表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥籠の帝王  作者: 液体猫【鳥籠の帝王 GoodNovelにて契約連載中】
城章 幽霊城~殷王朝時代~
118/154

華の一族

 華 閻李(ホゥア イェンリー)は夢を見ていた。自身と同じ顔だけど、もっと大人っぽい。そんな人になった夢だった。

 けれどどこで歯車(はぐるま)が狂ったのか。同じ顔をしたその人は……


 薄れゆく意識を必死に(たも)ちながら、静かに涙を流していた──


 † † † †


 何もない、暗黒だけが広がる空間に華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)、そしてホゥア 閻李イェンリーが立っていた。

 同じ顔をしたふたりが()めば、淡く光る(あお)い結晶が降る。それが落ちれば地面に波紋を作った。ポンッという小さな音を鳴らし、蒼い彼岸花(ひがんばな)が生まれていく。


「──これが、わたしたちの結末だよ」


 銀の髪がさらりと、美しく揺れた。(ささや)くように伝えるのは華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)である。

 女性か、それとも男性か。それすらわからないまま、華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)(かな)しい笑みを浮かべた。


「母上も、父上ですら、やりすぎたんだ。豪遊(ごうゆう)と言えば聞こえは悪いけど……それだけの事をしていたんだ。民だけじゃなく、仙人たちが怒っても無理はないよね」


 ふっと、瞳に影を生む。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)を見、すっと細くて長い指を伸ばした。子供の頬に触れ、弱々しいまでに美しく笑む。


「それでもわたしは、両親を愛している。母上の本心を知ろうともしない人たちがいるなら、わたしは前に出ても(いと)わない」


 自分の身がどうなろうとも構わないのだと、震えながら語った。

 

「……ねえ。君は心から守りたい人、いるのかい?」


「え?」


 突然の問いに、華 閻李(ホゥア イェンリー)は小首を(かし)げる。

 華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)を見れば、銀の髪で両目を隠して微笑んでいた。


「この手で守りたい。それでもわたしは弱くて、役にたたない。だからこんな事になってしまった。それに……」


 笑顔が一転、両手で顔を(おお)う。悲痛な声で「母上、父上」と、(つぶや)いていた。やがて力なく背中を曲げ、その場に(うずくま)ってしまう。


「わからないんだ。父上も、母上も、わたしの事を道具としか思っていない。わたしの事なんか、愛してくれてなかったんじゃないかって!」


 上辺や建前を振り払い、本音をぶつけた。

 

 華 閻李(ホゥア イェンリー)は、どうすればいいのか悩んでしまった。それでも何もしないわけにはいかないと、大きな瞳を細める。


 ──愛されていない。そう思ってしまっているんだろうな。でも……


 (ひざ)を抱えている華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)の隣に座り、天を見上げた。

 暗く、どこまでも底が見えない闇が広がっている。星も、空も、太陽や月さえもなかった。冷たくはないが暖かくもない。音はおろか、匂いすらしなかった。


「……僕ね。両親の顔、知らないんだ。声とかもわからないし、どんな人たちだったのか。それすらもわからない」


 隣を確認すれば、顔をあげて涙を流す華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)がいる。眉根を(ひそ)め、本当なのかと目で問うているかのようだ。


 子供は肩をすくませる。


「僕だって(さび)しいって思うときもあるよ。町にいる仲良しな親子見てると、どうして僕だけ! って思うんだ」


「…………」 


 見上げた先には何もない。あるのは漆黒(しっこく)に染まった空間だけだ。


「それでも……僕をずっと想ってくれてる人がいる。寂しいなんて言葉を吹き飛ばしてくれるほどに、たくさんの愛をくれる人がいるんだ」


 目を閉じれば、側により()ってくれている男の顔が浮かんでくる。

 それは黒い髪を三つ編みにした、とても端麗(たんれい)な顔立ちの男だった。常に「小猫(シャオマオ)」と呼んでくれて、ほしいものを全て与えてくれる。お腹が空いたときも、熱を出したときも側にいて、優しい微笑みをくれる男だった。


(スー)はね、僕が記憶をなくしてしまっても、諦めずに側にいてくれたんだ。ずっと笑顔で、優しく抱きしめてくれる」


 すくっと立ち上がる。

 涙ぐむ華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)の手を握り、立とうと(さそ)った。

 

 同じ顔をしたふたりは向かい合う。


 ざあー……


 風など吹かぬこの場所で、ふたりの髪は絡みあった。華 閻李(ホゥア イェンリー)より頭ひとつ分ほど背が高い華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)は、両目を見開きながら子供の手を握り返す。

