鎖に繋がりし花
そよそよと、窓から冬の風が入る。寒気とまではいかないが、それでも冬という季節の風は身を縮ませるほどには体温を奪っていった。
「…………」
華 閻李は丸くなる。しばらくすると、もぞもぞと動いた。
──何だろう、暖かい。
眠気を無理やり吹き飛ばし、静かに両目を開けた。
「……ふみゅ?」
寝ぼけ眼なまま、体を起こす。眠たい目をこすり、ふあーとあくびをかいた。上半身だけで背伸びする。
外を見れば陽は高く昇っており、部屋の中に光が差しこんでいた。
──あれ? ここ、どこだろう?
確か砂地で数人と対峙した。その後の記憶があやふやであり、なぜ布団で寝ているのか。それすら疑問となっていた。
小首を傾げ、床から降りる。裸足で板敷の床を歩けば、ある者たちが目に止まった。部屋の隅で、二匹の動物がすやすやと寝ている。一匹は蝙蝠の躑躅、もう一匹は白い毛並みの仔猫だった。
仔猫は身体を丸め、躑躅は野生を忘れたかのようにお腹を出して寝ていた。
その姿に華 閻李の頬は緩む。近づいて躑躅のお腹を撫で、白猫へは恐る恐る腕を伸ばした。
「うわ、もふもふだあ……」
仔猫は疲れが溜まっているのか、嫌がる素振りすら見せずに深い眠りに入っている。そんな仔猫の毛はお日様のように暖かく、とてもふわふわとしていた。
ふと、仔猫の前肢に赤い塊があったことを思い出す。仔猫の眠りを妨げぬよう、ごめんねと云いながら両前肢を探った。
「……やっぱりあった! 血晶石だ。でもあれは、人間を殭屍に変える道具だよね? 動物にも利くものなの? それとも……」
動物すらも実験台にしているのか。それを考えただけで、華 閻李の眉は曲がっていった。
「──小猫!?」
華 閻李がもう一度二匹を撫でようと手を伸ばした時、背後から大きな音がする。同時に見知った声が耳に留まった。そして声の主に応えるよう、振り向く。
「小猫! よかった、目が覚めたんだね!?」
華 閻李が振り返るのが早いか、声の主が抱きついてくるのが先か。どちらともとれる結果に、華 閻李は両目を見開いた。
「……思?」
どうしたのと、慌てた声で彼に尋ねる。
声の主である全 思風は、これでもかというほどに華 閻李を抱きしめていた。彼の逞しい両腕は微かに震えている。
全 思風の足元を見れば、桶と布、そして水が落ちていた。
華 閻李は彼がそこまで恐怖している理由がわからず、きょとんとする。
「小猫、もう三日も眠っていたんだ。目を覚まさないんじゃないかって……」
いつもハキハキと、それでいて頼りがいのある声音は、今は鳴りを潜めていた。弱々しくて脆い。儚げではないけれど大切にしなくてはいけない。そんな気持ちにさせるような……いつもよりも憂いた声だった。
華 閻李は彼の怯えように驚きつつ、その理由を聞くのを止める。黙って抱きしめ返し、言葉ではなく笑顔で無事を伝えた。
全 思風は垂れ下がった目尻に笑みを乗せ、うんと頷く。華 閻李に絡みついていた腕をほどき、床に零れた水を拭いた。
「……僕、どうしてここにいるの?」
砂地で意識を失った。それからどうなったのかと、桶などを一緒に片づけながら談話する。
「私が駆けつけた時には、小猫は倒れていたんだ。その鎖に巻きつかれてね」
「鎖? ……あっ」
言われて初めて気がついた。華 閻李の両手首には鎖が巻きついており、それは不自然なかたちで途切れている。
これは何だろうかと、両手を天井に翳した。けれど、うんともすんとも云わない。
「これ、何?」
「私にもわからない。どれだけ力をこめても外れないんだ」
華 閻李が眠っている間にいろいろと試したのだろう。どうやらお手上げ状態らしく、げんなりとした様子だ。
「小猫、私と別れてからの出来事、教えてくれるかい?」
「うん、あのね……」
二人は床に腰かけ、お互いが持てるだけの情報を交換しあう。
「──そうか、私がいない間にそんな事が」
華 閻李の頭を撫で、躑躅と一緒に眠る仔猫を注視した。腰をあげて仔猫へと近づき、もふもふとした前肢を手にとる。
