1-19 宜しいか
被害者は食い殺され、残ったのは遺品一つ。
身分証明書以外は売り払ったか、切り刻んで処分したのだろう。携帯電話や腕時計を残したのは、恐らく身分証明書を所持して居なかったから。
「浦見さま。」
窆氶寺の境内で出迎えてくれたのは、憑払社の祠の司、妖狐の螢。月乃社の司、鬼の燃旗。
螢は御隠れ遊ばした螢火神より、御力を賜った九尾の妖狐。祠の主管者で『歯臼上等』の裏ボス。
妖狐と人の間に生まれた半妖だが、霧雲山の墓場に放り込まれた狐大将の孫。
父方の血が濃く出たので、狐の姿で誕生。黄金色だった毛色が、月光を受けて輝く雪原のように白くなったのは、螢が社憑きになってから。
社を不法占拠していた野良妖怪に『骨喰』と名づけ、生きた人を襲わない事を条件に居住を容認。
祠の主管者として『神付合』や『隠り世納税』『各種手続』、人里での買い物、金庫番などを務める。
燃旗は一部関係者から崇拝された事により、清めの力を得た『もつ屋』と『月乃社』の裏ボス。巫の姿をしているが、神子寄せの力は喪失している。
村が襲われた時に攫われ、花街に売られる前に穢され自害。村に戻り、幼い兄弟の骸を見て闇落ち。他の魂を取り込み妖怪化。
行倒れの妖怪を見つけ、村の生き残りの願いを叶える事を条件に保護。
明治元年、満を持して『もつ屋』を創業。神サマ業を担わせた餅田を、仕置屋の長に据えた。己は日中、本殿の奥で事務を執る。
「螢さま、燃旗さま。御変わり、ありませんか。」
二妖とも神通力を持つが、神では無い。
「はい。」
ニコッ。
ジャック・コールマンは人の世で生まれ育った、不死の力を持つ半妖。人が決して入れない場所で、大祓の儀を執り行うより他ない。
だから妖怪処理用エリアが在る、窆氶寺が選ばれた。
「準備が整いました。どうぞ、こちらへ。」
悪太郎の納め師、アニスが微笑む。
アニスは鴉虎を食らう気で襲ったが返り討ちにされ、鴉塟に魂を刈り取られた暴食獣。魂を書き変えてから体に戻されたので、以前に比べれば小食になった。
「ありがとう。では皆さん、参りましょう。」
「ハイッ。」
ノンビリしてイラレナイ。妖怪処理場に急ぐ三妖から、スッと笑顔が消えた。
窆氶寺は山中に在る古刹。荼毘所を併設しているので、塗装された道が麓まで通っている。
今日も仏事が営まれているが、小坊主や番妖が結界を張っており、何の問題も無い。
鴉塟はどんな魂も切り取る事が出来る元、死神。鴉虎のように、人の世では生きられない生き物を保護する事で有名。
人の姿に化けられれば小坊主、化けられなければ番妖として表、窆氶寺で雇用する。
「宜しいか。」
鴉塟が問う。浦見、螢、燃旗が黙って頷いた。
「では。」
鴉塟が真中でファイルを開き、デズモンド・リッパーの骸の上に、ジャック・コールマンの魂を全て置く。
下がると同時に浦見、螢、燃旗が一線を引いた。
黄金色の壁が三面、音もなく出現。天と地を塞ぐのは鳴海社の紫藤札。
「ワッ。」




