- 約 束 - 男爵令嬢の巻き戻り物語、今度こそ間違えない。
何を間違ってしまったの?
私はどうしてこんなに苦しまなくてはいけないの?
何で貴方は私を憎んでいるの?
あああっ。大好きなリディウス様があの女と愛し合う姿なんて見せないでよ。
ああっ……苦しい。力が。私の魔力が吸い取られているの?
毎日苦しい。ここから出してよ出してよ。お願いだから出してぇーーーーー。
ルリリア・マリン。
カレント王国の王妃ルリリアは、王宮地下深くの透明の容器に結婚式の夜に閉じ込められた。
カレント王国の王妃として、その身を王国の結界を張る魔力を捧げる事に生涯捧げ、20年にも渡る苦しみの末、干からびた老婆のようになって亡くなった。
それがルルリア・マリンという女の生涯だった。
ただ、ただ、幸せになりたかった。
王妃様になって、カレント王国の最高の女性になって、贅沢三昧をしたかったの。
リディウス国王陛下に愛されて、幸せになりたかっただけなのに。
私の魂は今、どこにいるのだろう。
ルリリアがぼんやりとした意識で空を見上げてみれば、変な鳥のような精霊達が沢山、空を飛んでいる。
そして、一人の金の髪の女性がキラキラと光って舞い降りてきた。
「わたくしは女神レティナ。愛と豊穣をつかさどる女神。あら、貴方、わたくしの神殿に何用かしら?」
ルリリアは立ち上がる。
「私は、ルリリア・マリン。いえ、カレント王国の王妃だった人間なの。ずううっと王宮の地下の容器に入って苦しんで苦しんで、死んだみたい。どうしてここに来たのか解らないの。ねぇ。私の何が間違っていたの?」
「なら、貴方の人生を振り返ってみましょう。貴方はどうして王妃になりたいと思ったのかしら」
「私が王妃様になりたかった訳は……」
ルリリアはぼんやりと思い出す。
「お母様のせいだわ。お母様はマリン男爵の妻だったの。でも、マリン男爵は自分の派閥のブレッド公爵に母を売ったのよ。ブレット公爵は好色で、美しいお母様を望んだって聞いたわ。そしてブレット公爵と母の間に出来たのは私って訳。お母様はいつも謝っていたわ。ごめんなさい。ごめんなさい。ブレット公爵様との間に子供が出来てごめんなさい。だって私、顔立ちがブレッド公爵様にそっくりだったんですもの。だからマリン男爵は、母をいつも罵っていたの。自分の子を一人も産まないで、なんでブレット公爵様の子を産んだんだって。ブレット公爵に母を売ったのはマリン男爵なのにねぇ。ブレット公爵、私の本当の父は私を可愛がってくれた。私はよく公爵家に遊びに行ったし、泊りがけで暮らした事もあったわ。色々と買ってくれて。でも、ね。泣きながら暮らすお母様の事を思ったら、憎しみもあったの。だから腹違いのフェリシアお姉様。前妻との娘よ。ブレット公爵家で意地悪したわ。色々と物を盗ったり、憎かったから。それと同時の思ったの。私、身分のある人と結婚するって。お母様みたいに泣いて暮らすなんていや。私は愛されてお金持ちになって、うんと幸せになるんだって。心の底から誓ったの」
「それで、王子様に近づいて、王妃様になって、王宮で地下の容器に入って苦しんで死んだって訳ね」
「私の魔力が高かったせいかしら。アハハハハ。本当に私って馬鹿ね。周りからも憎まれて。そう、何故か私の魔力を受け取っている聖女様からも凄く憎まれていたわ。リディウス様と側妃の女の幸せな様子を見せびらかすように聖女様はその画像を送ってくるの。そして私に憎しみをぶつけてくるのよ。私は聖女様に憎まれる事をやった覚えはないのにね。私を憎んでいるお姉様や側妃の仕業かしら。私は本当に色々と憎まれていたわ。だから、あんな死に方をしたのね」
「だったら、巻き戻ってやり直してごらんなさい」
「え?」
「貴方が人から憎まれていたと思うのならば、精一杯、謝って生き直してごらんなさい。ここへ迷い込んだのならば、わたくしは女神レティナ。貴方にやり直しの機会を与えるわ」
女神様の姿がパァッと光って……
「お姉様はずるい。私にこれを頂戴っ」
ルリリア12歳。ふわふわの桃色の髪の少女だ。
一つ年上のブレッド公爵家の娘であるフェリシアが持っている腕輪をおねだりしていた。
ブレット公爵もフェリシアに向かって、
「可愛いルリリアにあげなさい。お前の妹なのだから」
悲し気な顔をするフェリシア。
あの腕輪はお姉様がとても大事にしていた腕輪。亡きお母様の形見だという腕輪。
だから私が貰ってあげる事にしたの。
ふとルリリアは、雷に打たれたようにその場に固まる。
ああ、私、巻き戻っているんだ。12歳の頃に。
お姉様も私もまだ子供。
この頃から、お父様の家に遊びに行くようになって。
お姉様の物をおねだりして盗っていったのは。
お姉様から憎まれていた?お姉様は私を憎んでいた?
