王都の外
長砲
中国伝統のロング服
華 茗沢の脆く、それでいて蠱惑な見目は、性別すらも超越するかのよう。
全 思風のように肩幅が広くはない。むしろ線の細さが目立ち、儚げな印象を与えた。それに拍車をかけるのは容貌で、男性ないし女性。云われなければどちらなのかさえわからない。
そんな中性的な麗しさがあった。
「……君が、妲己と紂王の子だというのはわかった。もしかしてだけど、その髪色も出自に関係してるのかな?」
門番など目に入らないようで、彼は華 茗沢だけを直視した。ふむっと考えこみながら腕を組む。
──ずっと、不思議に思ってた。小猫やあの人の髪は、なぜこんな色なのかと。異国の人間なのかもと思った事はある。だけど……異国人であっても銀髪なんて、そうそういないはずだ。
「無理にとは言わない。だけど普通に考えたら銀の髪なんて……」
「気持ち悪い、ですよね?」
「え? いや、違……」
──しまった。そんなつもりじゃなかったのに。今の言い方では、髪色が気持ち悪い。そう云っているように捉えられても無理はない。
失言したなと、苦虫を噛み潰したように眉をよせた。
眼前にいる者を見れば、長い銀の髪を指にくるくると巻きつけている。少しすねたかのように口を尖らせ、頬を膨らませていた。
「うっ、ぐぅ!」
意外と子供っぽい仕草をする華 茗沢に、彼は胸を打たれる勢いで片膝をつく。そのまま四つん這いになり、鼻を押さえた。「その顔で、その仕草さは卑怯だよ」と、自らの弱点を晒す。
華 茗沢は小首を傾げ、大丈夫かと腕を伸ばした。
瞬間、待ってましたと云わんばかりに彼は相手の細腕を引っぱる。そのまま己の厚い胸板へと押しやり、横抱きにして屋根の上へと飛び乗った。
人攫い顔負けの素早さで、屋根から屋根へと飛び移る。腕の中にいる美しい者の表情など見慣れているといった様子で、軽々と飛び越えていった。
しばらくすると町の外に出たようで、門が遠い。そこは雑草が無造作に生い茂るだけの場所……
「……え!?」
では、なかった。
横抱きにされている銀髪の者は驚愕してしまう。
「………そんな。こんな事って……」
彼らの視界に映るのは豊かな自然としての緑、などではなかったのだ。草木をはじめ、緑などない。花すらもなく、大地は枯れていた。土はカラカラに乾き、ひび割れすらおきている。
野良の犬や猫、果てには鼠まで。人間以外の生き物の死骸が転がっており、腐敗の始まった身体には虫が涌いていた。
「……どう、して、こん、な」
青ざめた表情で、唇を震わせながら呟く。
「どうしたもこうも、これが今の殷の状態じゃないかな?」
冷めた言葉で告げてやれば、華 茗沢は涙を溜めてしまった。それでも彼は真実、ひいては現実を見てほしいからと、銀髪の美しい者に語り落とす。
「君は殷の中身……王都の中しか見てこなかったんだろう?」
腕の中で全身を震わせる者を見下ろした。そっと華 茗沢を地へと下ろし、実情を伝えていく。
「町中も、確かに貧しい状態だと思うよ。それでも王都の中というだけあって、マシな方じゃないかな」
ほらと、容赦なく現実をたたきつけていった。
彼が指差した先には、家を失った者たちがいる。枝で布を固定して作った質素な家、焚き火、ツギハギだらけの※長砲など。
どこを見ても、貧しさだけが勝る姿だった。
華 茗沢はうつむき、両肩で泣く。顔を両手で覆い、ごめんなさいと何度も謝っていた。
「知らなかった。王都の外がこんなになっているなんて、わたしは何も聞かされていなかった!」
嗚咽を無理やり押しこめているのだろう。必死に声を殺し、涙を拭いていた。
そんな美しい者の背中をさすり、全 思風は胸を貸す。
「覚えておくといいよ。これが殷……君のご両親が、傍若無人という証なんだ」
