表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/154

滅びゆく村

 尖った山々がいくつもある。山には濃霧(のうむ)がたちこめ、雲のように広がっていた。

 空は海のように蒼く、太陽が燦々(さんさん)と地上を照らす。雲はないものの、どこまでも続いていた。

 ふと、遠くの空から(たか)が鳴きながら飛んでくる。鷹は霧を物ともせず、地上目がけて落下した。

 そんな鷹の眼には美しく(きら)めく運河が見える。


 (たか)は何を考えるでもなく、運河の上流へと飛んでいった。しばらくすると鷹の視界に大きな街が映る。


 街のあちこちに河があり、小舟が置かれていた。人はそれに乗り、河をのんびりと進んでいく。


 多くの建物は(あか)い屋根、柱になっている。朱い提灯(ちょうちん)を何本も飾り、それらが風によって時おり揺れていた。

 左右の家屋の間にある道は細いものから太い場所まであり、常に人々で埋め尽くされている。


「……ピュイ?」


 (たか)は適当な屋根の上に乗り、かわいらしく小首を傾げた。


 せわしなく動く人たちは、桃や白などの色を使った漢服(かんふく)を着ている。青空のような色もあった。けれど宵闇(よいやみ)のような暗い色を着ている者は一人もいない。


 (たか)は人を観察することに飽きたのか、翼を空に向けて飛び去った。


 しばらく飛んでいると、茶の葉をつけた木々が鬱蒼(うっそう)と生い(しげ)る山を見つける。一番高い木に足を休ませ、首をかしげては軽く鳴いた。瞳孔(どうこう)を細め、くるくると首を動かす。

 ふと、山の中に、モゾモゾと動く何かがいた。それを()に映し、じっと見つめた。


 (たか)が休んでいるのは静寂(せいじゃく)が走る場所。されど、おぞましいほどの(いん)の気に満ちている山である。

 

 (たか)が降り立った山は、夔山きざんと言われていた。()を崇め、神を信ずる者が恐れる夔山(きざん)と呼ばれている山だ。

 獣も、人ならざる者ですら生きていけぬ、不気味な山である。木々は水分を喪い、葉は色落ちしてしまっていた。土はカラカラになり、地面には何かの骨が点々と転がっている。

 その骨を、黄土色の肌をした人のような何かが貪っていた。それは一体や二体ではなく、十数体に及ぶ。ヨダレを垂らし、無造作に(しょく)している。

 両目は白く、瞳孔は存在しておらず。


『…………』


 一言も発することなく、ただ本能の(おもむ)くままに動いているようだ。

 そのとき、土気色(つちけいろ)の何かは恐ろしいまでの生臭い息を吐く。両手を胸まで持ってきて、ピンっと前へ伸ばした。瞬間、ドスンドスンと音をたてて飛びはねる。


 色素を失った葉をもつ枝に留まっていた(たか)は驚き、鳴きながら飛び去っていく。鳴き声に紛れた羽音を惜しげもなく(さら)け出しては、空へと逃げていった。


 土気色のそれは何度も飛びはねながら、前へと進む。邪魔(じゃま)な雑草に行く手を(はば)まれようとも、大木にぶつかろうとも、表情すら変えずに飛びはね続けていた。

 寸刻(すんこく)、前後左右の草むらから同じ顔色の何かが現れる。それは一体や二体ではない。数えるのも億劫(おっくう)なほど、おびただしい数だ。

 そんな者たちは(みな)、一様に同じ方向へと向かった──


 □ □ □ ■ ■ ■


 (いん)の気に満ちた山の(ふもと)には、ひとつの小さな村がある。

 (さび)れてはいないが、繁栄(はんえい)もしていない。村の中にあるのは畑や田んぼ、牛小屋ばかりだ。周囲は山に囲まれ、空からは雪が降っている。とても静かでのどか。そんな印象の、何の変哲(へんてつ)もない村だった。


 そんな村は今、かつてないほどの恐怖に(おそ)われている。村の四方、山を背にした側には火の()が舞っていた。牛小屋辺りからは動物の鳴き声に混じり、ドスンドスンという奇妙な音が止まることなく(ひび)き続けている。