そうだよね。だって私、お姉様の大事な物を取り上げていたんだから。
女神様がおっしゃってた。
精一杯謝って、生き直せって。
だったら私のやる事は。
ルリリアはフェリシアに腕輪を差し出して押し付けると、床に思いっきり土下座した。
「ごめんなさい。我儘言って。お姉様の大事な物を取り上げて。私、反省しました。二度とおねだりしません。どうか許して下さい」
ブレット公爵が声をかけてくる。
「お前が謝る必要はない。欲しい物はフェリシアから貰いなさい」
「いえ、お父様。私は反省したのです」
ルリリアは立ち上がって、目を見開き固まっているフェリシアの手を取って、
「お姉様。これからは仲良くしましょう。どうか今までの事を許して下さいね」
「ええ、貴方がそう言うのなら」
ルリリアは心を入れ替えた。
フェリシアと仲良くするように努力をしたのだ。
「お姉様。一緒にお庭を散歩しましょう。今日はとてもいいお天気。お庭の薔薇を一緒に見ましょう」
「そうね。ルリリア」
二人で仲良くお庭を散歩した。
咲き誇る公爵家の薔薇を見て、
「とても綺麗な赤い薔薇。私は赤い薔薇が好き。お姉様は?」
ルリリアが尋ねれば、フェリシアは、
「わたくしは、青い薔薇が好き。とても珍しくて綺麗な色だから」
公爵家に咲いている薔薇の中には少ないが青い薔薇が咲いている。
とても珍しい薔薇で、フェリシアのお気に入りだ。
ルリリアは拳を握り締めて、
「確かに、青い薔薇は珍しくてとても育てるのは大変だって庭師の方が言っていたわ。でも、お姉様の為にも、この青い薔薇が枯れないように、私も気を付けてみておくわ。そして、もっと青い薔薇を増やすの。うん。増やそう。もっと沢山咲いたらとても綺麗だわ。ね?お姉様」
「ルリリア。庭師の方を困らせては駄目よ。そうだわ。一緒にスケッチしましょう」
フェリシアと一緒にスケッチをするルリリア。
こんな穏やかな時を過ごせるなんて、前回は気が付かなかった。
たまにマリン男爵家に帰ると、泣いて暮らす母親を慰めた。そして義父であるマリン男爵に文句を言った。
「お母様を責めるのは間違っているわ。お義父様の命令でお母様はブレット公爵様と関係を持ったんでしょう?」
「何を子供がっーー。何も解らないくせに」
「私は確かにまだ12歳の子供かもしれない。でもっ。お母様を責めないでっ。お願いだから」
マリン男爵はルリリアを抱き締めて、頭を撫でてくれた。
「私だって責めたくて責めている訳ではない。妻を売った私は最低の男だ。だが下位貴族は派閥の上位貴族の言う事は逆らえない。お前が私の子だったらどんなに幸せだった事か。ルリリア。お前はブレット公爵様の子だ。だからブレット公爵様に良い縁を紹介して貰いなさい。間違っても下位貴族なんかに嫁ぐんじゃない。お前をお前の母親と同じ目に遭わせたくないんだ」
義父は義父なりに、愛してくれているんだ。私もお母様の事も。
ルリリアは悲しくなった。
前回もそういえば、よく義父はそう言っていたなぁと、高位貴族に嫁いで幸せになれと。
でも、沢山の人に憎まれるそんな人生を繰り返したくはない。
「私は確かに高位な方に嫁ぎたいと思っております。でも、他の人を不幸せにしてまでもそれを望みたくはありません。ううん。そうよね。私は私なりに、一生懸命生きてみようと思います。幸せを求めて」
「そうだな。お前が幸せなら私は言う事はないよ」
義父は悲しそうにそう言ってくれた。
それからお母様を責める事は無くなった。
ルリリアは、マリン男爵家にもよく帰って、両親と仲良く過ごすように努力した。
何よりも母親の幸せな笑顔を見ていると、こっちも幸せな気分になれるのだから。
後、気になっていた聖女様。
何故、自分は聖女様にあんなに憎まれていたのか?
