⭐鏡
パチパチと、焚き火の焔が周囲を照らす。
全 思風は焔の形を瞳に映し、膝の上で横になる少年を見つめた。
殭屍の攻撃を受けた子供は足に怪我をしてしまう。感染は免れたものの、傷口は化膿が始まっていた。それを防ぐために彼は焔で子供の傷口を焼き、何とか阻止する。
青龍の冷たい息と交互に行うことで火傷は食い止められた。
それでも子供にとっては、地獄のような激痛であっただろう。口に無理やり咥えさせられた布が、悲鳴を封じた。痛みに耐えながら涙を流し、声が嗄れるまで泣き続ける。
──どんなにつらかっただろうか。苦しかっただろうか。ごめんね小猫、私が君を護るって決めたのに。それなのに……
彼の脳裏には、そのときの子供が見せた涙が焼きついて離れなかった。
瞳を細め、唇を強く噛みしめる。
「君の側を離れなければよかったな」
後悔だけが押しよせた。
宵闇に溶けこんだ子供の銀の髪は、いっそう美しく輝いて見える。長いまつ毛を伏せて眠る子供の額に手をやれば、怪我による熱が出てしまっていた。
「……私が代わってあげられたら、どれだけいいか」
そんなことは到底不可能だなと、笑みごと望みを消す。膝の上に頭を乗せて眠る美しい子供の頬を撫で、ふっと哀しみの表情を浮かべた。
「──そのような事、冥界の王である貴殿でも無理ではないか?」
焚き火の向こう側から声がする。
彼は声に応えるように顔を上げた。
視線の先には片腕の袖部分がない、青い漢服を着た男がいる。男は普段は爛 春犂と名乗っていた。けれど責務など、地位が必要や場面では瑛 劉偉という名前で通っている。
彼はそんなややこしい男を凝望し、チッと舌打ちをした。爛 春犂という男を邪魔者扱いし、子供のように威嚇をする。
「……いや、貴殿は子供か?」
はあーと、男の肩から大きなため息が洩れた。
「何、言ってんのさ!? あんたが小猫の側を離れたから、こんな事になったんじゃないの!?」
信用をしていたわけではない。ただ、大切な子供を護るためには、あの方法しかなかったのだ。
それを逆恨みとでも称しながら、まくし立ていく。
男は返す言葉もないようだった。けれど落ち着いたままに腰をあげ、ふたりの隣に座る。
「その事については、詫びよう。確かに全 思風殿の言う通り、この子を護れなかった私の落ち度だ」
熱に苦しむ子供の額をタオルをで拭った。
水のないこの場所では、熱を下げる方法がない。青龍に頼もうにも、力の使いすぎて倒れてしまっていた。そんな状況下で、子供の熱を下げることなど不可能と云える。
「だがな? 今の私たちが何をすればいいのか。それは、貴殿とて、わかっているのではないか?」
「…………」
図星を言い当てられ、彼はぐっと口ごもった。やがて降参したかのように両手を挙げ、眉根をよせる。
そのとき、「ふみゅう?」というかわいらしい声とともに、愛し子の瞼がゆっくりと開いた。
「あ、小猫、目が覚めたのかい?」
「…………」
「小猫?」
どうにも様子がおかしい。
全 思風と爛 春犂は互いに顔を見合せる。
華 閻李の瞳は虚ろそのものだ。どこを見ているのかさえわからないうえに、瞬きすらしていない。
「…………」
そんな子供は大人たちの戸惑いなど無視し、全身を起こした。ふらり、ふらりと、不安な足取りでどこかへと向かう。
全 思風の呼びかけにも応じず、ひたすら何もない砂利道を進んだ。
「小猫!? ……っ!?」
子供の腕を掴もうとした直後、何かによって彼は弾かれてしまう。
軽く走る静電気に痺れを覚えながらも、彼は子供の背中を睨んだ。
糸目とすら思えるほどに凝視する。
──いったい何だ!? 急に、どうなっている!?
自身の足元を見やれば白虎と青龍の二匹が、毛を逆立てながら子供を見張っていた。うーうーと唸ってもいる。
瞬間、子供の動きが止まった。かと思えば、何もないところでしゃがみ、土を掘り始める。
「小猫、何をしているんだい!?」
やめてと、慌てて子供の両手首を掴んだ。それでも子供は無言のまま、虚ろな瞳で地を見下ろしている。
「…………」
ジタバタと、子供の腕力では彼に勝てないと知っていても、なおも暴れた。
これには彼自身がまいってしまい、爛 春犂に助けを求める。
爛 春犂も加勢し、子供の動きを封じようとした──
転瞬、子供はゆっくりと、音もなく彼らへと振り返る。
銀の糸のように細い髪が揺れた。
端麗で、精巧な人形のように美しい顔に艶が生まれる。
小さく、線の細い腕を少しだけ上げた。
瞳に感情というもを残すことなく、子供は虚ろなままに両手を掲げる。
すると両目を塞ぎたくなるほどの、目映い輝きがその場を包んでいった。
全 思風ですらその光にあてられ、両目を閉じてしまう。
「小猫──!?」
華 閻李を必死に繋ぎとめようとした。子供の漢服の袖を握り、必死に声をかける。
子供の両手の輝きが増していった。するとそこから、金色の何かが形をなしていく。やがてそれは透明な板をはめた、鏡になった。
「鏡? ……うわっ!」
問い質そうとした矢先、鏡は太陽の光のように熱く、眩しくなる。
その光に耐えきれなくなった彼らは、皆が一様に目を瞑った──
しばらくするとガヤガヤと、唐突にやってくる。静寂という静けさしかなかった場所のはずが、突然騒がしさが耳に入った。
いったい何だと、彼らはゆっくりと目を開ける。するとそこには……
「…………は?」
先ほどまでいた、ただの砂利道ばかりの場所。それが嘘のように、騒がしい。
人の気配など微塵もなかったはずなのに、目を閉じていただけで数えきれないほどの人間で溢れていた。
建物も、生き物すら、今、ここに突然と現れたのである。これを驚かずして何とするのか。
全 思風たちは、開いた口が塞がらない。いったいどうなっているのかと、彼らは周囲を見回した。
そのときである。
彼らの眼前に、とある人物が現れた。
「──そこで、何をしている?」
さらり、さらりと、細い蜘蛛の糸が流れる。太陽の光を受け、煌めくのは彼の者の髪だった。
「……小、猫?」
わけのわからないままに立ちつくす彼の前に、華 閻李によく似た者が姿を見せる。
華 閻李よりも背は高く、それでいて目が少し細い。線の細さは同じではあったものの、愛し子よりもはるかに大人。
そんな言葉が似合う、美しい人物だった。




