1-2 この闇
一九屋は江戸時代創業の老舗で、有料『仕置業』では日本で二番目に古い。
鳴海社の系列企業なので、依頼料に浄化手数料が含まれる独立系大手。隠り世『代官所』『奉行所』は勿論、同業他社からも浄化依頼が来る優良企業デス。
「これはまた。」
浄化依頼書に、二つの闇が添付されていた。採取年が違うのに共通点が多く、禍禍しい。
「ハラスー。」
一九屋の番犬で鳴海社の神使が、『待ってました』と駆けてくる。
「お呼びでしょうか。」
ケルベロスの一体が未熟児として、ギリシア冥府で誕生。すぐさま兄姉により、ポイっとエジプトに遺棄される。
絶望する間も無く、襲い掛かってきたコブラを食べて体質改善。インド、ビルマを経て中国入りし、見世物にされていたトコロを浦見に救出された。
ケルベロスはテュフォンとエキドナの間に生まれた怪物。三つの頭で蛇を尾に生やし、胴体にも無数の蛇が生えている。
そんな蛇だらけの体を優しく撫でられ、今の姿になった。
一噛みで毒殺するハラスーの尾はエジプトコブラ、インドコブラ、キングコブラの三又。
向かって左側の、右耳が垂れているワンコがハー。中央の、両耳がピンとしてるワンコがラー。向かって右側の、左耳が垂れているワンコがスー。三首合わせてハラスー。
江戸時代後期、鳴海社に就職する時『ケルベロス』の名を捨てました。
「この闇、辿れるかい。」
髪皮屋が仕置した的に、妙な闇が付着していた。それを切り取って袋詰めしたモノが、資料として添付されていたのだ。
「失礼します。」
新しい方の袋を開いてもらい、隙間から嗅ぐ。三匹のコブラたちがシュルッと舌を出し、仲良く東を示した。
「東京都新宿区、歌舞伎町。魔窟の一角です。」
髪皮屋は裏飯屋の子会社で、昭和中期創業。
屋号は明るいが仕置は残忍。長の霊哭は元、染め抜き師。祖父の店、法被屋を継ぐため中卒で弟子入り。努力して職人になった、頑張り屋さん。
容姿端麗だった事もあり地上げ屋に狙われ、警察に相談するも『被害届を受理するダケ』で放置。被害届提出から三日後、嬲り殺され山中に遺棄された。
怨霊を食い捲って妖怪化し、復讐を果たすと『髪皮屋』を創立。
数年後、『幼い孫を残して死ねない』と嘆く銭湯の経営者から相談を受け、孫の後見妖怪となる代償として、『菊の湯』を譲り受けた。
以後、菊の湯の主として守り続けている。
「朱里。」
「はい、浦見さま。」
一九屋の丁稚、朱里がスッと現れた。
「ハラスーと共に、この闇を調べとくれ。」
「はい。」
朱里とハラスー、ニッコニコ。
「番頭さん。妖怪列車の切符、宿の予約を二妖分。それと出張費を三日分、出しとくれ。」
「はい、只今。」
崑が尾を振りながら、カタカタと端末操作。妖怪列車のグリーン車二席と、定宿にしている『李や』の予約を済ませる。
「一時間後の切符と、ペット可の部屋が取れました。」
崑は江戸時代、憑いていた商家の娘が嫁いで直ぐ売られ、舌を噛んで死んだと知り悪霊化したメスの妖狐。
古巣を除く関係者を惨殺してから、胸を張って鳴海社に出頭。『よくやった』と絶賛された後、浄化されて地獄に就職。
三年勤めるも『何か違う』と離職し、鳴海社に再就職。丁稚から番頭になった叩き上げである。