3-13 お早めに
マズイ、不味いぞ。鬼と狛殺しに目を付けられた。鬼ダケでも厄介なのに!
「私、夜のオツトメが御座いますので。」
卑猥な意味ではアリマセン。
光闇は厲嚮寺の住職だが、表に出る事は無い。僧侶の大半は妖犬。表向きの住職は考念で、寺の事を一任している。
考念は専属僧侶で、寺の全業務を担う。小坊主の中から、読経しても化け続けられる妖怪が選ばれる。当代は狐、先代は河童。
「読経するんですか。」
ポクポクポクポク、チーン。
「小坊主に説教を。」
訓戒するワケでは無い。教義・趣旨を説き聞かせる、という意味である。
「こんな時間に?」
厲嚮寺の門は開いていても、常に建具で閉ざされている。
寺の奥では小坊主、人に化けられない妖怪が変化能力を上げながら、事務作業や家事に励んでいるから。
小坊主は小妖怪、揃って早寝早起き。今頃すやすや夢の中。叩き起こすのは可哀想だし、成長の妨げになる。
「しっ、失礼します。」
鬼神と神使に睨まれ、我慢できず耳と尾が出てしまった光闇。四つ足で逃亡。
「螢どの。」
狼狐が微笑みながら声を掛けた。
「おや、お気づきですか。」
空中にポンと現れたのは、可愛らしい子狐。螢の妖力から生まれた分身デス。
狼狐は『金文屋』の表、『李社』の神使い。
螢は『歯臼上等』の表、『憑払社』の祠の司で元、螢火神の使わしめ。おまけに狐大将の孫。狼狐が本気を出しても敵わない、唯一の狐である。
狼鬼が本気を出せば? はい、勝てません。狐火一つで浄化されます。
「後来屋の犬が最近、人の姿に化けて嗅ぎまわってマスよ。」
子狐が尾を振りながら近づき、狼狐にソッと耳打ち。
「エッ! お教えいただき、ありがとうございます。」
ビシッと最敬礼。
後来屋の狙いが何なのか、サッパリわからない。けれど嗅ぎまわっているなら、営業妨害で訴える。なんて生温い処置ではダメだ。
その魂、バリッと剝がして食ってやる。
「李神。大祓なさるなら、お早めに。」
ハッ、そうか。闇が広がっているからヤツら、堂堂と。
「はい。」
狼鬼が目礼すると子狐が微笑み、会釈してからポンと消えた。
眠らない町、東京。
徳川家康が江戸に幕府を開いてから今まで、溜まりに溜まった悪気が渦を巻き、魔窟と化してしまった。
そんな町に世界中から、悪意や邪念を抱いた人間が押し寄せているのだ。定期的に大祓しなければ、大切な仲間を苦しめてしまう。
「狼狐。これから、頼めるかい。」
「はい。」
空になった狛犬の中に元、野狐が入っている。二妖とも狼狐の部下で、第二神使と第三神使デス。




