白氏
絶佳
美しいこと
全 思風が迅速を用いて剣を振るう姿は勇ましかった。それでいて、恐ろしいまでの*絶佳、虚ろうほどの舞いである。
「私を殺せるのは愛しい小猫だけ! お前たちのでは無理なのさ!」
殭屍の胴体へ剣を突き刺し、足蹴を食らわせた。爪をたてながら直走してくる者には鞘で腹を叩く。
華 閻李へと向かっていく殭屍には、倒した者を片手で持って投げつけていった。
数分後に残ったのは無傷の全 思風と、五体のどこかしらがなくなっている殭屍だけである。
「……すごい」
近くで傍観していた華 閻李は、彼の強さに脱帽した。かわいらしく両目を瞬かせる蝙蝠を頭上に乗せ、全 思風という男の振る舞いを凝望する。
──まるで、殭屍を玩具にして遊んでいるかのようだ。
強いという次元を超えていた。それが全 思風という人物を物語っているのだろう。誰にも負けぬ強さ、そして意思を持っていた。結果として今の状態が起こり、どちらが悪なのかすらわからなくなる。
華 閻李は足元に転がる殭屍を見下ろし、肩でため息をついた。
全 思風の元まで寄り、不安を乗せた瞳で彼を見上げる。
「掃除、終わったよ小猫」
華 閻李の頬に優しく触れた彼の手は、少しばかりの返り血で汚れていた。
「強いのはわかったけど、無茶しないでほしい。僕は思に傷ついてほしくないし、いなくなってほしくないんだ」
頬に伸ばされた全 思風の手を握り、瞼を閉じる。長いまつ毛を震わせながら、彼の体温を覚えていった。白鳥のように美しい笑みを浮かべ、頬を紅に染める。その笑みは妓女顔負けの妖艶さを醸し出し、幼い顔に似合わぬ色香を忍ばせていた。
無意識から生まれたその行動に、全 思風は溜まらず喉元を鳴らしてしまう。そしてそれは彼だけでなかった。白服の男すらも、華 閻李の艶に喉が反応してしまう。
「あれ? どうしたの思?」
顔を上げた。突然黙ってしまった彼を見、小首を傾げる。
全 思風を見れば、彼は片手で顔を覆っていた。耳の先まで真っ赤になり、脈拍に至ってはありえないほどに早く動いている。
「……これが小猫の素だから、たちが悪いよ」
「え? な、何が? ……わぷっ!?」
戸惑う華 閻李を、全 思風の厚い胸板が隠した。モゴモゴと無理やり動き、顔だけは脱出する。
すると、頭上から彼の低い声が聞こえた。
「……さて。いつまでも遊んではいられない。そろそろ片付けさせてもらおうか」
直前までの明るい表情が一転。眉間にシワを寄せながら、剣の先を白服の男へと向けていた。
白服の男は数歩後退し、二人から距離を取る。背後にある木にぶつかると、チッと舌打ちをした。
けれど諦めてはいないのだろう。くつくつとした不気味な笑い声をあげていた。そして自らの右手の親指を噛み、血を流す。
「いい気になるな!」
両手で素早く印を結んだ。
すると地にある朱の陣──血命陣──が、村全体を陽炎で包んでいく。
華 閻李は一瞬だけ驚愕を唇に乗せた。へえ、とだけ口にし、無表情に白服の男を見張る。
「あれ? 小猫、案外冷静だね?」
もっと驚くのかと思ったと、全 思風は華 閻李を抱きしめながら語りかけた。
華 閻李は顎に人差し指を当て、うーんと首を左へと傾斜させる。
「だって血命陣みたいな大きな陣は、一人で発動させれないんじゃないかな? 強力過ぎて、制御できない代物だって言われてるし」
白服の男一人で扱える陣ではない。それを知る華 閻李は、哀れみの眼差しを白服の男へと送った。
「あれ? でも君は、あの陣について殆んど知らない。みたいな事、言ってなかった?」
「うん、言ったよ。だけど、何となく予想はつくでしょ?」
無表情にも近い華 閻李の大きな瞳は、じっと全 思風を見据える。
さらりと流れる美しい銀髪を揺らしながら、華 閻李は同意を求めてきた。
全 思風は確かにねと、納得する。頷きながら白服の男のやることを眺めた。しかし……
「でもさ小猫、既に血命陣が書かれてたって事は、それをわかっててやってるんじゃないの?」
華 閻李は賢い。けれど賢いがゆえに、どこか抜けている部分があった。
全 思風は苦笑いし、それでもかわいいからいいよと許す。
華 閻李は自身の意見に疑問を持ち、腕を組んで考える。
──確かに、思の言う通りかもしれない。事前に準備していたって考えるべきなんだろう。ただそうなると、陣を発動させるための要員が一人しかいないというのが引っかかる。
「……ねえ、思。あの男の他に白氏はいないのかな?」
この村でなくてもいい。もしかしたら、村を監視できる場所にいるのではないだろうか。それを全 思風に問うのは、些か検討違いかもしれない。
それでも彼なら、何かしらの答えを出してくれるのではないだろうか。
華 閻李の中で、全 思風に対する信頼が少しだけ大きくなっていった瞬間だった。
すると華 閻李の期待に応えるように、全 思風は周囲に目を光らせる。やがて首を左右に振り、華 閻李へ返答した。
「……白氏の男と同じ気配はするんだけど、姿が見えない。それに、ここは何かがおかしい」
「何かっ……うわっ!?」
問いかけた直後、血命陣が白服の男の力に共鳴するかのように強く輝く。男を見れば、汗をかきながらも不気味に笑っていた。
瞬刻、血命陣が作動し、地面を血の池へと変えていく。
「しっかり捕まって!」
華 閻李を担ぎ上げ、一番大きな木の天辺まで登っていった。
二人は変わり行く村を傍観するしかなくなっていた。壊れた家屋はもちろん、村人だった者たち。それらが皆、血の池に歠まれていった。
「小猫、さっきの話の続きだけど」
「……あの男以外の白氏の気配はするけど、姿が見えないって話?」
華 閻李は村人たちが血の池に落ちていくのを見つめながら、涙を堪える。溢れてきそうな涙を拭き、全 思風の声に耳を傾けた。
「うん、それ。本当に見えないんだ。私は建物に隠れている者の気配や姿を見る事ができる。それなのに姿がないんだ」
真剣な面持ちで問う。
枝の上に降ろされた華 閻李は思考を巡らせた。
──気配はするのに姿がない? どういうことだろう? この村にいるのは間違いないんだと思うけど……
ふと、白服の男が二人を凝視していることに気づく。男は華 閻李たちから程近い場所にある、森の中の木に身を任せていた。
「一人では作れないであろうこの血命陣。これは多分、あの男と仲間が作ったんだと思う。でもそうなると、なぜあの男しかここに……っ!?」
はた、と。両目を大きく見開く。
「まさか……」
白服の男を睨むように凝望した。そして眉根を寄せ、嫌悪感を言葉いっぱいに放つ。
「あの男、仲間を殭屍にした!?」
睨みつながら男を見れば、その者は片口をいやらしいまでにつり上げていた。




