血晶石《けっしょうせき》の秘密、花の誕生
華 茗沢の手のひらに乗るのは、朱い宝石のように美しい石だ。しかしその石を、あろうことか血晶石と呼んでいた。
そのことに全 思風と爛 春犂は驚愕し、互いの顔を見合せる。
「──ちょっと待って。血晶石って……それは本当なのかい?」
彼は華 茗沢の持つ石を凝視し、それを指差した。石は淡く光っている。
誰もがその石を見、続いて銀髪の美しい者へと視線を移した。
「……はい。そう、呼んでいます。これはわたしの血液から作られた石です」
「君の?」
どういう意味かと、尋ねる。
「えっと……わたしが小さかった頃、母がこれを作ったんです。この石に願いをこめれば、一度だけ力を発揮する。そう教えられました」
たた一度だけ。願いを叶え、それが後々に己の能力として固定される。これが石の力だと、顏に影を落とした。
全 思風は目を細め、深く考えてみる。
──もしも、本当にこれが血晶石というならば、殭屍化の元を作り出したのは他でもない……小猫の先祖って事になる。ただそうなると、現代でも血晶石が動いているというのはおかしな話になる。
この華 茗沢が作りだしたと仮定するならば、時間の流れ的に今もそれが作成可能とは言いがたい。なぜならこの者は殷の時代の人間であり、全 思風たちが生きる禿とは重なるはずがなかったからだ。
殷から禿になるまで、凡そ千二百年。
妖怪の血が混ざっているぶん、華 茗沢の寿命が人間よりも多少長い可能性はあった。それでも、そこまで長く生きられるという保証すらない。
──何よりも私は知っている。禿王朝が設立されたとき、この人の子孫がいたから。本人は、もうとっくの昔に亡くなっていたからね。
隣でともに困惑する男に視線をやり、ふうーとわざとらしいため息をついた。爛 春犂ではなく、眼前にいる美しい者を見張る。
「ねえ、その血晶石ってやつはさ、出回ってたりするの?」
「え? あ、いえ。これは母上が独自に開発した物らしく……わたしのためだけに作ったと、云っていました」
いったいどうしたのかと、小首を傾げた。さらりとした、細く美しい銀の髪が揺れる。それは煌めく翼のように背中を流れていた。
荒れ果てた場所を根城にしていた民たちからは、華 茗沢の美しさに声を失う者も現れる。なかにはきれいだと絶賛し、頬を真っ赤に染める者もいた。
そんなひときわ目立つ見目麗しさを持つ華 茗沢を、彼はじっと見つめる。
「……じゃあさ。その石を作れるのは妲己だけって事?」
その質問はあまりにも深い追及だった。下手をすれば怪しまれ、警戒されてしまうだろう。
隣で彼らの会話を聞いている爛 春犂ですら、ぎょっと両目を大きく見開いていた。
それでも彼は謎を謎のままにするのはよくないよと、男に小声で語る。すると男はぐっと言葉を飲みこみ、彼のすることを黙って受け入れていった。
「うーん。今は、そうですね」
「今は? ……何か、引っかかる言い方だね?」
「あ、えっとですね。わたしは、これの作り方を知っています。ただ、完成させる事はまだできず……」
才能がないんですと項垂れ、元気をなくす。
「……ふーん」
それだけ云うと、爛 春犂へ向かって顎をくいっとした。男も彼が何を言いたいのか察知した様子で、頷く。
ふたりは華 茗沢たちに聞こえぬよう、ひそひそと話した。
「──ねえ、今の話から察するに、私たちのいる時代……禿で起きてる殭屍化は、小猫と同じ一族の者がやってるって事になるよね?」
「確かにそうだが……しかし全 思風殿。よく考えてみよ。閻李の一族は、もうあの子しかおらぬのだぞ?」
「そう! 問題はそこなんだよね。小猫がやったなんてのは、天地がひっくり返ってもあり得ないし」
キッパリと断言する。
爛 春犂は彼の、華 閻李を想う気持ちに苦笑いだ。けれどそれが彼だと知っているので「貴殿は、相変わらずだ」とだけ呟く。
全 思風は当然だと胸をはった。直後、軽口は終わりを告げる。彼の瞳には神妙さだけが残り、空気すら変わった。
「そうなるとだよ? 一族で生きているのは、小猫だけじゃないって事にならないかい?」
「それは……」
「だって考えてもみてよ。禿の時代に血晶石の作れるのは、あの一族だけ」
──ただそれだと、白氏たちが一族の関係者ってなるんだよね。
國の各地で起きている事件の全てには、白氏が関わっていた。
殭屍化事件として世を騒がせているそれは血晶石を使い、無理やり人間を化け物へと変化させてしまう。
しかしここで、ひとつ大きな問題が生じた。”血晶石を作れし者は、華の一族のみ”という、問題である。
「白氏の連中が本家ないし分家。だったら、全ての物事の辻褄は合うと思う」
殷王朝時代に生まれた新しき術。それがいつしか、殭屍を作り出すための術に変わっていたのではないだろうか。
あくまでも憶測ではあった。けれどなかなかに的を射ているのではと、考えた彼も、それを聞いている爛 春犂ですら納得してしまう。
「……華 茗沢もかわいそうだよね。誰かを助けるために特訓した術が、人間を死に追いやるものへと変わってしまった。なんて、さ」
「それは仕方のない事ゆえ。時代が変われば、人も変わる。もちろん、気持ちや考え方とて同じ」
「なんか……やるせないな。……あれ?」
そのときだった。彼の瞳に映った華 茗沢の姿が微かにズレている。美しい見目のままではあったが、ときおり幼さのある子供のように。けれどまた、元に戻る。
それを一瞬だけ繰り返していたのだ。
彼は気のせいだろうかと目をこする。もう一度華 茗沢を見やれば、大人の姿をした麗人として立っていた。
──小猫に見えたけど……そんなはずない、か。
気持ちを心の奥底にしまう。
今やるべきことは何かと、自らの両頬を軽くたたいた。よしと声をだし、華 茗沢へと向き直る。
銀髪をなびかせて立つ者の手にある石を黙視し、これから何が起きるのかと待ちわびた。
瞬刻、華 茗沢が石に軽く唇を落とす。形のよい艶やかな口から、耽美な息が溢れた。すると、石がひとりでに宙へと浮かび上がる。
華 茗沢はそれを目で追い、心臓の上に両手を添えた。
「血晶石、わたしの願いを聞いてくれ。わたしはこの場所に自然を戻したい。例えそれで、わたしの力が固定されたとしても……それでもいい!」
銀の髪も、白い肌すらも、妖艶に包まれていく。すると……石が静かに砕け散った。欠片は音もなく地へと落ち、手を加えられることなく潜っていく。
やがてそれはにょきりと芽を出し、一気に大きな木や草へと成長していった。
荒れた地に緑が生まれる。
自然を失った大地が花で埋めつくされていった。
伸びた木には鳥が留まる。
花には蜂や蝶などが、蜜を求めにやってきた。
この場にいる民たちは驚き、姜子牙は落ち着きなく周囲を見渡している。
「……これが君の、小猫の一族の力なんだね」
力を行使したためか、ふらついてしまう華 茗沢を支えながら囁いた。
──そうか。小猫やあの人の花の力。それの始まりは、華 茗沢だったんだ。
過去の歴史に触れることは、これからの未来を変えてしまう可能性もある。けれどここは過去ではなく、何かが見せている現実なのだと、彼はそう考えていた。
触れてはならぬことではなく、知らねばならぬ真実。それがここにあるのだと、唇を噛みしめた。




