表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/154

久々にのんびりと

 るるるっと、かわいらしい鳴き声を喉から出すのは青い(へび)だ。後ろには、白い毛並みに横縞(よこじま)模様の仔猫がいる。

 仔猫はぐったりとしており、鳴き声はとても弱々しかった。


『……るるるっ!』


 青い蛇は口を開き、長い舌を見せる。獣らしい瞳孔(どうこう)で真正面を凝視した。ギロリと、鋭い眼差しが向かうのは二匹の獣である。



 一匹は(かめ)のような甲羅(こうら)を背中にしょっている、尻尾が(へび)になっている生き物だ。

 その隣にいるのは深紅の翼をはためかせた、美しい鳥である。


『るる!』


 そんな二匹に、青い蛇が怒っているかのように舌を伸ばした。瞬間、鳥が亀の甲羅を足で掴み、どこかへと飛び差ってしまう。



 取り残された仔猫と青い(へび)は、無言で二匹が消えていった先を見つめた。

 仔猫が傷を負いながらも必死に起き上がろうとすると、青い蛇は慌てて止めようとする。そんな彼らの目には大粒の涙が(たま)まっていた。次第に仔猫の方が我慢(がまん)できなくなり、にゃあにゃあ鳴いてしまう。

 青い蛇はおろおろと、子供をあやそうと必死だ。けれど仔猫は鳴き止むことはない。


 青い蛇は自慢の身体の色が(かす)むほどに、顔色を悪くしていった──


 † † † †


 ホーホーと、どこからか(ふくろう)の鳴き声がする。鳴き声に反応するかのように、華 閻李(ホゥア イェンリー)(まぶた)がピクリと動いた。


 その動きにいち早く気づいた全 思風(チュアン スーファン)は、そっと子供の顔をのぞく。


「──小猫(シャオマオ)、目が覚めたのかい?」


「……ふみゅう?」 


 寝ぼけたときに出る口癖(くちぐせ)のようなものとともに、子供はゆっくりと上半身を起こした。重たい(まぶた)をこすり、小さなあくびをする。


 少年の隣を陣取る彼は、寝ぼけ(なこ)な子供の頬に触れた。ぷにぷにとしていて柔らかく、瑞々《みずみず》しい。けれど白い肌に少しばかりの顔色の悪さをつけているようだと、眉根をよせていた。


小猫(シャオマオ)、よく眠れたかい?」


「…………」


 彼の低い声に、少しずつ意識をハッキリとさせていく。眠たい目をこすり、両頬を軽くぺちぺちとした。

 

「……えっと」


 名前も知らない。そんな大人が目の前にいるのだが、不思議と怖くはなかった。彼においでと手招きされれば、素直についていく。

 寝ていた場所からすぐ側には、()き火があった。バチバチと火花が音を鳴らしている。焚き火を囲うように、棒に刺された何匹かの魚があった。


「まずは食べて、体力回復させないとね?」


 ほら小猫(シャオマオ)と、優しい声音(こわね)で焼き魚を渡される。 


 子供はそれ受け取り、もっもっと食べ始めた。一本、また一本と、寝起きであっても胃袋が無限なのは健在のよう。焚き火を囲んでいた数本の焼き魚は、一瞬で消えてしまった。


「あ、相変わらず、胃袋無限大だね?」


 はははと、彼は苦く笑う。


「……ね、ねえ。ここ、どこ?」


 魚によってお腹が多少(ふく)れ、心に余裕ができたよう。先ほどまで気にとめることができなかった、今の状態について問うた。


 周囲には大きな木がたくさんある。伸び放題に生い(しげ)る雑草、歩きにくそうな土など。獣道(けものみち)のようなものまであり、子供はきょとんとした。


「ああ、ここかい? ここは、町の近くにある山の中だよ。町は混乱している状態だからね。一旦ここに避難してきたんだ」


 ふたりがいる()き火よりも離れたところに、大きな岩がある。そこには黒 虎明(ヘイ ハゥミン)がおり、腰かけながら大剣の(やいば)(みが)いていた。

 男の横には青い漢服を着た、瑛 劉偉(エイ リュウウェイ)がいる。彼は札を確認しているようだ。


「……先生、それに獅夕趙(シシーチャオ)までいるんだ」


「うん。彼らは皆、君を助けにここまでやってきたんだよ」


 そう言う全 思風(チュアン スーファン)の眉は、(かな)しそうに曲がっている。


「えっと……あなたは?」


 やはりと言うべきか。子供の中で、彼の存在は消えてしまっていた。なぜ彼だけなのか。それは子供も、全 思風(チュアン スーファン)ですらわからないことだった。


 子供は申し訳なさそうにしょぼくれる。


 けれど彼からは「大丈夫だよ」という、優しい言葉が返ってきた。


 ──この人のこの笑顔、見た事ある気がする。優しくて暖かい。それに、ずっと側にいてくれそうな……そんな笑顔だ。それなのに僕は……


 どうして忘れてしまっているのだろう。


 苦虫を噛み潰したように口を(とが)らせた。

 そのとき、岩の上に座っていた男が立ち上がる。そしてふたりの元へとやってきて、華 閻李(ホゥア イェンリー)をじっと見下ろした。



「──少女よ。本当に、この男の事を忘れたのか?」


 片膝を曲げて、子供の小さな手を取る。

 男らしくゴツゴツとした指は全 思風(チュアン スーファン)と同じだった。けれど彼とは違い、ささくれだっていたり、肉刺や傷などがある。ある意味では全 思風(チュアン スーファン)よりも男らしい、太くて頼りになる手であった。


