木漏れ日の一族
銀の髪がさらりと揺れる。
日に焼けてすらいない肌はとても白く、きめ細かい。目鼻立ちが整った人物は男か、それとも女か。どちらともとれる中性的な美しさをもっていた。
にこりと笑めば花が舞うかのように華やかで、とても儚げである。
白を中心とした薄紫の漢服は、袖が少しだけ長かった。襟、袖、腰には濃いめの紫の花が刺繍されている。
女性が着るような色合いの漢服ではあったが、着こなし方は男性そのもの。
それがより一層、この人物の性別をわからなくさせていく。
けれど身長は、百八十センチあろう爛 春犂よりも低い。
「──どうしたんですか?」
声は意外と低く、少しばかり嗄れている。ただ、声質は華 閻李に似ていた。
「……いや。何でもないよ」
眼前に立たれ、彼は少し戸惑う。
──小猫が成長したら、こんな感じになるのかな? 優しくて、慈愛に満ちていて……それでいて、美しさを失わない。だけど何だろう。何かがひっかかる。
それを口にすることなく、愛する子供に似ている者へ笑顔を送った。
「それよりも、君は誰かな? あ、私は全 思風。で、こっちの目つきが悪い人が爛 春犂」
ともにいる男の紹介は雑そのもの。当然、そんな紹介を受けた彼は怒り、無言で全 思風の足を踏んだ。
「いってぇー! ちょっとあんた、何するのさ!?」
「貴殿の胸に手を当てて、よーく考えてみるがよい」
爛 春犂はそっぽを向き、ざまあみろとほくそ笑む。そんなふたりのやり取りに、目の前の美しい人物はくすくすと微笑した。
「ああ、すみません。とても仲良しなおふたりですね?」
羨ましいですと、瞳に影を落とす。踵を返し、細い髪を一本一本靡かせた。
「それで? あなた方はどうしてここへ? それにその服、庶民ではありませんよね?」
黒は非常に高価なもの。それを着ている時点で、相当位の高い人なのではと説明する。
全 思風は肩をすくませるだけで、目の前の人物の質問を否定はしなかった。
「……私たちはいろんな國を旅しているんだ。この男はともかく、私は、それ相応の地位にいるって事は事実だよ」
冥界の王であることは間違いないため、そのことだけを伏せて伝える。
「それで、ひとつ聞いていいかな?」
「え? あ、はい。何でしょう?」
美しい人物は両目を瞬きさせ、ふふっと大人しめに微笑んだ。
「この國は初めてなんだけど……國の名前は、何て言うんだい?」
「ここですが? ここは殷です……あっ!」
ふと、何かを思い出したかのように、軽く頭を下げた。
「申し遅れました。わたしは【華 茗沢】といいます」
「……華!?」
聞き慣れた姓を耳にし、ふたりは驚愕する。
爛 春犂は何かを考えこみ、全 思風は飛びつくように目の前の者の肩を掴んだ。
「……え? あ、あの?」
名を告げただけでここまで驚かれるとは思ってなかったらしく、華 茗沢は両目を見開く。
「あっ! ご、ごめん。私の知り合いに名前が似てたから……」
愛する子と同じ。
彼の鼓動を強く跳ねさせていった。両手は汗ばみ、冬だというのに体が火照っていく。
この場にいない、姿のない愛し子を想うあまり、彼の心は常に高まっていた。けれど隣にいる爛 春犂に止められ、銀髪の者から手を離す。
「……本当に、ごめん。さっきまで一緒にいたんだけどさ」
寂しげに瞳を細めた。うつむき、両拳を握った。足元には白い仔猫のような存在、白虎たちがいる。
牡丹と名づけられている白虎は長い尻尾を立たせながら、左右にふりふりとしている。その身体の上には蝙蝠の躑躅が乗っており、つぶらな瞳をパチクリさせていた。
