墓
過去のできごとを体験したことにより、華 茗沢という存在の真実を知った。彼女は華 閻李の先祖であり、一族の始まりの人でもある。
なぜ花や植物の力を使うのか。いったいどこから来たのかなど。その中には出自、そして妖怪の血を受け継いでいること。
それらの疑問が解消されつつも、新たな問題なども生まれてきていた。
「妲己の事にしてもそうだ。あの女は悪女と云われていた。実際、それだけの事をやっていたからね。でも……」
そんな女が、最期に子供を庇う。本当に、そのようなことがあったのだろうか。
そしてもうひとつと、右の人差し指を立てた。
「──なぜ小猫が、扉の鍵なのか。これが、どうしてもわからないんだ」
大切な子である華 閻李を膝の上に乗せ、真向かいにいる男へと語る。
真正面にいる男は爛 春犂だ。彼は大きな袋を隣に置いて、全 思風の話に耳を傾けている。
「……確かに全 思風殿の言うとおり、閻李が鍵という事は謎のままだ」
ふたりの視線は話題の中心にいる子供へと向けられた。
その子供は美しく儚げな見目のままに、全 思風の膝で小首を傾げている。
さらには会話すら聞いていない様子で、ひたすらごま団子やサンザシ飴を食していた。もっもっと、食べ物を口に運ぶ姿は実に愛らしい。栗鼠のように頬を膨らませていた。仔猫とすら思えるようなつぶらな瞳で、嬉しそうにおやつを満喫している。
全 思風が視線をやれば、子供は無邪気に微笑んだ。
「……っ!」
この顔に弱い彼はキュッと、言葉を飲みこむ。嬉しさからくる涙を流し、子供の髪を手にした。すーはーと匂いを嗅ぎ、大切な子供が手元にいる喜びに浸る。
けれど爛 春犂にひと睨みされてしまった。
「全 思風殿、真面目に語る気はあるのか?」
額に青筋を浮かべている。
そんな男を前にしても、彼は困った素振りすら見せなかった。お小言を聞くのが嫌だと、自らの両耳を押さえている。
痺れをきらした爛 春犂が説教をしようと口を開いた──直後、子供が立ち上がった。食べていたごま団子を口の中へ一気に流しこむ。
全 思風の腕を引っぱり、行こうと急かした。
「え? ちょっ、小猫!? いったい、どうしたっていうのさ!?」
普段おとなしい子供が、ここまで自身の意見を押し通すのは珍しいことである。
全 思風は驚きながら腰を浮かせ、爛 春犂とともに顔を見合せた。それでもなお、少年はどこかへ連れていこうとする。
「し、小猫!? さすがにこれは説明してくれないと、何もわからないよ」
──小猫の顔色は悪くない。むしろおやつを食べたのもあって、血色はいい方だ。操られているという感じでもないし……
いったいどうしたんだと尋ねよようとした矢先、子供の手が腕から離れていった。
子供はうつむいてしまう。何も答えなかった。
彼は心配になり、子供の顔をのぞきこむ。瞬間、子供は彼の厚い胸板へと顔を押しこめた。
「え!? 小猫、どうしたのさ!?」
華 閻李から発せられるのは薔薇の薫りで、とても安らぐほどに優しい匂いである。
彼は抱きしめたい衝動を抑え、慌てふためいた。
「……あのね。呼ばれてる気がするんだ。多分、この先だと思うけど」
「呼ばれて、る?」
要点だけを告げた子供は、彼の逞しい体に顔を埋めていく。ぐりぐりと、まるで甘えているかのように頭を押しやった。細い両腕を全 思風の腰に回し、上目遣いになる。
「…………!」
その、かわいい姿勢に、彼の脳は大きな衝撃を植えつけられた。
子供が無自覚でやっているのか、それとも知ってか。どちらにしても彼は負ける。それだけは覆ることはなかった。
「うん。行こう! どこだい?」
直前までの慌てぶりや戸惑いはどこへ行ったのか。あっさりと子供の手に落ち、鼻の下が伸びてしまっていた。
「あのね。こっちだよ!」
子供は晴れた表情で全 思風の腕を引っる。
そんなやり取りを見ていた爛 春犂はあきれたように、ガクッと肩と落としていた──
□ □ □ ■ ■ ■
全 思風たちが向かった先は殷王朝跡地よりも、少し離れた場所にある墓だった。
小さな墓がたくさんあり、どれもが雑草にまみれている。人の手入れなどありはしないようで、墓が欠けているものもあった。
冬の落ち葉だらけで、どれが誰の墓なのか。それすらわからないほどに寂れてしまっていた。
いたるところに蜘蛛の巣があり、彼らはそれを手で払っていく。
「……こんな場所があったなんて。小猫、本当にここなのかい?」
彼はもちろん、爛 春犂ですら、驚愕を隠せないようだ。
「間違いないよ。声は、この墓地のどこかからするよ」
唯一、誘う何かを聞いている子供が肯定する。ただ、怖いようで、常に全 思風の漢服の袖を掴んでいた。
彼は少年の肩を自身の胸板にぐいっと引きよせる。
「大丈夫。何があっても、私が君を護るから」
「うん、ありが、と」
彼の美しい顔が微笑みを浮かべれば、少年は照れたように耳の先まで真っ赤になった。
そんなふたりの時間に水をさすかのように爛 春犂が「ふたりとも、こちらに来られよ!」と、大声を放つ。
全 思風は子供の小さな手を握り、邪魔するなよとぶつくさ云いながら男の元へと向かった。
爛 春犂に呼ばれてたどり着いのは、ひとつの大きな墓である。他の墓とは違い、丸くて大きかった。
「……ここだけ雰囲気違うね。あ、仔猫!」
握っていた愛し子が手を離す。
確かな足取りで大きな墓の前に躍り出た。踵を返し、彼らへと視線を流す。
「この中から聞こえる。思、開けてくれない?」
「墓荒らしは気がひけるけど……わかったよ」
頷いて、右手に黒い焔を集めた。それを墓目がけ、軽く打つ。焔は墓の上蓋に直撃し、中が開いた。
すぐ側で爛 春犂が罰当たりだ何だのと怒っているが、彼はそれを無視する。
中を見れば、一枚の鏡が置かれていた。それは何の変哲もない、普通の鏡である。けれど彼はこの鏡に覚えがあるようで、眉をよせた。
──そうだ。この鏡、私たちを殷王朝へと誘ったときのやつだ。小猫が操られて、それであんなことに……あれ? でも待てよ。なぜその鏡がここにある? ……ん?
「……っあ、小猫!?」
思考の海へと沈めていた矢先、子供が鏡を両手で持ってしまう。止めようとするが、少年に首をふられてしまった。
「大丈夫だよ。それに……声は、この鏡からするんだ」
「鏡、から?」
「うん。お話ししようって云ってる」
瞬刻、鏡が目映い光を放つ。
彼は咄嗟に華 閻李を庇い、子供を強く抱きしめた。
輝きは、より一層強くなっていく。光の中にある鏡はふよふよと浮かび、鏡の部分にあたる硝子にヒビを作った。やがて輝きは淡い蛍火のように弱くなる。
『──ふふ。そう、警戒せずともよかろうに』
そのときだった。女性の声とともに、鏡の中に何かの姿が浮かび上がる。それは橙色の毛並みで、尻尾が九本ある動物だった。
「……狐、さん?」
子供が口を開けば、鏡はくるくるとその場で回る。
『妾と少し、お話しせぬか? 人の子らよ。そして、我が子の血を受け継ぎし少年よ──』




