File.14 少女と黒猫
懇願の行方編 第三話です
愛祢ちゃんはすぐに自分のいる状況を理解し、
今の言葉を否定するかのように、夢だよね。と呟いた。
「おはよう、愛祢ちゃん」
「あの人を殺して」
どうやら愛祢ちゃんはまだ諦めていないようだ。
今度はクロ君にではなく、私に向ってそう言った。
「ごめんね。お姉ちゃんはあのお兄ちゃんの助手なの」
「ダメなの?」
「そう、きっと愛祢ちゃんのお母さんもダメって言うと思うよ」
「そんな事言わないもん、ママだって愛祢と同じこと言うもん!」
涙目で訴える愛祢ちゃん。
こんな目で言われたら言い返せるものも言い返せなくなるよ。
私はとにかく愛祢ちゃんを落ち着かせるために、ホットミルクを出す。
愛祢ちゃんは少しお腹がすいてたのか、何も言わずともソファーに座って、
ホットミルクを口にする。
私は続けて、アメの入ったガラスの瓶を愛祢ちゃんの前に置く。
アメを見つけると、少し笑みを浮かべて一粒口にポイッと放り込む。
「で、君を警察に引き渡そうと思うんだけど」
「!」
愛祢ちゃんがアメを口に入れるの待ってクロ君はそう告げた。
なんかかなりイジワルな感じが拭えない。
悪役を演じたいのかな?
「なんへ、そんなこといふの。愛祢はけいさふになんかいふぁない!」
勢いあまって口からアメが飛び出してしまう、
それでも愛祢ちゃんは動じることなく言葉をこう続ける。
「殺してくれないなら、愛祢が自分でやる!」
「ちょ、愛祢ちゃん。落ち着いて」
私は立ち上がろうとする愛祢ちゃんの肩を押さえる。
今ここで立ち上がってしまったら勢いそのままに出て行ってしまいそうだから。
その愛祢ちゃんは私の制止を振り切ろうと足掻くけど、
私にも意地という物があるので、少し反則かと思ったけど、
歳上の特権であるところの、身長と体重を巧みに操り、
ソファーに座らせた。
「邪魔しないでよ!」
「愛祢ちゃんが行ったところで返り討ちに遭うよ!」
私の言葉を聞いた愛祢ちゃんは徐々に大粒な涙を零し、
挙句の果てには泣き始めてしまった。
「あわわわ、どうしよう」
「しろちゃん、追い詰めちゃーダメでしょ」
「いや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど」
どうしよ~
これ、完全に私が悪役になっちゃってるよ。
私が慌てふためいていると、クロ君が愛祢ちゃんの傍まで来て、
頭を撫でながら、愛祢ちゃんの耳元で何か囁いている。
声が小さいので私には何を言っているのか聞こえないけど、
徐々に愛祢ちゃんは泣きやんでいるので、かなり良い事だと思える。
「ね、だから洗面所にいって顔を洗ってきな」
「……うん」
愛祢ちゃんはトコトコと洗面所へ歩いて行った。
「どうやったのクロ君、っていうか子供は嫌いじゃなかったの?」
「嫌いだけど、好きだよ子供は」
「それって矛盾してない?」
「そうかもね」
「なんで好きなの? あんなに嫌がってたのに」
「子供はさ、嘘をつかないでしょ?」
「でも」
「子供の定義による。かな? まぁ確かにそうだけど、
あれくらいの子は嘘をつく事はないでしょ」
「意外な事実発見って感じだな」
「そう? でもホント子供って純粋だよ。僕と違って」
クロ君は少し羨ましそうな表情をする。
あ~ なんでだろう。その表情に何かこう、想いを抱いてしまうのは、
私だけだろうか。
「で、愛祢ちゃんになんて言ったの?」
「犯人を殺す事はしないけど、君の前で君の好きな事をさせてあげる。
って言ったのさ」
「そんな事言ったの!? それで死ねなんて言ったらどうするのよ!」
「そんな事、面と向かったら中々言えないよ。それこそ確実に言う事をくと
いう状況だったらね」
「そうかもしれないけど、でも危ないよ」
「言ったでしょ、子供は純粋なんだよ」
クロ君はそう言うと、席に座り飲みかけのお茶を飲み始める。
私はやや心配気な表情で、愛祢ちゃんの様子を見に行く。
洗面所を覗いてみると、愛祢ちゃんはとっくに顔を洗い終えて、
なにか呟いている。
微かに聞こえてくる言葉は、震えていた。
自分の言っていた事を後悔しているのか、
それともクロ君の言った事を信じ、何を言うか練習しているのか、
どちらにしろ、愛祢ちゃんの不安は私に伝わって来た。
次話では、刺殺魔と愛祢ちゃんが再び相見ます。