3-16 世も末だ
ウチは他の家と違う。小学校に入って、初めて気が付いた。ナイショにしなきゃイケナイって事も。
私たちが暮らしている家は『花園寮』で、お父さんが暮らしている家は『本屋』。御当主様の御宅は『別棟』。
別棟には近づいちゃイケナイし、本屋の前を通る時は黙ってなきゃダメ。三輪車や自転車から降りて、押して通り過ぎる決まり。
本屋はウチの隣にあって、若奥様と御子様がいらっしゃる。
若奥様は未亜さま。御子様は豪さま、勝さま、智さま、愛さま。私たちと同じ、お父さんの子。
みんなチョッピリ怖いけど、とってもキレイな人たち。
私たちが使用人寮で暮らせるのは、御当主さまと大奥様が許してくださったから。未亜さまが認めてくださったから。
だから御子様は『ちゃん』じゃなく、『さま』をつけて御呼びするの。
「おはようございます。」
「おはようございます、智さま。」
お父さんと未亜さまの三番目の御子で、御当主様と大奥様の御子になった、次の御当主様。花丸の飼い主で、寂しそうに笑うけど優しい人。
花丸が死んで変わっちゃったケド、私たちには変わらず優しくしてくれる人。
「犬?」
シッポがパタパタ動いてるし、ハッハしてるし生きてるよね。
「ゴールデン・レトリーバーの仔犬で、名前はジョン。男の子だよ。」
「キャン。」 ヨロシク。
スッとお座りしてから、一吠えした。
「わぁ、賢くて可愛い。」
ゴールデン・レトリーバーって盲導犬になる、あの大きな犬だよね。この大きさで仔犬? でもカワイイ。
「撫でても良いですか。」
「良いよ。ね、ジョン。」
「キャン。」 ドウゾ。
「しゃがんで、背中から尾の方に撫でてね。」
「はい。」
もっ、モフモフだぁ。
花園で暮らしている子たち、みんな素直で優しい子。
末っ子で紅一点、佳子ちゃんは繊細サン。ちょっとした仕種、口調などから『無意識の悪意』を読み取ることが出来る。
・・・・・・辛いよね。
家庭の事情、銀座の厳しさ、会員制高級クラブの将来性。
何不自由なく暮らしているケド、標準的な家庭では無い事。実父が多くの女性を狂わせた色魔で、もし知られれば白眼視される事も理解している。
「クラスメイトに気付かれたか、疑われたのかな。」
「はい。」
週刊誌が稔に恨みを持つ、昔の遊び相手を取材してイロイロ書き立てている。その全てが事実とは限らないが、人は信じたい物を盲目的に信じる生き物だ。
自宅の庭に一軒家を建て、多くの愛人と隠し子を住まわせている。愛人たちは銀座に店を持ち、経済援助を受けていた。とまぁ、真偽を確かめずに堂堂と。
中には反社会的勢力との繋がりがある。組長の女に手を出した。殺される前に臓器を取られ、売り飛ばされた。逃げられないように腰椎を抜かれたナド、噂レベルの話を堂堂と報道している。
ヤツらは週刊誌が売れればソレで良い、とでも考えているのだろう。世も末だ。
「片親なのに私学を受ける事になったのは、膃肭臍将軍の遺産が入ったからだ。とかイロイロ言われて。」
「そう。もしかして何か、言えないような事を。」
「いいえ。でも、そのうち。」