教会へ行ってその聖女様に会ってみることにした。
聖女様に面会を申し込んだら、ブレット公爵家の関係者だという事で会ってくれるとの事。
出ていらした聖女様は自分を責めたてていた聖女様ではなかった。
おだやかな落ち着いた感じの女性だった。
「あら、こんなに小さなお嬢さんが、わたくしに何用かしら」
「あの、聖女様……」
「まぁ、貴方、魔力がとても高いのね」
そうだ。魔力が高いから私、生贄に選ばれたって魔力を送り続けた聖女様が言っていたわ。そして、その魔力を受け取ってカレント王国の結界を張っているのが聖女様の仕事。
「聖女様には、後を継ぐ聖女様とかいらっしゃいますか?」
聖女様は頷いて、
「わたくしには世話をしてくれる人たちが何人もいるけれども、その中で優秀な子が一人いるの。その子に後を継がせようと思っているわ。貴方、何者なの?」
何だろう。何かまずい事を聞いた?
「な、何でもないです。有難うございます。ただ、私はこのカレント王国の先行きが心配になっただけです。聖女様に跡継ぎはいるのかなぁって」
「そう?ならいいのです。わたくしは忙しいので」
「失礼しましたっ」
急いで、部屋を出る。
見覚えのある女性はいないだろうか?
私を憎んでいた聖女様は、私の頭の中の画像に、その顔を見せることがあった。
だから、きっとその顔を見ればその聖女様が解るはず。
教会の中を探せば、自分と同い年位だろうか?
一人の女の子が一生懸命、教会の聖堂を掃除している姿を見た。
まだ少女だが、あの女だ。
あの女が憎しみを自分にぶつけてきた女。
聖女だ。
でも、自分はあの女を知らない。
憎まれるような事をした覚えがない。
近づいて行って名乗ってみる事にした。
「私はルリリア・マリン。貴方は私の事を知っているの?」
少女は驚いた顔をして。
「あの、ルリリア・マリン様?私は貴方の事を知りません。初めてお会いします」
「なら、なんで私の事をあんなに憎んだの?私の事を憎い憎いって。20年にも渡って私の事を苦しめた」
「知りません。私、まだ12歳です」
ああ、そうだった。まだこの女は聖女ではないのだ。
「それならば、私とお友達になりましょう。私とあなたは同い年、きっと良いお友達になれるわ」
「え?私は平民です。貴方はお貴族様。良いお友達になんて」
「よろしくね?貴方、お名前は?」
そうだ。自分を苦しめてきた女の名前を私は知らない。
「ミレーヌと申します。聖女様のお世話をしています」
「ミレーヌね?私の事はルリリアと呼んで頂戴」
「ルリリア様」
「様はいらないわ」
「いえ、ルリリア様」
「うふふ。まぁいいかしら」
ルリリアは、ミレーヌに時々会いに行く約束をした。
王都で売っているお菓子を持って、聖堂で一緒にお菓子を食べて、色々とお話をした。
「そうなの。ミレーヌは聖女様のお世話をしているのね」
「ええ、あまりこうしてお話をしている暇はないのだけれども」
「ちょっと位、今の時間は大丈夫でしょう?」
「ええまぁ。聖女様はお昼ご飯を食べている時間なので」
「私は公爵家のお嬢様なのよ。って実際は男爵令嬢なんだけども。お父様が公爵様なの」
「何?それ、よく解らないわ」
ルリリアはえへんと胸を張って。
「それでね。とても優しいお姉様がいて、私と仲良くしてくれるの。私のお母様は以前は泣いてばかりいたんだけれども、今はとても穏やかに笑っていてね。そして私のお姉様もお母様も優しい人。私の事をとても愛してくれるのよ。私、幸せなんだから」
「いいなぁ。私は両親を盗賊に殺されて一人ぼっち。聖女様は私の事を娘のようにかわいがってくれるし、教皇様はお父さんのように、私を導いてくれるわ」
「教皇様、先程、私もその姿を見たけれども、とても立派な方よねぇ。子供達の面倒も見て、孤児たちに勉強を教えているのでしょう?」
「ええ、とても尊敬できる方よ」
そこへ噂の教皇様がこちらへやって来た。
「これは貴族のお嬢様。我が聖女見習いに何用ですかな?」
「私、この子とお友達になったの」
「お友達ですか。ミレーヌは聖女見習いです。あまり邪魔されても」
「少しの間だったら良いでしょう。この子だってお友達は必要だわ」
「まぁ、確かにそうでしょうけれども」
教皇様はあまり、私とミレーヌが仲良くすることをヨシとしていないみたい。
とりあえず、今日は帰る事にした。
「また、来るね。ミレーヌ」
「ええ、ルリリア様」
ミレーヌと仲良くなったような気がする。
憎まれない人生を。
あああっーーー。そうだ。公爵令嬢。ほら、リディウス様とイチャイチャしたあの側妃。あの女に憎まれないようにしなくては。
それには王立学園に入ってからが勝負かしら。
今度こそ、間違えない。
頑張るしかないんだわ。
そういうルリリアも16歳。王立学園に入学した。
以前はリディウス王太子殿下に付きまとって、付きまとって。
王妃になるように陥れられた。
今回は付きまとわなければ大丈夫じゃないかしら。
いえ、そもそも自分は魔力が異常に高い。
それだけで、生贄に選ばれる可能性があるのだ。
リディウス王太子殿下はメルディアナ・バレンルルク公爵令嬢、メルディアナ側妃を愛していた。
ルリリアが苦しんでいる間にも、二人は凄く愛し合って……
メルディアナが現時点で王妃になることが決まっている。
メルディアナを愛しているリディウス王太子殿下がそれをヨシとするだろうか?
