ。待てアイツ、智じゃ無い。耄碌したな爺ィ。様を見ろ。
おっ、未亜が狂った。遅いぞ後来屋。もっと早けりゃ離婚して、若い後妻を迎えたのに。
オイ待て。豪と愛が智を支えるだ? 認めんぞ。ソイツは智じゃ無い。智の体に入った他の誰かだ、シッカリしろ豪。
「思った以上に酷いわね。」
何なの、この男。
花丸を失った智が、どんな思いで生きてきたのか。泣きながらパソコンに向かって荒稼ぎする姿を、黙って見守るしか無かった祖父母の気持ちが解らないの。
智は寿命が残っているのに、花丸と共に過ごす事を選んだ。『もう疲れた』って、十三年しか生きてイナイ子が言ったのよ。
幸子はジョンの死体に覆い被さり、守りながら死んだ。殺された。ジョンは幸子を守れず死んだ事を悔い、智として生きる事になった幸子から離れようとしない。
男として生きる事になった幸子は、ジョンと一緒なら何だって出来ると思っている。
智には花丸、幸子にはジョンがいた。どちらか一方が死んでしまえば、もう一方は生きられない。智は頑張って生きたケド、心が擦り切れてしまった。
そんな智として生きる幸子だって、心に深手を負っている。仔犬の体に移ったジョンも同じ。
「地獄に落ちろ、佐藤稔。」
黄金色に光った浄化壁がグングン狭まり、悪霊がジュウジュウと音を立てながら焼かれる。消滅するまで。




