旅をする
夜になると全 思風たちは焚き火を囲んで、これからについて話し合っていた。
彼の膝の上には華 閻李がおり、逞しい腕に包まれながら食事をしている。
そんな子供の横には、大量の食材が山のように積まれていた。焼き魚はもちろん、町で仕入れたごま団子や包子など。どう考えてもひとりでは食べきれないであろう量の食材たちだ。けれど少年はそれらをもろともせず、次々と平らげていく。
「……い、閻李、それは私たち四人ぶんの、一日の食品だぞ?」
町に情報収集へ赴いていた瑛 劉偉は、ついでにと一日ぶんの食品を買いこんでいた。
最初はそれらを少しだけ置き、皆で食べていた。けれど子供のお腹の虫が収まることはなく……さしもの彼ですら、子供の純粋な眼差しには勝てなかったよう。諦めのため息とともに、全ての食品を差し出すことになったのだった。
そんな経緯のある食品は、あっという間に半分以下になってしまう。
「……うん、あいかわずの食べっぷりだね?」
子供の、無限の胃袋に慣れている全 思風ですら苦笑いをするしかなかった。旅の途中でそれを知った瑛 劉偉と顔を見合せ、肩をすくませる。
黒 虎明だけは子供の胃袋事情を知らないため、絶句していた。
数分たつと、山盛りだった食品がきれいさっぱり消えていた。全てを食べ終えた子供はお腹をさすりながら、椅子代わりにしている彼を軽くつつく。
「ん? どうしたの小猫?」
「おやつ、ない?」
「まだ食べるつもりなのかい!?」
底なし胃袋を撫でながらおやつをねだる子供は、とてもかわいらしかった。
けれど彼も、食品を買ってきた瑛 劉偉ですら首を強くふって何も残ってないと口々に伝える。
「……そっか。じゃあ、我慢する」
口を尖らせた。
聞き分けのよい子供に、誰もがホッとする。
ふと、子供が小さなあくびをした。両目をこすり、頭が振子のようにグラグラ揺れている。
「小猫、眠たいのかい?」
「……う、ん」
両目がとろんとし、芳しくない受け答えだ。
彼は子供の頭を撫で、寝ていいよと優しく囁く。
すると少年は、すぐに寝息をたててしまった。すやすやと彼の膝の上で寝る様は、とても庇護欲をそそる。
彼は抱きしめてしまいたい気持ちを抑え、お休みとだけ告げた。
□ □ □ ■ ■ ■
太陽が昇り、青空が広がる。雲は厚く、いろんな形を見せていた。ピューーイという鷹の鳴き声が轟き、自然豊かな大地へと消えていく。
尖った山がいくつも見えては遠くなっていった。雑草生い茂る地は少しずつ少なくなり、徐々に整備された道が増えていく。
そんな道ではガッポガッポと、一頭の馬が荷台をひいていた。ときおり行き交う他の馬車と道をわけ合っては進んでいく。
馬車の荷台に、全 思風たちが座っていた。彼の膝の上には華 閻李がおり、美しい見目のまま何かを話している。
真正面には瑛 劉偉が正座し、黒 虎明は胡座をかいていた──
「──閻李が見た神々たちの出来事。それが本当ならば、神獣たちは内部分裂していると考えてよかろう」
青い漢服を着用している男、瑛 劉偉は吐露する。
子供の持つ仙人ならぬ、術師としての才能は抜きん出ていた。その証拠に夢現再生術という、修行を必要とする術ですら無意識に習得している。その才能は瑛 劉偉すらも驚くほどだ。
そんな少年が見た夢には信憑性がある。少し前にも似たようなことがあり、彼らは子供の夢を疑うことはなかった。
「少女……いや、少年か。この少年が見た夢のおかげで俺の友、雪明が救われたのも事実。疑う余地など、ありはしない」
黒 虎明のように、子供の夢のおかげで事件が解けた者もいる。
彼は大物ぶりを崩すことなく、華 閻李の夢に従うと告げた。
「……しかし困ったものだな。まさか、神獣たちの世界ですら二分しているとは。閻李の側にいる、その白い猫と青い蛇のような者たち。彼らが神獣とするならば、残りの朱雀と玄武は……」
敵側に回ったと考えるべき。そう、口にする。
これには全員が同意見らしく、頷いていた。
「しかしわからん。なぜ神と称される者たちまで、離反をするのか。そうしなけれなならない何かが、神々の世界で起きているというのか?」
もはや、人間たちだけの問題ではないのではないだろうか。もしもそうなれば力を持つ仙人ですら、かのものたちの前では赤子のように捻り潰されるに違いなかった。
黒 虎明は腕を組みながら盛大なため息をつく。
「…………」
「うん? 瑛 劉偉殿、どうした?」
瑛 劉偉の視線が、眼前にいるふたりへ注がれていた。そのことに気づき、男はきょとんとする。
「……全 思風殿。そなたは冥界の王であろう? そちらの世界では、どうなっているのか?」
神の住む世界が分裂を始めてしまっているのならば、彼が治める場所とて例外ではない。視線を彼に向けたまま、静かに質問した。
全 思風は首を左右にふりながら、膝の上に乗っている子供を優しく抱きしめる。目線だけを瑛 劉偉たちへと向け、凪の眉を曲げた。
「似たような状況だ。私に隠れてこそこそと動く輩はいる。だけど小猫を傷つける事をしないなら、私は関知しないと決めているんだ」
これは冥界という、どの世界よりも暗黒に満ちた場所を根城にする王の意見でもある。一見すると無責任だ。しかしそれが彼のやり方でもあるのだと、誰もが気づく。
「言っておくけど、私に協力を得ようなんて思わない事だよ。冥界がどうなろうと知った事じゃないしね」
王にあるまじき発言の数々が飛び交った。
そんな彼を唯一服従させることのできる子供は、何の話だろうと聞き耳だけをたてている。どうやら彼が子供の耳に両手をあてて塞いでいるようだ。
「言っとくけど、小猫にお願いしても無駄だからね? そんな事にこの子を巻きこまないでほしいな」
世界全体の危機をそんなこと呼ばわりする彼は、かなりの大物なのだろう。
これには黒 虎明ですら言葉を失っていた。瑛 劉偉は眉間のシワを摘み、やれやれとあきれた様子である。
「……それはそれとして、あんたらはいつまでついてくる気なわけ? 私と小猫の逢瀬を、邪魔しないでほしいんだけど?」
子供のことしか頭にない彼にとって、目の前の大人ふたりは邪魔者でしかなった。睨みつけては威嚇し、ハエでも追い払うかのように、しっしっとする。
「はあ。安心なされよ全 思風殿。彼は京杭大運河が見えてきた辺りで降りるそうだ。私はもう少し先にある幽霊城で降りるつもりだ」
「幽霊城?」
瑛 劉偉以外の声が重なった。
彼は頷き、きれいな姿勢を保って声を出す。
「うむ。桂林市と杭西の間に、殷王朝時代の城跡があるそうだ。そこでは夜な夜な怪奇現象が起きていて、不思議な声まで聞こえてくるそうだ」
皇帝の使いの者として、その責務にあたらねばならないのだと口述した。
「……殷王朝時代の、か。そうなると十中八九、妖怪が絡んでるだろうね……って、小猫? 何かな、その目は?」
面倒なことになりそうだなと、嘆息する。それでも腕の中にいる子供が行きたそうに目を輝かせているため、彼は仕方なく幽霊城へと向かう決意をした。




