1-4 緊急事態発生
髪皮屋から依頼され、浄化したのは若い女の魂だった。
大学進学と同時に上京し、悪い男に引っ掛かる。妻帯者と知って引けば、こんな事にナラナカッタのに。
死期を悟った女は噂を信じ、髪皮屋に依頼。的はホテル業大手、太閤ホールディングスの中堅社員。
「裏に誰か居るね。」
役職者ならイザ知らず、平社員が女遊び出来るホド、ガポガポ稼げるワケが無い。
「拳母合人みたいなクズが、東京にも居るんだろう。」
浦見は男嫌いだが、全ての男を嫌っているワケでは無い。男にも女にもクズは居る。
「にしても、この手の依頼。増えたねぇ。」
自席で報告書に目を通し、瞼の上から眼球を押さえながら呟く。
「性犯罪者は中国の宦官みたいにさ、タマも根もキレイに取ってから放たなきゃ。あんなモンぶら下げてるからイケナイんだ。」
掌を下にして、左から右へシュッと動かしながら断言。
ピコン。
「おや、代官所からメール。こんな時間に珍しいね。緊急事態発生? いつもの事だろう。」
机に頬杖をつき、マウス操作。隠り世から届いたメールを開く。
「またかい。」
代官所から正式に『寿命が残っている器に入って、頑張って生きてくれる魂が出たら知らせてください』と鳴海社に依頼がきた。
「なにナニ。」
毒親に虐待され、寿命を残したまま隠り世へ。この子は虹の橋で愛犬と再会してから、虹の橋支部に出頭したのか。賢いね。
「ん。」
佐藤商事の社長令息。三男なのに荏原学問所の幼稚部に入り現在、初等部六年。来春、中等部へ進学予定。はぁ、大したモンだ。
「・・・・・・ケッ。」
両親に兄二人、妹一人の六人家族。虐待に加わらなかったのは次兄のみ。その次兄も、見て見ぬふり。
「助けなけりゃ同じさ。」
防音室からピアノを出し、空にして虐待部屋にした? 腹を痛めて産んだ子に、よくもまぁそんな事を。
「この子、死ぬに死ねないじゃないか。」
瀕死の重傷を負い、病院に担ぎ込まれて直ぐ心停止。緊急手術を受け、一命を取り留めたが急変。人工呼吸器をつけられた。
従来、日本では心停止、呼吸停止、瞳孔散大および対光反射の欠如を条件として、死亡判断が行われてきた。
しかし人工呼吸器の出現により、心停止に先行して脳の全機能が不可逆的に停止する状態が出現。脳死である。
脳死をもって人の死とするか否か、日本では意見が完全には一致してイナイ。
1997年に成立した『臓器移植法』では『臓器移植を行う場合に限って、脳死を人の死と認める』という、脳死と心臓死との折衷案とも考えられる立場をとる。
子は脳の回復力が強いため、脳の状態をより厳格に診断されるが2009年に改正され、家族の承諾による脳死臓器提供が可能になった。
つまり、十五歳未満からの脳死臓器提供も可能になったのだ。
「脳死前に見つけなきゃ、この子は。」
何とか力になりたいが、この家族と暮らせる強者が現れる確率は・・・・・・。
「出来る事は限られている。」
代官所からの特別案件が持ち込まれるのは、決まって神社の系列企業。それも老舗に限られる。
「ウチだけじゃないが、それでも心に留めておこう。」
浦見が少し、寂しそうに微笑んだ。