白氏の正体
墓の外には殭屍が。敷地内には彼らの陰の気に当てられた死者が、亡霊となって現れた。
『──紂王。そなたすらも、亡霊に成り果ててしまったか』
苦虫を噛み潰したように涙を溢す。瞬刻、涙を引っこませた。顔をあげて瞳孔を細める。そして悠然とした姿勢でいる全 思風へ、遠慮なく片づけろと遠吠えを与えた。
彼は云われなくともと、片口をつり上げる。子供にお守りとして己の剣を渡し、踵を返す。
美しく気高い見目を崩さず、右手に焔を纏わせた。
「爛 春犂! 亡霊は、あんたに任せるよ!」
隣に立つ男へ、亡霊という亡霊を丸投げする。
けれど爛 春犂は、彼がそうした理由がわかっている様子だった。任されたと、札に霊力をこめていく。
「亡霊なんてのは、私の手には負えないんでね。管轄外だ」
冥界を統べる王にしては情けない言葉である。それでも苦手なものを隠さずにいるのは、大切な子の前だったからだ。
──小猫の前でなら、苦手なものも晒す。それが私だからね。カッコ悪くてもありのままを見せる事が、私にとっての流儀だ。
美しく、それでいて妖しい黒い焔を殭屍たちへと放つ。焔は渦となり、眼前にいる死体へと巻きついていった。
殭屍たちは抵抗する暇もなく、骨ごと焼き尽くされていく。しかしそれは前方にいる者たちだけ。後ろにいる殭屍たちは焼けて灰になった者たちを踏み潰しながら、次々と墓へと押しよせてきた。
その中には第三級の者もおり、両腕を挙げずに動いている。そして……
「飛僵もいるのかよ!?」
上空を見れば、浮いている物体があった。それは殭屍の中でも位の高い存在であり、飛行能力を持っている。個体差はあるものの、神通力も使える存在もいた。
階級で云うなら第三級よりも上。けれど更に上の第四級とまではいかない、中途半端な化け物でもある。
「……ちっ! この天気の悪さじゃ、こいつは自滅しないだろうな」
口の悪さを抱えたまま、黒い焔で上空に階段を作った。駆け上がるように登り、天辺で足をとめる。
そこはちょうど、飛僵の真正面となっていた。彼と複数体の殭屍は向かい合う。
「生憎と私は、お前たちと遊ぶのは好きじゃないんだ」
右手の人差し指で化け物たちを指す。黒い砂のような、ざらざらとした焔が指先にぐるぐると巻かれていった。次第にそれは先が尖った刃物のようなものになる。
彼が右手を空へと掲げれば、それは一緒になって天を指した。瞬間、空を裂くほどに鋭く唸り、殭屍目がけて落下していく。
風圧を吹き飛ばすほどに疾走するそれは、飛行する殭屍たちの頭上へと一気に落ちた。
化け物たちは『いだい! あづい!』と、人間のように言葉を口にする。同時に黒き焔に逆らうことができず、そのまま燃えていった。灰と化した体は厚い雲へと溶けてく。
「……まだ、いるのか」
次から次へと現れる飛僵を見、めんどくさそうに肩からため息をついた。
──小猫は、大丈夫かな?
一番護りたい者であり、優先しなければならない子供へと、視線を落とす。
空中を飛ぶことのできぬ殭屍たちが、華 閻李へと迫っていた。
子供が腕に抱える牡丹の威嚇、空中で青い焔を吐いている青龍のおかげか。はたまた、鏡の中にいる妲己が妖力で守護してくれているゆえか。
どちらにせよ動物たちの奮闘が幸いし、大切な子は傷ひとつついていないようだった。
彼はひとまずホッと、胸を撫で下ろす。
「牡丹はともかく、青龍と妲己がついてるからね。とりあえずは安全かな? ……ん?」
ふと、彼の目に、爛 春犂の姿が映った。苦戦はしてはいない。むしろ余裕すらある動きである。
けれど何かしらの違和感を覚え、男へと問うた。
爛 春犂は彼を見ることなく、札で亡霊たちを鎮めている。
けれどぎこちない動きをしており、それが逆に全 思風の心へ疑問を落としていった。
「おい、あんた! いい加減に……っ!?」
痺れを切らした彼は階段を降りようと、一歩足を前へとだす。そのとき、男が前方にある大きな木を指差した。
全 思風、そして爛 春犂の息が止まる。ふたりはヒュッと空気を飲みこみ、両目を瞬かせた。
彼らの視線の頂には、白い漢服の男が何人もいる。両手の指だけで足らぬ数だ。
「……いつの間に」
全 思風は冷めた視線で彼らを追う。白服の者たちは皆、銀髪の美しい少年──華 閻李──を凝視していた。
瞬きすらしない様子に、彼も爛 春犂すらも薄ら寒い何かを覚えていく。ゾワリと、背筋を凍らせるのような何かだ。
「……何だ、こいつら。それに何か」
おかしい。そう口にしようとした転瞬、白服の者たちの両目が血走る。額や頬など、露出している肌には血管が浮かびあがっていった。なかにはカクカクと、糸で操られた人形のような動きをする者までいる。
その動きは伝染していき、やがて全ての白服の者たちを人形のように仕立ててしまった。寸刻、彼らの背中が大きく膨らんでいく。何かを背負っているかのように背中を丸めた。そして……
血渋きが宙へ、花を描いていく。やがて、何かが背中を突き破っていった。それは飛僵とはまた違った、別の殭屍である。
人としての皮を破って這い出たそれは、血まみれの者たちとなっていた。ある者は元となった人間の皮を貪り、またある者は骨ごと踏み潰している。
──これじゃあまるで、殭屍の最終形態じゃないか。苦戦はしないだろうが、生理的に受けつけないんだよな。あれ……
苦手意識が強く働いた。すると下から妲己の声が響いてくる。
一旦集まってほしいとのことだったので、彼は階段を降りて地上へと到着した。
爛 春犂も呼びつけられたよう。疲弊が顔に出ており、額からは汗が流れているのが見てとれた。
「……妲己、何のようだい?」
近よってくる子供の腕をぐいっと引っぱり、抱きしめる。怪我をしていないかを確認しながら、狐を睨んだ。
『あの白い服の者たちの事を、この少年から聞いたゆえな』
「ん? ああ、あいつらか。ってか、とうとう人間やめたんだね。あいつら」
腕の中にいる子供の温もりを浴びながら、戦いで疲れた精神を安定させていく。
少年も満更ではないようで、微笑んでいた。
狐はそんな彼にため息を送る。けれどすぐに真剣な面持ちへと変わった。
『実はの。あの白い服の者たちなのじゃが……あやつらから微かではあるが、華の一族と同じ気配がするのじゃ』
「……っ!?」
狐以外の全員が驚く。
全 思風は眉根をしかめ、爛 春犂は瞳をきつくしめた。華 閻李にいたっては驚愕のあまり、大きな両目がさらに広がってしまっている。
そんな三者三様の彼らをよそに、妲己はとある事実を告白した。
『もしかするとじゃが。あやつらは、華の一族から分離した者たち……いわゆる、分家ではないかの?』
狐の少しだけ高い、女性らしさのある声だけが、その場を走っていった。




