殷の実情
壮麗
美しい
「謝謝。また来てねー」
店員が、店を出ていく全 思風たちに手をふっていた。
全 思風は華 茗沢という美しい者ともに、町の中を歩く。その後ろには爛 春犂がおり、食い殺すような目で銀髪の者を見つめていた。
それを看過できるはずもない全 思風は、大きくため息をついて彼を睨む。
「あんた、何なのさ? そんなにこの人の事嫌いかい?」
話の中心になっている華 茗沢は、近くにある階段へ腰かけていた。蝙蝠の躑躅たちと戯れながら、無邪気ともいえる笑顔をふり撒いている。
牡丹が銀の髪を口に咥えると、痛いよと口にした。けれど言葉とは裏腹に頬は緩んでおり、とても楽しそうだ。頭の上に乗る躑躅の顎を撫で、ふふっと美しく笑む。
周囲を飛ぶ青龍の鱗に手を伸ばし、ひんやりとした冷たさを堪能した。
そんな美しい者を凝望しながら、全 思風は愛し子を重ねていく。
──先祖だけあって、本当にそっくりだ。大食いなところも、動物が好きなところだって。それに……
「……ねえ華 茗沢、君は半妖って事でいいのかな?」
それが本当ならば、華 閻李も妖怪の血をひくことになる。それ自体は目くじらを立てるほどではないのだろう。
答を待つかのように、動物と戯れる者を見つめた。
「はい。それは間違いありません」
整った顔立ちに憂いを乗せ、ハッキリと口述する。彼らと向かい合い、長い銀髪をたなびかせた。
「…………」
質問をした本人である彼は無言で瞳を伏せる。すっと両瞼を開き、爛 春犂と頷きあった。
すると爛 春犂は踵を返し、どこかへと消えていく。
残された彼らは町を歩いた。ともに隣を歩き、大きいけれど静かな町中を歩む。
殷王朝の首都であり、皇帝のお膝元だというのに、あり得ないほどに寂れていた。左右の建物を見ても、きれいな外装のものは見当たらない。大きな建物ですら屋根や壁に穴があり、蜘蛛の巣まみれだ。
人に関しては、王都とは思えぬほどに少ない。
かろうじて食堂には人がいるが、それでも疎らだ。
「金持ちは、ここにはいないのかい?」
この通りには、という意味で伝える。隣を歩く者に視線を投げた。
「……いる、と言えばいます。でも彼らは皆、王城で暮らしています。母上が毎日のように酒池肉林をし、そこに参加しているそうです」
ただ参加するだけではないのだと、口を酸っぱくして云う。
「参加しなければ妻や子、大切な人を殺すと言われいると聞きます。それで仕方なく参加する人が多いそうです」
華 茗沢から教えられた内容は、想像を絶するものであった。
逆らえば容赦なく、獰猛な動物たちの餌にされてしまう。事実、それは昼夜問わず目にしてしまうのだと告げた。
華 茗沢の細く長い指がある箇所を指す。
彼は何だと、指し示す先を目で追った。
「……あれはっ!」
そこには、両目を見開くしかできない光景が映る。
「あんたあーー!」
門前で泣き喚く女がいた。
ボロボロの赤い漢服に、手入れすらしていない黒髪。そんな女が泣きながら地に伏していた。女の前には男の首だけが転がっている。
門番たちは女を見ても顔色ひとつ変えず、淡々と口を据えていった。
「この男は皇后様、妲己様を侮辱したのだ。その報いだ」
泣き続ける女に冷めた眼差しを向け、持っている剣を振り下ろす。
「──止めてください!」
瞬間、その場に凛とした声が広がった。声の主は女へと駆けより、庇うように前に立つ。
「蘇 茗沢様、おどきください。この女の夫は妲己様を侮辱したのです。一族共々、処刑せよとのお達しです!」
「そんなのはおかしい! あなた方だって、わかっているでしょう!?」
女を庇ったのは華 茗沢だ。美しい見目からは想像もできぬほどの気迫で、門番を黙らせる。
「し、しかし……」
ここで止めてしまえば、門番たちも処刑の対象となる。女を逃がしてしまった逆賊とみなされるからだ。
門番はどうすればいいのかと、眉を潜める。けれどこれは命令なのだと、華 茗沢ごと女を斬りつけようとした。
「……っ!」
華 茗沢は両目をきつく瞑る。そのとき全 思風が間に入って、門番の剣を蹴り落とした。
銀髪の者の頭を軽く撫で、遮るように背筋を伸ばした。
門番は怯んでしまう。それもそのはずだ。
全 思風はとても背が高く、門番が赤子のように小さく感じるほど。鋭い目つき、体格のよさ。
なにより、女性が振り向くほどの美しい外見に似合わずな、恐怖を生む朱き瞳を持っていた。
武器を持っていたとしても一般市民と変わらない門番は小さな悲鳴をあげ、腰を抜かしてしまう。
「…………」
無言で睨みつければ、門番はあっけなく逃げてしまった。その後ろ姿を追いかけながら「情けない」と、ほくそ笑む。
後ろを振り向き、華 茗沢に大丈夫かいと尋ねた。
「あ、はい。わたしは大丈夫です」
どうやら庇った女性が気になっているよう。月すらも怯んでしまいそうになる銀の髪を揺らし、女性に手を貸した。
瞬刻、女性に手を弾かれてしまう。キッと睨みつけられ、耐え難い悪態をつかれてしまう。華 茗沢に怒りと憎しみをぶつけ、しばらくすると男の頭部だけを持って門前からいなくなった。
「…………」
妲己、そして紂王。悪の根元ともいえるふたりを親に持つ者にとって、女性に浴びせられた言葉の刃は胸に突き刺さるのだろう。
両拳を握り「ごめんなさい」と、蚊の鳴くような声で呟いていた。
「気にするなとは言わないけどさ。あんたが背負うものじゃないって思うよ?」
気落ちする華 茗沢の頭を撫でる。ふわふわとした、日だまりのような暖かさがある銀の髪を少しだけ指に絡めた。
「……そう、でしょうか。親のやった事で誰かが傷つくのならば、子であるわたしが……うわっ!」
「言っただろ? それは子供の仕事じゃないって。あんたがしなきゃいけないのは、親の尻拭いじゃない。いつか訪れる世代交代のときに、どうやって國を動かしていくか」
それだと思うよと、華 茗沢を己の胸に抱きよせる。
「それより聞きたい事があるんだけど」
半分泣きに入っている華 茗沢の目を、彼は優しく拭いた。
顔をあげて見つめてくる銀髪の美しい者に、彼は愛し子の姿を重ねる。けれど違う存在だと割りきり、気を引きしめて真向かった。
「あんた、華じゃないの? さっきそこの門前が、蘇って言ってなかった?」
「え? ああ、はい。母は元々、有蘇家の出です。父へと献上の品として、嫁いだと聞きます。わたしは城の中ではふたりの実子として。それ以外では父の方を名乗っています」
使い分けなければ、市民と接することができない。そう伝える姿はとても儚げだった。
「……ふーん。じゃあ、ついでに聞いていいかな?」
「あ、はい。何をでしょう?」
華 茗沢は戸惑ってしまう。困りながら眉を潜める瞬間は、実に※壮麗だった。
彼は不思議とにやけてしまう口を隠し、浅い呼吸をした。




