今をときめく人気アイドルグループのセンターにファンサ(ストーカー)されてます
「ふわ〜あ」
朝、目覚めるとまず第一に行うことといったらなんだろう。
大体は顔を洗いに行ったりトイレに行ったり、珍しい所では正統派幼馴染に馬乗りされてうざがったりする文化もあると聞く。なんだそれ羨ましいそこ代われ。
「よし!」
だが、俺こと佐倉 永遠の1日の始まりは傍から見れば少しおかしい行動から始まる。
まず深呼吸をする。そして、ベッドからゆったりとした動作で降りると、そのまま180度回転し床に両膝をつく。そこでカッ!っと目を見開き!
「ジャージ……ない!!シャツ…ない!!ズボン…ない!!パンツぅぅぅないぃぃぃ!!!!」
ベッドの下に備え付けられているタンスを思いっきり引いて、自分の本来の持ち物である服がちゃんとそこにあるのかという確認をした。
案の定というべきなのか、昨日身に付けていたものがピンポイントで狙われており随分と計画性を感じる犯行であった。この頃、こういった事件が俺の部屋だけで頻発しておりそろそろ本気で通報しようか悩みながらも落ち着く。
そうだ。こういったときはこの事件のことを何でも知ってそうな人に電話を掛けてみよう!
俺は枕の脇に置いてあったスマホを持ち上げRINEを立ち上げる。寝る前に充電したつもりなのにもう60%を切っていることを確認し、やけに未読が多いのを感じながらも、未読メッセージの9割を占めている1番上に来ていたアカウントの画面にいき電話をかける。
軽快な発信音が鳴り、と思ったら1コールもしないうちに止まると通話中の画面に切り替わった。
「もしもしおはよう。疲れてるのにこんな時間にごめんね。
でもどうしても1つ確認しておきたいことがあって」
通話相手は普段から多忙であるため、この時間に電話を掛けるのは忍びないとは思ったが確認が取れないと始まらないので謝罪をしつつ聞いてみる。
「はぁ…はぁ…」
すると、相手側から最初に発せられたのは朝の挨拶でもなく質問の答えでもなく、熱っぽくくぐもったどこか色っぽさを感じる荒い吐息だった。
だが、ここまではいつも通り。騒ぐことでもなければ、心配することでもない。言うなればこの吐息こそが「おはよう」と言っているようなものである。
「はぁ…お、おは…んっ……よう…!ど、どうしたの…?」
その特徴的な呼吸法を続けながら、俺からしたら2度目の朝の挨拶をしてくる。その白々しい態度に青筋が浮かぶのを感じながらも冷静になり少し泳がせてみることにした。
「お、今日も元気そうだね。良かった。で、今から確認することは異性に聞くことじゃないし失礼に当たることは重々承知の上なんだけど、俺の部屋のセキュリティ面が気になってしょうがないから真剣に答えてほしい」
真面目な話をしたいから重い空気感っぽくするためにいつもより少し落ち着いた声で話す。しかし、こっちが真剣に話しているのにも関わらず相手側はお構いなしにヒートアップしてきた。
「んっ…んっんっ…!わ…分かった…。あ…はぁ…」
気にしない。気にしない。
どこでスイッチが入ったのか、何かのラストスパートといった感じに一気に吐息の感覚が早くなる。自分に言い聞かせるように呪文のようなものを掛けながら全力で無に徹し、ここまで溜めに溜めた言葉を発する。
「その被ってるパンツって俺のじゃない?」
もう隠す気も無くなったのかアンアン喚き散らかしている相手に核心に迫る質問をした。
「もう…だめ!」
「質疑応答って知ってる?」
話の通じない相手とはこんなにも噛み合わないのかという今更な感想を抱きながらももう意地になってでも答えを聞きたくなってきた。
「ねえ!!それ俺のパンツだよね!!!」
「あぁっ…!!」
「フィニッシュすんな!!!!!!」
◇◇◇◇◇◇◇
「お恥ずかしい所をお見せしてしまい申し訳ありませんでした」
朝の一件から半刻が立ち、家までやってきた女の子を自室に招き入れる。
俺の家は一人暮らしには優しい低家賃のマンションで俺の部屋に下着泥棒の侵入を許したが本来はセキュリティ面もしっかりしており、女性にも人気の物件であるため今家に来たこの少女もまた、このマンションの住人である。
申し訳程度に頭を下げながらも全く反省のしていない様な表情で早速、俺のベッドに寝転がる。
「わぁ〜やっぱりこの匂い好き〜」
数瞬前に謝罪をしたとは思えない図太さに呆れながらもまだ朝の件についてうやむやにされていたので改めて問いただす。