 子供はそんな銀髪の者にふふっと、温かい笑みを送った。


「──伝えてみようよ。自分の気持ちをさ。それに愛されたいだけじゃなくて、愛してあげよう」


 その結果、哀しみが増すだけかもしれない。それでも一歩、また一歩と、自分からよって行かなければ変わるはずがない。

 子供は純粋な眼差しで告げた。


「誰だって、嫌われるのは辛い。だけど……それでも時は待ってくれないんだ。悩み続けていく内に、もうどうしようもないところまで行ってしまう。そうなったら、何もできなくなっちゃうよ?」


 だから言葉で、本音をぶつけよう。


 子供の少し高めな声が周囲を駆けた。


 † † † †


 銀の髪がふわり、ふわり。美しく、地へと華開いた。腹部にある痛み、そして口の中にある鉄のような味。これらが全て不快感となって華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)(おそ)った。

 ゴホッと、深紅(しんく)の血を吐く。

 耳に届くのは戦乱の最中(さなか)の、火の()が舞う音か。それとも……


「──小猫(シャオマオ)!」


茗沢(ミンヅァ)!」


 待ち望んでいた男の声か。はたまた、愛してほしいと願った母か。


 華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)はそれすら考えることも、彼らの姿をのぞきこむことすらもできなかった。指のひとつも動かせない状態に(おちい)り、視界が(かす)んでいく。


小猫(シャオマオ)! 小猫(シャオマオ)、しっかりして!」


 ただひとり、彼だけは血溜まりの中にいる華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)を愛しき子として呼んだ。

 彼、全 思風(チュアン スーファン)は銀髪の者の背中に腕を回す。上半身だけを起こし、青い顔色で必死に名を呼んでいた。


小猫(シャオマオ)、どうしてこんな……」


 困惑などという言葉が生ぬるく感じるほどに、彼の表情は悲壮感(ひそうかん)に満ちている。


「…………」


 一方で、華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)の瞳からは光が薄れていった。(うつ)ろでしかないままの瞳は彼……ではなく、この場には似つかわしくない、毛並みが美しい狐へと向けられている。


 狐はゆっくりと血まみれの者へと近づく。自ら妖術(ようじゅつ)を解除し、美しい女の姿になった。

 美しく着飾った姿の女性は、まさに絶世の美女そのものである。目鼻立ちはもちろん、体の細部まで。完璧(かんぺき)とすら思えるような姿の、秀麗(しゅうれい)な美女だ。

 その美女は腰を曲げ、倒れた華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)の手をそっと握る。


「……は、は、え」


 ”母上”。そう言いたいのだろう。けれど紫になった唇から()れるのは残酷なまでの鮮血(せんけつ)のみだ。


「馬鹿な子じゃ。(わらわ)を庇うなど……ほんに、(おろ)かな子じゃな」


 愚かといいつつも、声や表情からは(ののし)る空気を感じない。穏やかとはいわないまでも、どこか母性を覚える。そんな雰囲気があった。


 華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)は苦痛に(おそ)われながらも、無理やり微笑む。


「……あ、して……」


「……? 何じゃ?」


 女は銀髪の子の手を強く握った。


「………は、母上は、わた、を、父上、を、愛し、て……した、か?」


 この言葉に、女は目を大きく見開く。けれどすぐに戻し、一瞬だけ瞳孔(どうこう)を動物のようにさせた。ふうと、軽く息をはく。


「何じゃ。そんは事も、気づかなんだのかえ?」


 笑ってはいた。しかし嫌な笑みではない。むしろ瞳の奥にあるのは【愛】だった。


「…………は、え。わた、も……愛、し……て……」


 華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)の声も、息すらも止まる。開かれたままの瞳は(まばた)くとてなく、光を完全に失っていた。



 女──妲己──は華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)最期(さいご)をみとり、我が子の瞳に静かに手を置く。美しい出で立ちを姿勢に乗せ、(きびす)を返した。

 その先には姜子牙(きょうしが)がおり、申し訳なさそうにしている。それでも彼女は悠然(ゆうぜん)と立ち、桃色の唇を動かした。


姜子牙(きょうしが)よ、(わらわ)を討つがよい。ここで(いん)はしまいじゃ」


 毅然(きぜん)とした、誇れる何かすらある声で口述(こうじゅつ)する。


 姜子牙(きょうしが)(うなず)き、指揮棒のようなものに力をこめた。


「ただし、ひとつだけ約束じゃ。(わらわ)には……」


 胸の上で両手を組み、息絶えている華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)に微笑みを落とす。


「子供などおらなんだ。これを後世の歴史に刻む。これを約束してたもれ」


 妲己は両手を広げ、目を閉じた。眼前(がんぜん)に迫る力を受けながら、身を粉砕(ふんさい)させていく。




 この場、このとき、(いん)は終わりを迎えた。同時に妲己の子として生まれた華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)は、その歴史から消えていったのだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