あの苦しみは二度と味わいたくはない。
ともかく、おとなしくすることにした。
メルディアナに関わらない。王太子殿下にも関わらないようにしなくては。
姉であるフェリシアはその頃、魔力の高さから側妃候補に選ばれていた。
実質側妃が王妃の仕事をやるのだ。王妃教育を王宮へ通って受けていた。
しかし、リディウス王太子殿下にとある日、声をかけられた。
「君はブレット公爵の血を引いているって本当か?ルリリア・マリン」
「ひゃいっ???は、はい。本当です」
「とても可愛い顔をしている。そこのベンチで話をしないかね?」
あああっ……嫌な予感がする。
王太子殿下の方から近づいてきた。
前回は自分から近づいて、リディウス王太子殿下と仲良くなったのだ。
という事は、自分が王妃になる未来に近づいたという事になる。
「ごめんなさい。私、恐れ多くて」
「私が君に興味を持ったのだよ。いいだろう?」
ベンチに連れて行かれて、共に隣り合わせで座る。
ああ、どうしようどうしようどうしよう。
黙って座っていたら、リディウス王太子殿下が話しかけてきた。
「ああ、本当にいい天気だ。ほら。空がとても青い。そうだ。君に今度、何かプレゼントしよう。こうしてお近づきになったしるしに」
「恐れ多い。いりませんっ」
「遠慮するな。私があげると言ったのだ。遠慮なく受け取るがいい」
「いりませんっいりませんっいりませんっ」
慌てて立ち上がる。
「失礼します。授業の時間なので」
急いで逃げた。
あああっ。まずいっ。
ブレット公爵家から通っていたので、公爵家に馬車で帰ると、門の前でミレーヌが待っていた。
聖女見習いのミレーヌだ。
ミレーヌとはずっと仲良くしてきた。
馬車を降りて門の前に急いで行けば、ミレーヌは青い顔で。
「聖騎士様が貴方とお付き合いをしているって、貴方に借金があるからいう事を聞かざる得ないって。嘘でしょう?」
「貴方がお付き合いしている聖騎士様?貴方、幸せそうに私に話をしてくれたわね。知らないわ。私、お金を貸した覚えはないし」
「でも、彼が言うのよ。貴方のせいで苦しい。辛いって」
「ミレーヌ。それはおかしいわ。誰かが私達を陥れようとしているの。私ね、王太子殿下に声をかけられたの。私、生贄に選ばれそうなのよ」
「何?生贄って」
「これから話すことをよく聞いてね。このカレント王国は王妃様を生贄にすることで成り立っているの。王妃様は王宮の地下で容器に入って、魔力を搾り取られて苦しみながら過ごすのよ。その魔力は聖女様に送られて、このカレント王国の結界を張るのに使われているの。魔物がそのせいでこの王国では出没しないし、入って来られないのよ。貴方、次の聖女様なのでしょう。私が王妃様に選ばれたとしたら、貴方は私に憎しみを持つ必要がある。だって私は貴方に魔力を吸い取られて凄く苦しかったのだから。貴方に憎まれながら、苦しみながら死んだのよ」
「何を言って……」
「聖女様の役割を、今の聖女様に聞いてごらんなさい。きっとその聖騎士様は悪い人で貴方を騙している。それは間違いないのよ。私は王妃様になんてならない。なりたくない。もう苦しみたくない。何よりもミレーヌ。貴方に恨まれたくない」
「解ったわ。聖女様に確認してみる」
ミレーヌは慌てたように帰って行った。
公爵家に戻ったら姉のフェリシアがいた。
「貴方、国外へ逃げなさい」
「お姉様」
「貴方はわたくしの大事な妹。貴方を犠牲にするなら、わたくしが犠牲になります」
「お姉様、何を言って……」
「何も聞かないで、馬車を用意します。行先も。だからお願い。カレント王国を出て」
なんて優しい姉なのだろう。その姉から何もかも取り上げて。涙が溢れる。
姉を犠牲になんて出来ない。