 (にわとり)が羽毛を(まき)き散らしながら村中を()け、我が物顔で走り回っていた。


 こんな状態であるにも関わらず、村人はいっこうに姿を見せない。





 そんな村の入り口近くでは(はた)(かか)げた馬車が数台、停まっていた。旗には[黄]と書かれている。


「──こりゃあ、(ひで)えな」


 先頭の馬車から言葉とともに降りてきたのは、中肉中背の若い男だ。

 布で髪の毛を、頭の天辺(てっぺん)でひとまとめにしている。顔立ちは平凡そのもので、何の特徴(とくちょう)もなかった。あるとすれば上は黄色、下にいくにつれて白くなる漸層(グラデーション)漢服(かんふく)か。

 そう言うしかないほどに、目立つ部分は何もない男だった。


「おい、お前ら。わかってるな? 殭屍(キョンシー)殲滅(せんめつ)だぞ!?」


 彼がそう告げると、他の馬車から同じ服装の者たちが数名現れる。彼らは一様に剣を持ち、(うなず)いていた。


 瞬間、ドスンドスンという音の正体となる者たちが、村のあちこちから顔を出す。

 土気色の顔、黒目のない瞳、そして肌のあちこちに浮かぶ血管など。とても人間とは思えないような姿だった。

 この者たちは殭屍(キョンシー)と呼ばれる存在で、生きた人間ではない。動く死者だ。

 それらは数秒もたたぬうちに村の入り口付近にどんどん集まり、黄色の漢服の者たちが動き出す前に地をたたく。


 ドスン、ドスン……


 両腕を前に浮かせ、飛びはねながら、馬車の周辺にいる人間たちへと近づいていった。


(ひる)むな! やつらを殺せー!」


 何の特徴もない男が誰よりも先に地を()る。

 後ろにいた者たちは彼を追いかけるように、剣を手に立ち向かっていった。

 ある者は殭屍(キョンシー)と呼ばれた存在を容赦(ようしゃ)なく剣で()り、血飛沫(ちしぶき)を浴びる。またある者は殭屍(キョンシー)を頭ごと切断(せつだん)し、動きそのものを封じた。

 

 当然殭屍(キョンシー)とて、黙って殺られてはいない。(すき)をついて相手の(のど)や腕といった、肌が露出(ろしゅつ)しているところを()んでいった。噛まれた者たちは苦しみながら剣を落とし、(またた)く間に殭屍(キョンシー)のようになっていく。


 それらを繰り返した結果、徐々(じょじょ)に人間側の人員が減ってしまっていた。


「……ちっ! 役にたたねー連中だな」 


 中肉中背の特徴すら見当たらない男を含み、数人だけとなってしまう。彼らは互いに背をくっつけ合い、死角(しかく)を消しながら剣で応戦(おうせん)した。

 

「こいつら、どんどん増えてやがる……って、おい! あの餓鬼(ガキ)はどうした!?」


 伸びてくる殭屍(キョンシー)の腕を()り、周囲を見渡す。けれど目的の者の姿は見当たらぬようで、彼は舌打ちをした。


「こんなときに、どこ行きやがった!? ……っ!」


 瞬間、両目を(つぶ)ってしまうほどの光が、村の奥地から放たれる。けれどそれは一瞬のことだったようだ。彼はすぐ様目を開け、我先にと殭屍(キョンシー)(はら)うために剣を握りしめる。

 ふと、足元に違和感(いわかん)を覚えた。何かがあたった。そんな気がして地を見下ろす。

 そこには、深紅(しんく)色の結晶の(かたまり)が転がっていた。しかも、ひとつやふたつではない。


「……これはまさか、血晶石(けっしょうせき)か!?」


 拾おうと腰を少し曲げたとき、馬車を引くための馬たちが一斉に鳴き出した。何事かと見てみれば、村の入り口には新手(あらて)殭屍(キョンシー)たちが待ち構えている。


 なぜと考える暇もなく、彼らは(おそ)いくる殭屍(キョンシー)()れを()ぎ倒していった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] キョンシーの登場。 これ以上の説明は不要。 [一言] 中国妖怪好きとして、キョンシーの解像度というか、理解度高い展開を期待しているのです。
[良い点] 初めまして! 文章がとてもしっかりしてますね。 ラノベじゃなくて、一般文芸作品という印象を受けました。 ルビ振りのセンスも良いです! 面白かったので、ブクマさせて頂きました。
[良い点] スラスラ読めて、物語に入り込める。文章も読みやすい。今までにないような誰にも思いつかないようなストーリー。表現力豊か。描写力もある。 [気になる点] この作品は読者……人を選ぶって言った方…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