1-8 勤務中ですので
オーバーステイ。外国にビザの期限を超えて、不法滞在する輩が増えている。
妖怪はウチの管轄。対象を連行し投獄、聴取して罰金を支払わせ強制送還。コレを淡淡と実行すれば良いのに、上が煩い。
口には出さないが『清掃業者に』と、強く願う職員は多い。悪太郎なら認定企業だし、何でも直ぐに処理してくれる。
その分、高いケド。
「一九屋さん。言葉が通じない相手を黙らせる方法、ご存じありませんか。」
長時間勤務で、疲労困憊の様子。
「ウチは仕置屋なので、その手の依頼はチョット。」
と言いながら朱里が三稜草に、個別包装された蒸菓子を出した。
名古屋名物『ういろう』である。
『ういろう』はモチ米粉、ウルチ米粉、黒砂糖、葛粉などを練り合わせて蒸した菓子。白砂糖を用いたモノや抹茶、蕨粉などで風味をつけたモノもある。
山口、名古屋、伊勢の名物で『ういろ』、『ういろうもち』とも言う。
一九屋の表は、名古屋の『鳴海社』。オヤツの定番はモチロン、ういろう。
腹持ちが良いので小腹が空いた時、手軽にパクンと食べられるよう、常に落ち歩いている。
「勤務中ですので。」
出た! 断りの常套句。公務員なので受け取れません。
「そう、ですよね。すいません。」
美味しいのに。
「いえ、その。お気持ちだけ有難く。」
ショボンとする朱里に、三稜草が慌てて声を掛けた。
この『ういろう』は鳴海屋の銘菓。隠り世にある自社工場で毎日、数量限定製造している。
材料は全て国産品。値が張るが飛ぶように売れ、予約販売に切り替えたのは四十年前。
鳴海屋は鳴海社の系列企業の一つ。
従業員は皆、隠り世認定企業に保護された孤児。大半が成鬼しても引き続き、鳴海屋で働いてくれている。
一日六時間労働、完全週休二日制。各種保険完備。福利厚生も充実している、隠り世屈指のホワイト企業。
文字通り、アットホームで働き易い会社デス。
ポタン、ジュルリ。
「鴉虎さま、お久しぶりです。」
「お久しぶりです、ハラスーさま。」
「朱里。」
「アッ、はい。鴉虎さま。宜しければ、お召し上がりください。」
和風味の代表『抹茶』は葉緑素、食物繊維が豊富。
季節限定『いちごミルク』は洋風の味で、緑茶にも紅茶にもピッタリ。
甘納豆が彩り良く透けてキレイ! 『甘納豆入り』は、和風ケーキのよう。
「よっ、宜しいのですか。」
お目目キラキラ。
「はい。」
鳴海屋は『ういろう』の他に『煎餅』、『霰餅』なども販売中。
何れも数量限定、予約販売。年に一度、隠り世デパートの『全国銘菓即売会』で店頭販売されるが、朝一で並んでも買えるかどうか。
そもそも三稜草は人間。陰陽師の末裔だからと、気軽に隠り世へ行けない。
パソコンの前で本気を出して、人の世から隠り世にアクセス。ホームページを開いて予約しても、商品が届くのは数カ月先。
「良い天気だ。」
三稜草は笑顔を貼り付け、その仮面の下で涙する。
「室長、書類たまってマスよ。」
「はぁい、戻ります。」