かといって自分が犠牲になんてなりたくない。
現段階では王妃はメルディアナ・バレンルルク公爵令嬢である。
自分を陥れたリディウスと共に幸せになった側妃。
だけど、思った。
あんな苦しい思い、もう誰にも味わせたくない。
自分も姉も、そしてメルディアナにも。
リディウス王太子殿下に会いに行くことにした。
ルリリアは王立学園の放課後、リディウス王太子殿下のクラスの教室へ行き、いきなり土下座した。
「どうか、王太子殿下、王妃様を犠牲にして結界を張るあのような悪質な事をやめていただけませんでしょうか」
顔を上げれば、リディウス王太子は顔を曇らせて、
「どうしてそのことを?」
「私は女神様によって過去へ巻き戻りました。私は王妃様になりました。そして苦しんで苦しんで魔力を聖女様に絞りとられて死にました。もう、そのような目に遭いたくはありません。私だけでない。メルディアナ様にもお姉様にもそのような目に遭わせたくありません。どうかお願いです。王太子殿下。そのような悪習やめていただけないでしょうか」
「沢山の人が死ぬのだ。沢山の人が……結界が保たれなければ沢山の人が死ぬ。だから犠牲が必要なのだ。たった一人の人があの容器に入るだけで、沢山の人が救われる」
その時、教室の扉が開いて、一人の人が入って来た。
「だったら、王妃でなくてもよいのではないでしょうか」
「教皇……」
真っ白なマントを羽織った一人の男が入って来た。
教皇だ。
「私が入りましょう。私とて魔力は高い」
ルリリアは驚いた。
「何故、貴方様が?」
「私は悪事を色々と重ねてきた。お前に憎しみが向くように仕向けたのは私だ。聖騎士を使って嘘を吹き込んでミレーヌがお前を憎むようにした。盗賊を使ってミレーヌの両親を殺し、今の聖女や私に頼るようにした。他にもいろいろと悪事を重ねているのだよ。全てこのカレント王国の為。だったら私が入るのが当然だろう?ただ、王太子殿下。約束をしてほしい。私を最後に、結界を張らなくてよい世界を探してみてはくれぬか。過去の王妃たちの怨念が……苦しみが。きっと女神レティナ様も許してはくださらない」
リディウス王太子は頷いて、
「有難う。約束しよう。国防を強化して必ず良い道を探し出す。探し出すから」
ルリリアに向かって教皇は、
「すまなかった。ルリリア。」
「教皇様」
リディウス王太子も頭を下げる。
「私は君を王妃にと考えていた。本当に申し訳ない」
教皇のした事は許された事ではない。ミレーヌの両親を殺した。自分も苦しめられた。
リディウス王太子殿下だって許したくはない。自分を容器に押し込めた。あの日を忘れはしない。
全ては魔物から国民を守る為にやった事。そうなのだろう。
でも……こんな世界間違っている。
生贄の必要のない世界。そんな世界が訪れればいいのに。
「ルリリア。行くの?」
「ええ、私は私なりに、いい方法がないか探しに行きたいので」
「必ず、無事に帰ってくるのよ。わたくしの結婚式には出席してね。約束よ」
「必ず帰ってくるから」
ルリリアは隣国へ行ってみることにした。
何かいい方法が見つかるかもしれない。
あれから、教皇が生贄になった。
ミレーヌが新しい聖女になって結界を張る為に毎日、祈りを捧げている。
リディウスは国王になり、メルディアナが王妃になった。
フェリシアは側妃候補から降りて、騎士団長子息と結婚する予定だ。
大好きな姉。幸せになって欲しい姉。
騎士団長子息はとても良い人だ。
きっと幸せになれるだろう。
ルリリアは馬車に乗る。
窓から姉に向かって手を振った。
「お姉様――。行ってきまぁす」
「行ってらっしゃい。ルリリア」
空は青空。良い天気で。
何もかもすがすがしい一日であった。