2-34 妖術では負けません
螢は祠の司になるため、骨喰を神格化させた。代官所の食堂でチラリと、そんな噂を耳にした。
あの時は『まさか』と思ったが、真だったのか。
「はい。有難く頂戴します。」
鬼が本気を出しても使い捨て。範囲は精精、両手いっぱい。蛍石は水に強く、使用すると発光する。だから土を浅く掘り、埋めるのが一般的。
悪霊が新宿に入れば最悪の場合、毒素と修羅の妄執に中てられ妖怪化するだろう。そうなれば、もう誰にも止められない。
この石を幸子に渡し、智が暮らす別棟の庭に埋めてもらおう。
あの器には今、幸子とジョンが入っている。急ぎジョンの器を探し、的が佐藤家の敷地を跨ぐ前に結び合わせなければ!
「鳴海神。実は私、瀕死の仔犬に心当たり、が。」
パチクリ。
「詳しく。」
ズズイッ。
「はい。」
螢火山の麓に盲導犬の訓練所がある。そこで行われるのは犬の繁殖、好奇心旺盛で素質を持つ仔犬を選別、訓練。定年後の世話と看取り。
訓練を受ける予定の仔犬は生後二か月で親から離され、パピー・ウォーカーに十か月間、愛情深く養育される。
所有者から餌代などの必要経費が出るので、金銭的負担は無い。
預け先の選別は厳しいが、極めて稀に不幸がある。酷い扱いを受け、深く傷つくのだ。
「母親の勘でしょうか。生き霊が祠に来まして、『坊を助けて』と泣いて訴えるのです。調べましたら既に手遅れ。目から光が消え、その時を待つ許り。」
・・・・・・。
「痩せて居りますが怪我、病気ナシ。犬種、性別も一致します。当犬の意向を確かめるなら御早く。」
ドキリ。
「あの、御顔が。」
近ぉ御座います。
「失礼しました。」
オホホ。
鳴海社から憑払社を経由して、迎えを待つワンコの元へ一っ飛び。
訓練所に戻っても、母犬と共に暮らせない。違う家に引き取られても、ポキンと折れた心では耐えられない。もう疲れた。
そんな事を溜息交じりに語る仔犬に、浦見の心は乱れに乱れた。
「連れ去りたいが、どうしたものか。」
「御心配なく。」
螢がポンと蛍石を作り出し、フゥっと息を吹きかける。するとモクモク膨れ上がり、替え玉になった。ドコからドウ見ても本物ソックリ。
「心臓に似せた絡繰りを仕掛けました。二日ほどで停止し、所有者が保健所かウチに持ち込むでしょう。」
さすが狐。
「妖術では負けませんよ。」
と言って、螢が朧車を出した。浦見も仔犬もポカンとしている。
金銀の装飾を施された牛車も立派だが、轅の軛を支える榻にまで、螺鈿細工が施されている。
これ一台で幾らするんだ?
「お送りします。どうぞ、こちらから御乗りください。」
「はい。お願いします。」
中もスゴイ! 広さ八畳ってトコかな。
「では、参ります。」