「俺の服とかがここ1ヶ月でガリガリ減っていってるんだけど何か知らない?」
この質問も1ヶ月間ずっとしているため、もう答えなど分かり切っているが、一応の確認のために凄く良い匂いを部屋中に撒き散らしている目の前の少女に確認する。質問をされた少女は枕に押し付けていた頭を重そうに持ち上げこちらを見つめるとにっこり笑顔で言い放った。
「永遠君の持ち物は全部私のものだよね!」
「違いますけど!?」
反省のはの字もない様な言動に、流石に俺の唯一の取り柄である冷静さも仕事を放棄し職務怠慢状態になった。
「百歩譲って服とかズボンはまだ良いんだよ!母さんが定期的に送ってくれるから数にも困らないし!でもパンツは無くない!?俺今週パンツだけでただでさえ少ないバイトの給料の3分の1使ってるんだけど!?俺バカみたいじゃない!?」
大学生になってまでおしゃれに気を遣わない俺を心配してか、おしゃれにうるさいコーディネーターでもある母さんから定期的に服を送ってもらったりしているため、服に関してはクローゼットに収まり切らない程常備されている。
その送られてくる中に当然パンツも入っているが普通は1日に1回しか穿かないものであるため供給量が今の需要量に全く合っていない。だから、減るたびに足しているがいくら安いパンツを買おうが量が量なので積み重なればただの大学生にはものすごく痛い出費であった。
「近くの百円ショップのパートのおばさんに行列のできる孤児院でもやってるの?みたいな顔で見られる俺の気持ち分かる!?ねえ!!分かる!?!?」
「えーだって永遠君、私が貰った分はお金出すって言っても受け取ってくれないじゃん!」
「それはそれでなんか違うの!プライドとかそういうデリケートな問題なの!!」
そうなのだ。この少女、人の物は盗むわ不法侵入はするわプライバシーの壁をぶち破るような極悪人なのだがそういう所は真面目な性格をしている。最初に盗まれた時など、自室の机の上に諭吉が10枚くらい積まれてた程である。そんな付加価値無いよ…。
普段の行動で台無しになっているけど言動の節々で優しさが見え隠れする根本的には優しい少女だから嫌いになれない。というか俺が抱いている少女への思いは全く違うベクトルだ。
しかし、女の子からお金を貰うというのはどんな理由があるにしろ自分の羽のように軽いポリシーに反するので貰えない。俺も守るべき所は守りたい。
「永遠君もなかなか意地っ張りな所あるよねー。まあパンツは諦めないけど」
「ココってアイドルだよね!?しかも今や大人気の!!俺の推しだよね!?そういうこと他の人に言ってないよね!?信じていいよね!!」
そう、何を隠そうこの少女。
今大人気のアイドルグループ『スパークル・スター♾』不動のセンター恋川 心 通称「ココ」その人である。
輝かんばかりの艶のある黒髪を背中辺りまではためかせそれに引けを取らんとばかりの圧倒的な容姿が作り出す輝く笑顔で歌うそのセンターの姿とメンバーもそれに引けを取らないレベルにファンの数は瞬く間に急上昇。今や、連日のトレンド入りなんか当たり前で、ワンマンライブのチケットを取ろうとすれば開始と共にサーバー落ち。毎週金曜日にやっているミュージックターミナルでは『スパークル・スター♾』は常連グループにまでなっている。
そんな天上に座すお方と俺がこんな親密な関係を持っていること自体がどう考えてもおかしい。俺は『スパークル・スター♾』が爆発的な人気になる前から、というかココがソロだった時から推しとして応援してきていたのだがそれにしても部屋に招き入れたりプライベートのRINEを持っていたりするのもおかしい。
オタクとして推しとの過度な接触はマナー違反と言われればそれまでなのだが、俺とココは特殊な出会い方をしているのでそこは許して欲しい。俺だってアイドルとココまでの関係になるとは思っていなかった。
「言うわけないじゃん!永遠君は私のものだし。アイドルがファンの服とか取っていくのもファンサだよ」
「元気いっぱいに否定してくれてありがとう!これからも応援してるよ!!」
本当に言っていないのか気になるが、ココは嘘を付かない性格だから大丈夫だろう。
あと、本人はファンサだと抜かしているがファンサとはこんなにも物騒なものであっただろうか。なわけあるか!と全力で否定出来ないのも俺がココ以外のアイドルに興味を持ったことがないのでこういうのもあるのかなと思っているだけだ。
このやり取りも軽く数十を超えているのでもうスルー状態でもある。
そんな外の穏やかな空気感とは真逆の喧しい会話をしていると、急に思い出したかのようにココがポンッと手を叩きこちらを見上げてきた。
ココは身長が156センチと身長が172センチの俺からしたら低い位置にあるので常に上目遣いなのもずるい。まあ今はココは毛布まで被って目だけ出した状態で俺は立ち上がって見下ろしているため上目遣いというかココは見上げているだけだが。てか、この部屋ってだれの部屋だっけ。
「そうだ永遠君!今日ライブやるの知ってるよね!チケット取れなかったって死にそうな感じだったからマネージャーからチケット貰ってきた!はい!あげる!」
ココはそういうと、ポケットの中から長方形のチケットを取り出し俺に手渡してきた。
「な、な、それは、、か、神なのか!?あ、あなた様は神様なのですか!?い、いやでも、、みんなが必死に手に入れたものを手に入れれなかった俺がこうやってもらうのはだ、だめだ」
黄金色に輝いているかの様にも見えるその紙切れを見て一瞬動揺したが、俺はすぐ頭を振り正気に戻る。
『スパークル・スター♾』が人気になるにつれ、チケットの入手難度が上がるのは分かっていたし、こうやって世間に認められていくのをみるのは本当に何よりも嬉しいのだが、チケットが取れなくなるのは非常に耐え難い苦しみでもある。
しかし、本人と仲が良いからといってその何に代えても欲しいチケットを貰ってしまったら、死にもの狂いで勝ち取った同士たちにどう顔を合わして良いかも分からない。
俺は自分の欲望に打ち勝つ為にココを凝視し、声を大にして言い張る。
「俺は自分の力でココを全力で叫びながら応援したいんだ!そんなズルまでして会場に行ってたらそれは応援じゃなくてただの自己中な発狂だ!」
「私、永遠君が応援に来てくれないならライブ行かないから」
「そ、そんな…!」
ココは衝撃的な言葉を言い放つと、有無を言わさぬ物言いに呆然としている俺のポケットに手を突っ込み無理やりチケットを受け取らせた。
最近、ココがワガママになってきた気がする…。一二ヶ月前までは俺がチケットを手に入れれなくて死にそうになってても「次は来てね!」という破壊力満点の笑顔をもらってギリギリ生き永らえて来られたって感じだったのだが最近では俺の分のチケットを関係者の誰かから貰っているらしくそれを俺に渡すというのがセオリーになってきている。
「じゃあ今日も握手会でね!」
「あっ!ちょっとココ!」
そういうとココは迎えが来たのか、脱兎の如くベッドから飛び降りヒューンと俺の家から飛び出していった。
先程まで騒がしかったのに急に静寂に包まれ、嵐の様に去っていったココの残り香が漂う部屋で俺は呆然と立ち尽くす。
「出かける準備しよ…」
あそこまで言われたらライブに行かないわけにも行かないので同士の皆様に心の中で全力で土下座しつつ、楽しみには変わりないので自分でもちゃっかりしすぎな性格をしていると思う。
とりあえずシャワーを浴びて、部屋に戻ってくると服が入っている例のタンスを開ける。
「やっべっ!ちょうどパンツ切らしてたんだった!」
笑顔でそう言い放ち、洗濯機に入れた先程まで使っていたパンツを取り出そうとその笑顔のまま洗濯機の中を覗き込むとそこにはパンツはおろか服も何もかもが綺麗さっぱり無くなっていた。
俺はもう意地でも笑顔のまま部屋に戻り、笑顔のままスマホを見てみると通知が来ていた。
『洗濯する前に貰っていくね!』
「100円ショップに履いていくパンツもねえのかよ!」
俺は怒りののままに近くにあった枕を床に叩きつけた。
◇◇◇◇◇◇
ライブ会場までは最寄りの駅から四駅継いだ所にある。
俺はノーパンのまま100円ショップへ行き、いつものパートのおばさんにパンツを会計してもらい駅のトイレで履いてライブ会場の最寄駅へと到着した。
ライブ会場は特段大きいというわけでも無く普段やっているライブとは動員数も客層の毛色も大きく異なっている。ドームの様なところでやる大型ライブでは家族連れや中高生などの学生が目立つのだが、今回のライブは比較的それより少し上の大学生や社会人といった客層になっている。つまり、何が言いたいかというと
「え?永遠ってスパスタのチケット取れなくて引きこもってるんじゃなかったっけ?」
オタクの知り合いがものすごい居るというわけだ。
スパスタとは『スパークル・スター♾』の略称であり、ファンからは主にそう呼ばれている。
