3-10 祓い石
歯臼上等は裏取屋。全国紙に地方紙、週刊誌にも目を通す。祠の主管者である螢は大家なので、裏稼業にはノータッチ。
ただの裏ボスである。
「螢さま、ご覧ください。」
憑払社の守犬で歯臼上等の隠密、妖犬の洸が地方紙を差し出す。そこには国定公園内で発見された、変死体の続報が載っていた。
「あぁ、膃肭臍オヤジ。」
佐藤 稔、享年四十三。
「八十寺さんにはキチンと。」
螢の目がスッと細くなる。
「モチロンお伝えしました。」
洸が鼻先を上げ、ニコリ。
「なら宜しい。」
うんうん。
「けれど、気になりますよね。膃肭臍オヤジが『歌舞伎町に向かっている』そうですし。」
「洸! その話。いつ、どこで、誰から。」
「昨日、八幡山で、鬼の子から聞きました。」
『野晒組』が最初に始末したのは、依頼者が他にも大勢いたから。
いつもなら真っ先に手を挙げる『後来屋』が受けなかったのは、引いたのでは無く受けられなかったダケ。
後来屋は佐藤稔から妻、未亜を壊す依頼を受けた。受諾したのは稔が仕置される、一月から三月ほど前。
長男か二男が『母を元に戻してほしい』と、厲嚮寺に祈祷依頼する。そう踏んだのだろう。
「良くありませんね。」
螢が呟く。
後来屋は江戸時代末期、光闇が起こした仕置屋。邪術で的に傷、病、死などの不幸、災害を与える妖怪集団。
「洸。その鬼の子、『鬼に違い無い』と自信をもって言えますか。」
螢の目がキラリと光った。
「鬼にしては毛深かった? ような気がします。」
モジモジ。
「一時ほど、留守番を頼みます。」
一時は昔の時間区分で、今の二時間に当たる。
「分かりました。」
洸、キリリ。
「熒、先触れを。」
「はぁい。」
社憑きの小鬼、熒がサッと鉢巻を締めて微笑む。それからクルッと背を向け、社の奥に消えた。
憑払社から鳴海社へ、トコトコ走る。
佐藤稔が後来屋に、どのような依頼をしたのか分からない。けれど依頼内容に実子、己の弟になった智が含まれていたらドウなるか。
考える迄もない。
佐藤智は代官所からの特別案件は全て、秘密にすべき事。受託しなくても守秘義務を負い、何処かが受けた時点で特命扱いになる。
協力できる社は一部。
「考え過ぎかも知れません。けれど『お知らせせねば』と思い、急ぎ参りました。」
熒を使いに出して直ぐ、螢は厲嚮寺から新宿方面を空から調べた。結果、悪霊化した稔を発見。場所は杉並、善福寺川緑地の手前。
動きは鈍いが、離れていても判るほど闇を引き摺っていた。あのまま進めば遅くても、明日には新宿入りするだろう。




