表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥籠の帝王  作者: 液体猫【鳥籠の帝王 GoodNovelにて契約連載中】
城章 幽霊城~殷王朝時代~
117/154

咲きゆく彼岸花、そして散りゆく華

 花や植物を(あやつ)る力の原理がここにあった。


 全 思風(チュアン スーファン)はひとつの謎を解き明かし、ほっと胸を撫で下ろす。体力を使い切ってしまったであろう華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)を片腕に抱き、眼前に広がる美しい光景に目をやった。


 何もなかった、ただ、枯れた大地。それが数秒前までのこの場所だった。

 けれど今や、それすら眉唾物(まゆつばもの)のよう。

 カラカラに乾いていたはずの大地には緑が(あふ)れ、木陰(こかげ)木漏(こも)れ日すら産まれていた。風に遊ばれる草木の(ささや)く音、(ちょう)(はち)などの虫の姿すら当たり前のように横切っていく。

 何よりも、地を(おお)いつくさんとする花たち。山茶花(さざんか)桂花(キンモクセイ)薔薇(チャイナローズ)など。美しく揺らめく花びらを(たずさ)えながら、そわそわと、そよ風にあてられていた。


「……すごいね」

 

 ふと、(いろ)とりどりな花たちの中に一本だけ、まっすぐ天へと伸びた(つぼみ)がある。それは何かと指で軽くつついた。

 瞬間、山茶花(さざんか)みきがピンとはる。桂花(キンモクセイ)(だいだい)色の花びらを、ハラリと落としていった。薔薇(チャイナローズ)は開いていた花を閉じてしまう。


「これは、いったい……え!?」

 

 (おどろ)く彼の目の前で、全ての花は(いろ)を失っていった。枯れたわけではない。花びらや(みき)も、(しお)れているようには見えなかった。


 華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)を抱く腕に力が入る。(まばた)きすら忘れたかのように、不思議な瞬間に魅入っていった。しかし……


「…………っ!?」


 それは一瞬の間か。全ての花たちが(あお)彼岸花(ひがんばな)へと変わっていった。

 地平の彼方すらも(あお)く輝く、あでやかな(いろ)に染まっていく。花びらの一枚一枚が輝いているかのように(きら)めいていた。

 

「……なんて、幻想的なんだ」

 

 (こぼ)すつもりはなかった言葉が出、彼は慌てて口を(ふさ)ぐ。

 腕の中にいる華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)へと視線をやれば、両目を閉じていた。苦しそうに汗を流す様は、とても(はかな)げである。


 そんな、この世のものとは思えぬ風光明媚(ふうこうめいび)(とき)を過ごした──寸刻(すんこく)、彼は強烈なまでの目眩(めまい)(おそ)われる。


 声をあげる暇もなく(ひざ)を折った。地へとひれ伏しはしないが、立っていることすらまはまならないほどに視界が回っている。

 爛 春犂(ばく しゅんれい)へと華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)を預けようと振り向いた。けれど頼りにいている男も、彼と同じ症状に見舞われている。


 ──くっ。いったいこれは何だ!? なぜ、こんなに視界が揺らぐ? 吐き気はないのに、強烈(きょうれつ)なまでの眠気に(さそ)われているような。そんな気分だ。


 いったいなぜと考えたとき、腕に抱えいる銀髪の美しい者の体がぐにゃりとなる。

 彼はぎょっとして顔を上げた。


 ──な、んだ、これは……。


 華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)だけではない。美しい花畑のある自然も、難民(なんみん)姜子牙(きょうしが)までもが形を保てないほどにねじ曲がっていた。


 さしもの彼ですら、このような事態は想定していなかったのだろう。混乱と(あせ)りを汗に乗せ、額から流していった。グッと拳を握り、唇を嫌というほどに噛みしめる。

 苦しさに負けないよう、何度も(いと)し子の名を呼び続けた。



『──大丈夫だよ(スー)、ここは過去。(とき)が流れただけだから』


「……小猫(シャオマオ)!?」


 聞き覚えのある声にハッする。頭痛や目眩(めまい)が押しよせるなか、周囲を見回した。けれど愛する子供の姿はない。

 代わりに、先ほどまであった不快感が(やわ)らいでいった。目眩(めまい)などがなくなったのを確認し、起き上がる。


 けれどそこには、(あお)彼岸花(ひがんばな)などありはしなかった。華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)の能力で(きず)いた自然すらない。