青龍だけは宙を浮き、舌をちろちろと出し入れしている。
「みゃお!」
すると、暗い空気を破るように牡丹たちが華 茗沢へ飛びついた。牡丹は仔猫のようにじゃれつき、青龍は謳いながら周囲をぐるぐると。躑躅は定位置と云わんばかりに頭の上を陣取った。
どの動物たちも楽しそうに、華 茗沢に尻尾をふっている。
「……?」
華 茗沢小首を傾げながら、動物たちをつついた。
「ふふ、君たちは可愛いね」
じゃれて爪を伸ばしてくる牡丹に苦笑いしながらも、優しく抱っこする。猫らしくもふもふとした毛並みに頬を綻ばせ、わしゃわしゃといじった。
太陽が埋もれてしまほどに美しい銀髪を揺らしながら、かわいらしい動物たちと戯れる。
「……人懐っこい動物たちですね」
満足したかのように微笑むと、牡丹を全 思風へと渡した。頭の上に乗っている躑躅、周囲を泳ぐように飛ぶ青龍も彼の元へと戻す。
「動物、好きなのかい?」
「……はい。でも飼えません。母上が怒るので」
ふとした瞬間、美しい笑みに哀しみが生まれた。それはとても儚げで、花のように脆いとさえ思えるほどである。
仄かに薫るのは優しい薔薇だ。その薫りが端麗で精巧な人形のような見た目に拍車をかけ、繊細すぎとすら感じてしまう。
──この一族は、木漏れ日のような優しさで満ちている。だからこそ私は、忘れたくないんだ。あの人のこと、そして小猫も。
ここにはいない、護るべき子供へ想いを馳せた。
そのとき、町の奥から花火が上がる。
「あ、すみません。そろそろ行かないと……」
それを見た華 茗沢は慌ててふたりに礼をした。動物たちに軽く手をふって、どこかへと姿を消す。
残されたふたりは衝撃の事実に戸惑うばかりだ。
互いに顔を見合せては、華 茗沢が去っていった方向を凝視する。
「……驚いな。まさか、閻李の先祖に出くわすとは。殷王朝というのは、大方予想はついていたが」
爛 春犂の青い漢服の袖が揺れた。いつにも増して険しく眉根をよせ、空を仰ぎ見る。
「小猫にそっくりだったから、まさかって思ってたけど。でも……」
低い声が走った。黒い瞳をゆっくりと朱く染めていく。
「──あの子の先祖がこの時代にいたなんて、初めて聞いた」
──あの人が知らなかっただけ、なのかもだけど。それでもこの時代から一族として、既に動いていたなんて。
彼にとって、それは予想外であった。
もちろん彼自身、華 閻李の一族の全てを知っているわけではない。実際にどこから来て、いつから一族として始まったのかを知らなかったのだ。
──それが、こんなかたちで知ることになるなんてね。不思議な縁もあるものだ。
「……華 茗沢については、本人に会って詳しく聞こう。それより今は、小猫を探さないと」
このままでは華 閻李成分が足らず、精神がどうにかなりそうだよとほくそ笑む。
本気なのか、それとも冗談か。どちらなのかすらわからない笑顔を浮かべた。けれどすぐに笑顔が消え、冷めた眼差しになる。
「全 思風殿?」
どうしたのかと尋ねるより先に、彼は木を伝って屋根の上へと登った。
「──ねえ、さっきから何なわけ? ずっと私たちに視線送ってたよね? あんた」
屋根の上を見れば、そこにはひとりの老人がいる。しかし老人と呼ぶには、些か腰が伸びすぎているようにも感じた。
「……そ、某は、怪しい者ではない!」
嗄れてすらいない、なんなら若い男のようにはっきりとした声である。そんな老人は慌てながら、首を左右にふった。
全 思風の隣には、いつの間にか屋根の上に登ってきていた爛 春犂がいる。ふたりは眼前の老人を見やった。