「こいつはずっとともにいて、少女を心の底から心配してくれていた男だ。少女が消えたときは、まるで別人のように気が(くる)ってしまっていた」


 ここぞとばかりに全 思風(チュアン スーファン)を話題に出す。

 子供へ語りかける声は真剣そのもの。けれど彼を見る瞳だけは笑っているようにも思えた。


「誰の制止も聞かず、ひとりで突っ走っていてな。それはそれは、止めるのに大変だったんだ」


 話題の中心となっている彼を凝視すれば、顔を真っ赤にしている。あー、うー、など。語彙力(ごいりょく)というものはもちろん、知性すら感じない動揺っぷりだ。


殭屍(キョンシー)(おそ)われた方がまだマシと思えるほどに、この男は我を忘れていてな」


 すぐ側で全 思風(チュアン スーファン)が耳を(ふさ)いでいる。わーわーと、他者の声が聞こえるのを防ぐかのように大声を出していた。


 それでも黒 虎明(ヘイ ハゥミン)は続けている。すると、どうしたことか。傍観者(ぼうかんしゃ)であった瑛 劉偉(エイ リュウウェイ)までもが参戦し、ここぞとばかりに彼が恥ずかしがるような言葉を並べていった。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)(くさり)に捕まった直後、全 思風(チュアン スーファン)は暴走をしてしまう。子供が全てである彼にとって、側にいないというだけで敵味方関係なく()ぎ倒してしまった。


 理性をなくし、飼い主から離れた(けもの)を止めることなど不可能に近い。


 黒 虎明(ヘイ ハゥミン)は腕を組みながら「我ながら、いい例えだ」と、(うなず)いた。

 瑛 劉偉(エイ リュウウェイ)も男の悪のりにつき合うかのように、うんうんと首を上下に動かす。

 

「……は、はあ。大変、だったんです、ね?」

 

 子供は小首を(かし)げた。

 珍しく意気投合(いきとうごう)しているふたり。そしてそんな彼らに遊ばれては、顔を隠して「穴があったら入りたい」を連呼する全 思風(チュアン スーファン)


 そんな大人たちを見て、子供は大人って大変なんだと、しみじみとした。


 からかう様子のふたりを見かねた子供は、全 思風(チュアン スーファン)の手を握る。


 彼は突然のことに顔をタコのように赤くした。耳の先までも真っ赤に染め、挙動不審(きょどうふしん)に目を泳がせる。


「ごめんなさい。今は、何も思い出せないんだ。だけどきっと……絶対に、思い出してみせるから!」


 (はかな)げに()んだ。


小猫(シャオマオ)……うん。うん!」


 ずっと待ってるからと、優しく微笑み返す。恐る恐るこの背中へと腕を回し、静かに包容した。

 お互い、記憶がなくても大丈夫。そんな気持ちが、ふたりの間に芽生えていく。



 しかしそんな空気を破る男がひとり、ここにいた。ふたりの信頼に口を挟むように、黒 虎明(ヘイ ハゥミン)が待ったをかける。


「……はっ! 待て! よーく考えたら、今が狙い時ではないか!?」


 大きな体に負けず劣らずな声で、華 閻李(ホゥア イェンリー)を見下ろした。


 子供は大きな瞳を丸くさせ、かわいらしく(まばた)きする。


 空気の読めない男は再び片膝をついた。その手には適当なところで摘んできたであろう、黄色い花がある。それを子供へと見せ、純粋な眼差しで告げた。


「少女よ。この俺と結婚をしてくれ」


 いつぞやの再現をする。しかし男は本気のようで、子供を見る目が輝いていた。

 けれど……


「……えっと、ごめんなさい。僕ね。男、なんだけど……」


「…………え?」


 黒 虎明(ヘイ ハゥミン)は固まってしまう。


 瑛 劉偉(エイ リュウウェイ)は頭を抱え、やれやれとため息をついた。


 告白をされた本人はごめんなさいと、何度も謝っている。



 そんな山深い場所には、全 思風(チュアン スーファン)がお腹を抱えながら大笑いする声だけが響いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] ここまで一気に読んでしまいました。 なろうだとはじめての読了です。 続き、楽しみにしております。
2023/08/10 19:37 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