華 茗沢が決して陽の中とは云えない暮らしをしていても、ここまでではないはずだ。多少なりとも陽があたる場所。王として國を統べる者たちの元で暮らしているのだがら、ここよりは遥かに待遇がいい。
だからこそ王家の者として、この真実を知らなくてはならなかった。
全 思風は子供を諭すように説明をする。
「次期王としてとかじゃなく、君自身がどうあるべきか。それを決めるべきなんじゃないかな?」
泣く子の手を引っぱって、荒れ果てた地の奥へと進んだ。やがて、大きな岩が見えてくる。
岩の隣には青い漢服の男、爛 春犂が立っていた。そして岩の上には髭面の老人、姜子牙が座っている。
老人はふたりの姿を見るなり、顔を上げた。その手には一本の笹を持っている。枝に餌のない釣糸を巻きつけ、宙でぶらぶらと遊ばせていた。
「連れてきたよ。それよりも爛 春犂、早かったじゃないか。もっと姜子牙を探すのに、時間かかるかと思ってたよ」
優秀だねと、わざとらしく拍手をする。
爛 春犂は腕を組ながら彼を睨み、そっぽを向いた。
「まあ、いいや。それよりも姜子牙、あんたはこの子としっかりと話し合う必要あると思う」
華 茗沢の背中を軽く押す。ふわりと、美しい者の銀髪が揺れた。一瞬だけ彼を見やるが、すぐに全 思風から視線を外す。
「……姜子牙様、わたしの話を聞いてくれませんか?」
姜子牙と華 茗沢の、ふたりだけの話し合いが始まった。
それを彼は、少し離れた場所で見ている。
「世間知らずっていうか、小さな世界しかわからなかったんだろうね。あの子はさ」
外を見ることを親にとめられていたのかもしれないなと、ため息混じりに口述した。いつの間にか彼の隣に立つ男、爛 春犂は軽く頷く。
「あの子、か。まるで、閻李の事を云っているかのようだな。……まさかとは思うが貴殿は、華 茗沢を閻李と重ねてはおるまいな?」
「……ふふ。さあ? どうだろうね?」
曖昧に笑む。瞬刻、彼の表情が曇りだした。
「それより、ずっと気がかりな事があるんだけど」
「む? 全 思風が眉をそのような状態にするなど……珍しいな」
男の云うとおり、彼は眉間にシワをよせている。あまりにも強くよせているため、目が外れてしまうのではないかと不安になるほどだ。
彼はふんっと、ぶっきらぼうにつんけんする。
「余計なお世話! ……じゃなくて! あの一族が銀髪なのも気にはなる。だけどそれよりも、花を操る力。あれが何なのか。それがわからないんだ」
華 茗沢が花を操る姿など、見たことがなかった。たまたまなのか、それとも花を扱う力などないのか。
それが気がかりであった。
「この時代からなのか。それとも……あっ、お話終わったみたいだね」
何かを言いかけた矢先、姜子牙と華 茗沢が向かってくるのがわかる。
「……和解、したのかい?」
少しだけ腫れた瞼をする華 茗沢に、彼の指が伸びた。頬に残る雫の跡を拭い、輝く銀髪を持つ者へと問う。
けれど華 茗沢は首を横にふり、苦く微笑んだ。
「姜子牙様とお話しして、わたしは決めた事があります」
中性的な声を大地に響かせながら、自身の首へと両手を回す。そして服の襟に隠れていた何かを、さんにんへと見せた。
それは朱く、妖艶に輝く、細長い宝石である。
全 思風たちはそれを凝視した。
「これは、わたしの血液と妖力で作り出した、血晶石という代物です」
「え!?」
全 思風と爛 春犂の声が重なる。
華 茗沢は彼らの驚きや焦りに気づかないまま、話を進めた。
「この石を使えば、この辺り一帯に自然が帰ってくるはずです」
そう言った瞬間、華 茗沢の手にある石が強く光沢を始める。徐々に強い光に染まっていき、誰もが目を閉じてしまった。




