File.12 少女の懇願
クロ君の過去を知った日の翌日。
「ねぇ~ また勧誘の電話があったんだけど、電話番号変えない?」
「変えちゃったらお客さんが困っちゃうでしょ」
「ウチは有名なんでしょ? 電話番号くらい変えたぐらいで」
「お客様は神様だよ? 大切にしなきゃダメだよ」
今日本日は土曜日、全国の学生にとっての休日。
でも、社会人の方々はほとんど職務に勤しんでいるかと思います。
それは学生であるところの私とて例外ではなく、
助手らしい仕事をしている最中、そう、電話に出て対応したり、
お茶を淹れたり、洗濯やお掃除したり、お昼ご飯を作ったりと、
忙しく職務をこなしています。
そんな土曜の昼下がりの事、一人の来客が。
それは突然でした。
ドアが開いたのです。
「この人を殺してくだしゃい」
そうとんでもない事を言ったのは
一瞬、嵐ちゃんかと思うほど携帯を持った幼い少女だった。
しかも血まみれの姿で、
「ど、どうしたのその格好!」
私は慌てて少女を中に入れ、外を見渡す。
誰もつけて来てないか確認するために。
そしてさすがのクロ君もこれには驚いたようで、
座っていたのに立ち上がっていた。
そして私は少女の第一声を思い出す。
「ここに何しに来たのかな?」
「この人を殺してくだしゃい」
そう言って少女は震えながら携帯の画面を指差す。
そこには女性を刃物で刺している男の顔がガラス越しに映っていた。
「しろちゃん、とにかく着替えさせてあげて、嵐が置いて行った服があるから」
「う、うん」
私は嵐ちゃんが来た時の手順をもう一回踏む。
なんかデジャヴって感じだな。とか思ったりしながら。
でもこの子は正真正銘、見た目通りの年齢でした。
手帳?
いや、学生証か。
……久門小学校三年生、椎名 愛祢ちゃん。
取り合えず身だしなみを整えたので、
クロ君の前まで連れて行った。
「で、お譲ちゃんは何しに来たのかな」
「お譲ちゃんじゃない、愛祢だ!」
「はいはい。愛祢ちゃんは何し来たんだ」
クロ君はどうやら子供が苦手らしい、少しイラついてる。
そこで私が二人の間に割って入る。
むくれてる愛祢ちゃんに私はアメを二つほど渡す。
今度は正真正銘の子供なのでこの戦法は通じた。
「で、愛祢ちゃんは何しにここに来たのかお姉ちゃんに教えてくれる?」
「うん。この人を殺してほしくて」
と、携帯の画像を再び私達に見せる。
今度は震えず、口調も普通だ。
きっとさっきは血にまみれて動揺していたんだろうな。
でも、まだ少し怯えているような気がする。
「クロ君。どうする?」
小声で私はクロ君に尋ねる。
「どうするって、子供の言う事を聞くつもり?」
「でも、血まみれだったし」
「事情を詳しく聞いてみてよ。僕は子供、苦手なんだ」
「愛祢ちゃん、お母さんとかお父さんは」
「お父さんはいない。お母さんは」
愛祢ちゃんは携帯の画面を再び私達に見せる。
ここ。とさきほどの画像で刺されている女性を指差す。
まさか、こんな事が。
「クロ君」
私はすがるようにクロ君を見る。
「君は復讐がしたいのか?」
「この人を殺してほしいの」
「それを復讐って言うんだよ」
「しってる。この人を殺して!」
少女は涙を浮かべ、クロ君に懇願する。
「ダメだ。その依頼は断る」
「えっ、何で! 何で断るの! ここは何でもお願い事を聞いてくれるんでしょ!」
「誰から聞いたのかしらないけど、ウチではその依頼は受けられない」
「なんで、愛祢にお金がないから? だったら愛祢を売ればいいよ!」
だから、だから殺してよ! と涙ながらに愛祢ちゃんはイスに座るクロ君に言い寄る。
それでもクロ君は聞く耳を持とうとしない。
そんな光景を見ている私はとても心が痛む。
その時、クロ君は行動を起こす。
引出しから、注射針の無い注射器らしきものを取り出して、
愛祢ちゃんの首筋に当てる。
すると、プシュ。とかすかな音と共に愛祢ちゃんは目を瞑った。
「クロ君!」
「麻酔だよ。これでしばらくは大人しくなる」
「その子、どうするの?」
「ルール3 決して子供の言う事は聞くな」
「……やっぱり依頼は断るんだね」
「あぁ」
「じゃあ、この子を追いかえすの?」
「いや、しばらくはチェス(うち)に置いておくよ。
下手に返して明日の新聞に載るのは避けたいからね」
そのあと、愛祢ちゃんは私が寝泊まりしている部屋に運んでベッドに寝かせた。
「クロ君、少しくらいは調べてあげたら?」
「……まぁ、助手の助言があれば別かな」
そう言ってクロ君は受話器を取り、誰かに電話をかけ始める。
さっきは断ったクロ君だけど、やっぱり心配というか、気になってたんだな~
クロ君は根は優しいけど、ちょっと表現が下手な部分があるんだよね。
私はクロ君が電話を掛けている間に、愛祢ちゃんが着ていた服の洗濯を始める。
これ、ひょっとしたら証拠隠滅になるのかな。
とか思った私は綿棒を血に擦りつけて、DNAを採取する。
そのあと写真を撮ってから、洗濯機に入れた。
「ねぇ、クロ君あの服洗濯しても良かったよね?」
「あぁ、別に構わないよ」
「よかった。あ、でも一応綿棒で血を取って、写真も撮っといたから」
「ありがと、しろちゃんはやっぱ僕の助手だよ」
「褒めても何も出ないよ?」
少し嬉しいけど、照れ隠しをして話していた時、
またドアが何の前触れもなく開いた。
「こんにちわ~」
刑事さんがやって来たのだ。
さあ、また新キャラが登場。
そして今回から 懇願の行方編です。
次話では刑事さんの目的と、事件の概要が明かされます。