そこには赤い鬱血のような、それでいて硬く、宝石のように輝く血晶石が填められていた。
「小猫、この仔猫の事だけど。これは仔猫ではないよ」
「え? でも……」
「一見すると仔猫っぽく見えるけど……間違いなく、これは神獣と呼ばれる、神の一種だ。しかも、東西南北を守護する一角だよ」
全 思風の淡々とした受け答えにたいし、華 閻李は驚愕しながら仔猫に近寄る。
「……神獣、か。あっ、そういえば、四方を護る動物に似た獣の話を聞いた事があるよ。確か東に青龍、南に朱雀、北に玄武で、西が白虎」
だったよね? と、全 思風に目で問うた。
彼は正解と呟き、仔猫ならぬ白虎を再び凝視する。
「……この仔猫は白虎だ。それは間違いないと思う……うーん、小猫、何だかいろいろと面倒なことになってきてるよね?」
「うん、脳ミソがこんがらがりそうだよ」
二人の持つ情報だけでは圧倒的に足りない。それをわかっているからこそ、二人は苦く笑むしかなかった。
ふと、華 閻李が小さくあくびをする。どうやらまだ体力が完全に回復していないようで、両瞼が下がりつつあった。
全 思風は華 閻李を横抱きにし、床へと寝かせる。布団を被せ、優しい眼差しを華 閻李へと送った。華 閻李の額に少しばかりの口づけを落としてやれば、子供は瞬時に目を閉じる。
すーすーと、規則正しい寝息が聞こえた。安心した全 思風は桶を持って部屋を出る。
部屋の扉を閉めて廊下へ出ると、髪に花をつけた女の子が立っていた。五、六歳の少女だ。
少女は子供らしからぬ表情で全 思風を見つめている。顎をくいっと動かし、彼を宿屋の裏手にある砂浜へと誘った。
† † † †
小さな砂浜は、華 閻李が謎の集団と応戦したとは思えぬほどの静寂さがある。
二人は砂浜に座り、真剣な面持ちで語った。
「──いやあ、驚いたよ。拙のところにいきなり白虎が逃げこんでくるんだもん」
少女はカラカラと笑う。けれどそれは一瞬のことで、すぐに口を尖らせていった。
「拙の住む地でも、鍵を巡る争いが勃発しててね。白虎たち四神ですら、意見が真っ二つにわかれてるらしいよ」
「麒麟、あの白虎はお前の匂いを見つけて、助けを求めたんだろう?」
同じ神獣である少女──麒麟──ならば、華 閻李を助けてくれるのではないだろうか。白虎はおそらく、ひと粒の希望を持って、麒麟の元へ駆けこんだ。
違うかいと、挑発するかのような視線を麒麟へと走らせる。
「えー? そこまで拙は立派な神獣じゃないよ。……まあ真相は、白虎が起きてからかな? それよりも……」
麒麟は幼子の笑顔で、全 思風へとある質問を投げた。
「華 閻李は霊力をほとんど消耗してしまっていた。かなり危険な状態だったよね? だけど、今は元気になってる。いくら三日間眠ったからといって、あそこまで完全に霊力を取り戻すのは、難しいはずだよ?」
子供らしいかん高い声が砂浜に轟く。
全 思風は無表情に子供を見、そっぽを向いた。
「どうやって完治させたか。それの方法は一つだけ。……君さ」
全 思風をからかいながら、彼に顔を近づける。
「──あの子に霊精、したの?」
「…………」
答えない全 思風をよそに、麒麟の声だけが明るくなっていった。
「拙の知る限り霊精は、相手の体内に霊力を注ぐ。だよね? しかもそれは霊力と一緒に精を注ぎこむことにより、より治りが早くなる」
つまりはさと、にやつく。
「──無抵抗な子を、抱いちゃったのぉ~?」
呆れるほどにしつこく、全 思風から全てを聞き出そうとしていた。
全 思風は、しまりのなくなった麒麟を見下ろし、容赦なく拳骨をお見舞いする。隣でわめく麒麟を無視し、腰をあげた。
「ふっ」
「え? ね、ねえ! その笑みはどっちなの!? 本当にヤっちゃったの!? 違うの!? ねえ!」
意味深めいた全 思風の笑みを、昼間の太陽が逆光で隠す。そして彼は、はうるさいまでに喚く麒麟の声を耳に入れながら宿屋へと戻っていった。




