毒花は美しく咲く
華 閻李の案内によって辿り着いたのは、黄家の屋敷だった。そこは庭も、敷地すらも広大であった。
屋敷の門には二人の男がおり、彼らは暇そうにあくびをかいている。どうやら彼らは門番のようで、腰に剣をぶら下げていた。そんな二人は突然空から現れた華 閻李たちに驚く。
「……お、お前たち、何者だ!?」
二人の門番は即座に剣を構えた。
「おや? 何者って……私はともかく小猫の方は、少し前までこの家に住んでいたんだ。君たちは、それすら忘れてしまったと言うのかい?」
二人の門番の問いに答えるのは華 閻李ではない。全 思風だ。彼は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、記憶力がないのかと悪態をつく。
すると子供が彼の服を軽く引っ張った。銀の前髪を退かし、愛らしい見目を彼へ向ける。
「思、しょうがないよ。ここの人たちは皆、僕の素顔を知らないから」
妓楼にいた華 閻李の元へやってきた爛 春犂ですら、素顔を知らなかった。唯一知っているのは黄族にして、黄家の跡取り息子の黄 沐阳だけである。
「黄 沐阳は、たまたま僕の素顔を知ったってだけ、だけどね」
その結果として、しつこくつきまとわれてしまったのだと苦く語った。
「……そうか。そんな事があったんだね? ああ、君の素顔はとても可愛いからね。どんな男だって落としてしまうだろう。もちろん、この私もね」
人目も憚らず彼は華 閻李の細腰を抱く。けれど……
「男を落としてどうするの? 楽しくもないよ?」
華 閻李は素で返した。
全 思風の表情は一瞬だけ固まる。
それでも咳払いで誤魔化し、放置されている門番たちへと視線を走らせた。子供へ向けている、慈愛に満ちた眼差しは消えている。
代わりに、鋭く尖った漆黒の瞳が門番たちを襲った。
二人の門番はヒッと、短い悲鳴をあげる。けれど負けん気があるようで、怯えながらも剣を持ったまま彼へと立ち向かった。
全 思風は冷めた目で彼らを見、呆れながら子供を後ろへ下がらせる。
片手を背中へと隠し、挑発的な笑みを漂わせた。
「……っ! 貴様ーー!」
門番二人は頭に血が上ってしまったのだろう。同時に剣を振り下ろした。
されど全 思風は片手でそれを弾き返していく。一人が剣を縦に一閃すれば、踊るように横へと避けた。
もう一人は突きを披露する。しかし剣の切っ先ごと片手で受け止めて、門番ごと軽々と持ち上げた。そのまま剣とともに門番を地面へと放り投げ、何事もなかったかのように二人を見下ろす。
──うーん、弱いね。やっぱり黄族は、権力に溺れている仙士たちの集まりなんだろうな。というか、小猫に当たって怪我でもしたらどうするのさ。そんなことになったら、絶対に許さない。
沸点の低さが顔に出た。地団駄を踏みながら、ぶつくさと「小猫が傷ついたらどうするわけ!?」と言い続けている。
華 閻李の頬へと手を伸ばし、顔や体を触っていった。
「……怪我はない、よね?」
「え? あ、う、うん。ない、けど……」
直前まで門番と対立していたとは思えない変わりようである。子供を腫れ物のように扱い、宝物と言わんばかりに優しさを注いだ。
「さあ、君の部屋に案内しておくれ!」
大人で落ち着いた雰囲気はどこへやら。ひたすら部屋に行きたいと、駄々をこねた。
これには華 閻李も、門番たちですら、呆気にとられてしまう。
それでも彼はどこ吹く風のままに、子供を横抱きにして敷地へと入っていった。
◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆
華 閻李に案内されたのは地下だった。明かりすらない地下の階段を降りていく。
光の当たらぬ地下を降りて行けば、鉄格子の扉があった。蜘蛛の巣や、じめじめとした空気。部屋と言うにはお粗末かつ、牢屋のような雰囲気だ。
「……まさか、こんなところに住んでいたのかい!?」
彼の問いに、華 閻李は無言で頷く。
子供は鉄格子の扉を開け、一足先に中へと入った。それにつられた彼も足を踏み入れんとする。瞬間、子供は待ったをかけた。彼へ振り向き、床を指す。
「……っこれは!」
床を注視すれば、そこには血に染まったような深紅の花があった。室内であるにも関わらず咲き誇る花に、全 思風は眉をしかめる。
「彼岸花だよ。知ってるかはわからないけど、その花には毒があるから」
部屋の奥にある床に腰かけながら説明した。かけ布団はお世辞にも立派とは言えず、ボロボロの薄い布一枚しかない。
部屋の中には机はおろか、箪笥すらもなかった。あるのは辛うじて横になることができる床だけである。
それはあまりにも質素で、年頃の子供が住むには不憫すぎる部屋であった。
それでも華 閻李は慣れた様子で、彼を隣に座るように促す。
彼は彼岸花を跨ぎ、華 閻李の前で立ち止まった。彼の眉は根元から寄せられ、泣いてしまうのではないかと思えるほどの表情になっている。
「……どうして、あなたがそんな顔するの?」
華 閻李は小首を傾げた。
そのとき、彼は儚げで小動物のような仕草をする子供を抱きしめる。
「──こんな目に合わせるぐらいなら、私は……あの時、君を手放さなければよかった」
そう、力なく、全 思風の声が漏れた。