 腕に抱えていたはずの者も消えており、彼は(あせ)った。急いで探そうと(きびす)を返す。そのとき、誰かに腕を(つか)まれてしまった。正体を見れば、同じ時代をとも生きる爛 春犂(ばく しゅんれい)である。

 男は普段とは違い、慌てた様子で彼の動きを止めていた。


「……邪魔、しないでくれるかな?」


 怒りに身を任せ、ドスの利いた声を発する。


「そうではない! 全 思風(チュアン スーファン)殿、あれを見よ!」


 落ち着きすら感じられぬ瞳と声に、彼はすっとんきょうな声で返事をした。そして爛 春犂(ばく しゅんれい)が指差す方を見やる。そこには……


 (あか)く、燃えさかる(ほのお)が広がっていた。町の頑丈な障壁(しょうへき)はどこにもなく、ただただ、鬱陶(うっとう)しいまでの(あか)に包まれている。


「……これは」


 耳をこらしてみれば、数多(あまた)の悲鳴が聞こえてきた。どこかで金属がぶつかる音もすれば、火の()が燃え移って建物を壊していく振動(しんどう)すらある。


 彼は爛 春犂(ばく しゅんれい)へ、これは何が起きているんだと、肩を揺さぶった。

 男はじっと熱い(ほのお)を見つめ、渋い表情になる。


「おそらく城下町……いや、城を含む辺り一帯が、戦場と化しているだろう」


 それは(いん)王朝の終わりを意味するのだと、ぽつぽつと口述(こうじゅつ)した。


「あそこを見よ。あれは姜子牙(きょうしが)殿だ」


 建物の屋根上に、見知った老人が立っている。隣には白い鹿(しか)のような動物もいた。


「……そうか。姜子牙(きょうしが)が、王都に乗りこんだ(とき)まで進んだんだね。だけどあの隣の動物は……」


「実物を知らぬのであれだが……おそらく、霊獣(れいじゅう)四不像(スープーシャン)なのだろう」


「……へえ。あれがそうなんだ」


 落ち着きを取り戻した彼は、爛 春犂(ばく しゅんれい)の話をおとなしく聞く。


全 思風(チュアン スーファン)殿、姜子牙(きょうしが)殿の向かい側にいる者。あれは……」


 ふたりは視線を老人の真向かいへとやった。そこには町を丸ごと飲みこまんとするほどに巨大な、金色の毛並みの狐がいる。

 狐は九本の尻尾を(ゆう)し、瞳孔(どうこう)を細めていた。立派で艶々(つやつや)だったかもしれない毛並みはぼさついている。全身に傷があり、今にも倒れてしまいそうなほどにふらついていた。


 そんな狐を凝望(ぎょうぼう)し、姜子牙(きょうしが)霊獣(れいじゅう)(また)がる。右手には指揮棒のようなものを持ち、それの切っ先を狐へと向けた。


「──妲己、これで終わりだ!」


 霊獣(れいじゅう)とともに風をきる。そして指揮棒の先を狐へと突き刺した。


 狐は抵抗するでもなく、黙って両()を閉じる。


 転瞬(てんしゅん)、銀の糸が狐の前に現れた。そして……銀糸の持ち主でもある者の体を、指揮棒のようなものが(つらぬ)く。


「……なっ!」

 

 姜子牙(きょうしが)(おどろ)きなど、誰の目にも()まらなかった。

 傷だらけの狐、そして彼らの行く末を見ていた全 思風(チュアン スーファン)爛 春犂(ばく しゅんれい)もまたその内のひとりで、彼らは銀糸の先にいる者の名を呼ぶ。


 さらり、さらりと、美しい銀の糸が地へと落ちていく。

 細く、(はかな)げな姿のままに。

 ゆっくりと端麗(たんれい)見目(みめ)(たが)えることなく、その人──華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)──は崩れ落ちゆく。雫を頬に伝わせながら、鉄錆(てつさび)た匂いを吐きながら──

 

 

 皆が華 茗沢(ホゥア ミンヅァ)の名を叫ぶ。


「………っ小猫(シャオマオ)!」


 けれど全 思風(チュアン スーファン)はたたひとりだけ、(いと)し子の名を借りながら手を伸ばしていた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[気になる点] 蒼い彼岸花という表現です。 蒼とは、どちらかというと深い青緑。緑っぽいんですよね。それが明るくなると碧色(こちらも青緑です)。 真夏の日差しの強い青空の色のような深く濃い青色ならば紺…
2023/08/25 05:33 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