1-13 何としても
一九屋には隠り世は勿論、人の世にある同業他社からも浄化依頼が来る。その大半は仕置終了報告を受け、死出の旅に出る依頼人の浄化。
髪皮屋の表は銭湯、菊の湯。
天正十年創業の老舗。地震やら空襲やらで何度も立て替えているが、外観も内装も趣がある。そんな銭湯の主が、苦しい心中を汲む。
病褥を離れ、生霊となって菊の湯に来た依頼人。風呂上り、フルーツ牛乳を見て呟いた。『死んでも死にきれない』と。
依頼人の娘は高校卒業後、看護学校の女子寮に入った。
自宅からだと片道九十分、寮なら十分で通える。女子寮は防犯面もシッカリしているし、住込みの寮母が居るので安心。そう言われ、送り出した半年後に娘が失踪。
にこやかで礼儀正しく、門限を破った事の無い女学生が戻らない。
『東京観光する』と出掛けたのは、一人ではなく三人。電話一本寄越さないのは、どう考えてもオカシイ。
翌朝、捜索願が提出された。
三人の姿が最後に確認されたのは港区、芝公園。東京タワーの展望台は、人が消える場所では無い。
あれから二十年。やっと授かった一人娘が生きていれば来月、三十九歳になる。けれど、依頼者の中では十八歳のまま。
「ねぇ、ハラスー。これオカシイ。」
「オカシイね。」
髪皮屋が見つけた闇の主は、他の妖怪と共に花園組に引き渡された。人間に化けて入国しても必ず、この一覧に載る。なのに無い。
事件が起きたのは二十年前。
愛娘が姿を消して一月、警察はアテに出来ないと東京タワーを訪れた老夫婦。手始めに『この写真の娘を探しています』と、土産物屋で働く女性に声を掛けた。
その時、有益な情報を得る。
女子トイレの中で『ビニール袋に入れられたハンカチ』を拾い、『聞き込みに来た警察官に渡した』と。
夫婦は急いで警察署に行き、女性従業員から渡された拾得物を見せてほしいと訴える。
一目で判った。そのハンカチは娘を送り出す際、御守として手渡した品だと。
己が刺繍したハンカチだ、見間違うワケが無い。
「あの闇、チョットしか無かったのにドロドロしてた。」
「うん、濃かった。」
「ハンカチを広げた状態で直接、対象を掴んだって事だよね。」
「うん。」
「それをビニール袋に入れて、口を結んでトイレに隠した。放り込んだ?」
「降水確率が高かったから、折り畳み傘とビニール袋を持って出たんだよね。」
「寮母さんの証言だもん、確かだよ。それにさ、お父さんがハンカチに粘着テープを貼って、それを剥がして二つ折りにして持ち帰ったんだ。」
「証拠隠滅されるって、思ったのカモ。」
「あっソレ、私も思った。」
女学生が三人、同時に消息を絶ったのに『事件性ナシ』とされ、捜査終了。にも拘らず、あのハンカチは戻らなかった。
直ぐに弁護士を雇って交渉開始。その結果、焼却処分済と判明。夫婦は絶望し、心に誓う。
何としても犯人を探し出し、娘の敵を討つと。
「二十年前も警察は、犯人がアメリカ人で人間じゃ無いって、知ってたのかな。」
ハラスーとコブラたち、揃って首を傾げた。
「イヤイヤ、ソレは無い。」
「あっ、本庁のチェリー。」
「朱里さん、その呼び方は止めて。」
警視庁捜査一課、ではなく妖怪犯罪捜査一課の狐憑き、佐久蘭望。ちょっぴり涙目。




