白と黒と黄
全 思風の手に握られているのは剣だ。鞘は黄金ではあるが、蒼白い焔に包まれている。
「私は容赦というものを知らないのでね」
黄金に煌めく瞳を細め、鞘から剣を抜き出した。剣の中心には焔の模様が刻まれている。焔はたった一つだけれど、強い存在感を放っていた。
鞘を腰にかけ、剣を握る。切っ先を村へと向け、一緒に屋根の上へと登っている華 閻李を直視した。
「君はここで待っていて」
空いた左手で、宙に紋を描いていく。やがてそれは小さな蝙蝠に変わっていった。
蝙蝠は円らで愛らしい瞳を瞬きさせながら、銀髪の頭上を陣取る。ふんすという鼻息が聞こえてきてしまいそうなほどに胸を張る蝙蝠を、華 閻李は軽くつついた。
「わあ! この子、可愛い」
人懐っこさが目立つ蝙蝠を、ギュッと抱きしめる。蝙蝠と頬を合わせては、かわいいを連呼していた。
──んんっ! 小猫の方が可愛い。蝙蝠、私と場所を変われ!
悶えたい気持ちを隠し、表情筋を強張らせる。どうしたのかと顔をのぞいてくる華 閻李に悟られまいと、笑顔で誤魔化した。
「……遊びはこのぐらいにしよう。この村を解放してあげないと、ね?」
「解放?」
華 閻李と蝙蝠は、息が合ったかのように小首を傾げる。
全 思風は微笑し、顎をくいっとした。
視線の先には村がある。連れてきた殭屍たちまでもがおり、彼らは悲鳴にもならぬ雄叫びを静かに響かせていた。
全 思風は不敵に牙をのぞかせる。そして剣を持って地上へと足をつけた。
右足の軸に体重を乗せ、剣を持つ右肘を少しだけ下がらせる。ふっと、一瞬の息遣いを空気に溶けこませた。
直後、目にも止まらぬ速さで地を蹴る。柄の部分で殭屍たちの腹部、頭部を吹き飛ばしていった。その際に剣からは、空を何度も切り裂く音が吐き出される。
抵抗する間もない殭屍たちは、その場に倒れていった。なかにはまだ動ける者もいる。
全 思風は、あははと余裕のある笑いをした。彼らの間をすり抜けて村の反対側に体を落ち着け、踵を返す。そして殭屍を挟んだ側にいる華 閻李へと声を張り上げた。
「小猫! そこから、この村全体を見渡してもらえないかい?」
山積みとなった殭屍たちを軽く蹴る。
言われた華 閻李は蝙蝠を抱きしめながら、村一帯を確認した。すると……
「……あれ?」
目に映るのは崩壊した家屋や、殭屍に成り果てた村人たち。そして全 思風だ。
けれどもう一つ。
華 閻李の視界に、ここにあってはならぬものが映っていた。それは村全体を包むようにして広がっている、朱色に輝く陣である。
「……陣だ。村全体が、赤い陣に覆われている。これは……血晶石の力? ……ううん。それよりももっと強い…………あっ!」
ハッと、顔を上げる。蝙蝠を頭の上に乗せ、近くの屋根へと飛び降りた。身長よりも長い銀の髪を風に遊ばせながら、大きな瞳に言を乗せる。
「思ー! これは血晶石じゃない。それよりも厄介な、血命陣だ!」
屋根から降り、屍たちを挟んだ場所で止まった。
全 思風は殭屍たちの横を通って、華 閻李の前に立つ。
「血命陣? それは、血晶石とどう違うんだい?」
剣を地面へと刺す。両腕を組み、決して大きくはない瞳で華 閻李を凝望した。
「僕も詳しいことはわからない。ただ、細かな血晶石の力を集めて大きなものにする。それが血命陣だって話だよ」
顎に手を当てて、空を仰ぎ見ながら唸る。詳しい内容は伝わっていないのか、これ以上のことはわかりかねていた。
「……この村に入った時、私は妙な違和感を覚えたんだ。体をくすぐるようでいて、チクチクと刺すような。それが何なのかわからなかった」
だけどこれでハッキリしたよと、地面に突き刺している剣を抜く。
「だけど小猫の言葉で、ようやくわかった……かな!」
剣を携え、華 閻李へと振り下ろした。同時に「そこから離れて」と、華 閻李へ囁く。
「……え!?」
突然のことに戸惑い、華 閻李は両目を瞑る。瞬刻、背後で鈍い音がした。
それは何かと、恐る恐る見てみる。
「え? な、何……!?」
華 閻李の背にあったのは家屋だ。けれどその家屋から一本の腕が伸びている。白い布に覆われた腕には全 思風の剣が深く捻りこんでいた。
数秒もたたぬ間に腕は華 閻李の細い髪をすり抜け、だらりとしてしまう。
驚くことしかできない華 閻李の腕を、彼は引っ張った。軽い音とともに、華 閻李は彼の厚い胸板へと押しやられる。
「……ひ、人!?」
華 閻李の言う通り、家屋から腕とともに現れたのは白い服を着た人物だった。村人のように殭屍になっているわけではない。生きた人間だ。
「な、何で人が……っ!?」
華 閻李の言葉を遮るように、白服の者がゆっくりと腰を上げる。腕に刺さっている剣を無事な片方で抜き、その場に放り投げた。
白服の者は布で顔を隠している。けれど骨格や体格などから男だということが伺えた。
「…………」
白服の男は何を言うでもなく、二人を睨むように視線を走らせている。
「その服から見るに、白氏のようだね」
無言の時を破ったのは全 思風の低い声だった。彼は華 閻李を後ろに隠し、自身の剣を拾う。
「ここにいるって事は、この村の件に関わってると言っていいのかい?」
剣の鋼部分を指で這った。すると剣は蒼白い焔を再び生む。
「……っまだだ! その程度で、我らは怯まんぞ!」
白服の男は怪我を負った片腕のまま、口笛を吹いた。
小さな地響きとともに、地にある朱の陣が淡く輝き始める。すると無数の殭屍たちが陣を破って、地面から這いずってきた。
「……へえ? これで私をどうこうしようというのかい?」
村とはまた別の方角から現れた殭屍たちに囲まれても、全 思風は余裕ありげに微笑する。
「ふっ。貴様がどのような奴かは知らぬが、この量の殭屍を前に、生き残れるとは思えん!」
白服の男は額の汗を拭いながら、高笑いをした。吐血をしてでも成し遂げたいようで、荒い息遣いを含ませる。
「これで……貴様らは終わりだーー!」
白服の男の怒涛が合図となり、殭屍たちは一斉に二人へ襲いかかった。
「……ふーん。お前たちは、この私を喰おうと言うのか?」
低く、それでいてよく通る全 思風の声が、その場に轟く。
長い三つ編みが大きく揺れた。
漆黒のように深く沈む瞳は、月のごとく妖しく赫う。そして右手で持つ剣の焔が勢いを増した。
微笑みを絶やさずに地を蹴り入れ、殭屍の群れへと押し立てる。
刃を縦に一閃すれば、空気が蒼白く揺らめいた。鋭く、それでいて重い刃は殭屍の首を跳ねる。
横一閃に流せば、複数体の殭屍たちが、音もなく胴体を真っ二つに切り裂かれていった。
「言っておくけど殭屍などという雑魚では、私の相手にならないよ? だからと言って小猫に手を出すようならば……」
月を乗せた瞳が煌めく。
「──もっと、痛いめに合わせてやろう」
恐ろしくもあり、それでいて美しい。今の全思風は人というものを恐れない、残酷な武器そのものとなっていた。