俺はずっとスパスタ、というかココのソロ時代から熱狂的なファンをしているため随分とスパスタファンの間では名が売れているらしい。周りの社会人の皆さんとはもう顔見知りの仲であり、トゥイッターも繋がっているため俺が呟いた内容も周知の事実となっており、ザワザワとこちらを伺いながら首を傾げていた。
「い、いやそれがさー、お、俺のいとこの友達のお姉ちゃんのお母さんの息子さんの知り合いの犬の友達がさー、ファンじゃないけどノリで抽選参加したら当たっちゃったらしくてさ俺にくれたんだよ」
そんな中、話しかけて来たのはスパスタ発足からのオタク仲間で俺と同い年で同じ大学に通っているということもあり仲が良くなった近藤 健だ。
髪を茶髪に染めてピアスもジャラジャラと何個も付けておりチャラいという印象を受けがちだが、そんなこともなく根っからのスパスタオタクであるため、めちゃくちゃに話が合う。
抽選に落選した時点で家に引きこもると宣言していたので積極的に話しかけてくる健とはあまり会いたくも無かったんだけどまあ居なかったら居なかったらでぼっちになるから居てくれた方が助かるかもしれない。
「いや犬の友達は犬じゃねえか。何をそんなに動揺してんだよ」
「は、はぁ!?してないし!」
健は見た目によらずヘラヘラしながらも鋭いところがあるから直ぐに嘘がバレる。いや今のは絶対俺がバカだっただけだ。
「スタスタのチケットをタダでくれるなんて勿体無いことするなぁ!まあなんにせよ来れて良かったじゃん!今日は衣装が可愛いってみくるんが言ってたから超楽しみなんだよな!」
スパスタのチケットは今では誰でも喉から手が出るほど欲しい代物だろう。プレミアがついてもおかしくない。そう考えたらこの言い訳どこからどうみてもダメだな。健が馬鹿でよかった。
みくるんとはスパスタ清楚担当・相澤 美来のことだ。赤に近い茶髪をツーサイドアップにしておりメンバーの中で1番歌唱力が高いこともあって人気も高い。実家が相澤製薬という大企業ということでも知られている。そんなリアルお嬢様が健の最推しらしい。ちなみにココは元気担当。
しかし、俺は昨日ココに衣装を生で見させてもらって無事昇天済みなので他のオタクとは一線を画している。どうだ羨ましいか。ちなみにナース服である。
健と一緒に会場入りすると、そこにはまだ始まっても居ないのにキャーキャーと黄色い歓声が上がっていた。スパスタには女性のファンも多い。
「相変わらずすごい人気だな。あそこなんかもうペンラ振ってるぞ」
なんでもうオタ芸やってんのあの人達…。自称親衛隊の皆さんが必死になって振ってるがまだ始まってない。
「じゃあ健。俺、前の方の席らしいからまた握手会の時にな」
「おう!」
健とはそこで分かれてステージの方に向かう。ココの会場はもう通い慣れているので目をつぶってもステージに辿り着けるのは俺の数少ない特技でもある。誰に自慢してやろうか。
いつも通り、自称親衛隊の皆さんに挨拶をして自分の席につく。いつも思うんだけど俺が最古参だからってめちゃくちゃペコペコしてくるの恥ずかしいからやめて欲しいんだけど。
待つことものの数十分。辺りが暗くなる。そこで会場は一気に静寂に包まれる。朝のココが居なくなった俺の部屋みたい。
どうでもいいことを考えていると、その時はやってきた。
「みんな!!今日も楽しんでいこー!!」
そんなココの掛け声と共に、パァーンっと紙吹雪が舞うとその中からスパスタのメンバー5人全員が出てくる。
その瞬間、今か今かと待ち侘びていた観客が全員、ドッと大歓声を上げ、会場は先ほどの静けさが嘘の様な盛り上がりを見せた。この会場の一体感に鳥肌を感じるのはいつまで経っても変わらない。俺も必死になって叫び、会場に溶け込む。
「早速一曲目いっくよー!!恋する心よ永遠!(こいする心よフォーエバー)」
もちろんセンターに立っているココが声高々に会場に煽りを入れる。最初の一曲目はスパスタがデビュー後、一番最初に爆発的ヒットを叩き出した曲だ。俺もこの曲は大好きで今でもバイト先のみんなに布教しては熱意に引かれるを繰り返している曲でもある。
◇◇◇◇◇◇◇
ライブは大盛り上がりを見せて大成功に終わった。
ナース姿も多くの客に刺さったのか、握手会の順番待ちの列でみんな口々に衣装のことで盛り上がっていた。俺は健以外とは顔見知りだがあんまり喋らないのでぼっちだ。いやそりゃみんなとココの話題で盛り上がりたいけど俺にはそんな勇気ないんだよ。おいそこ!コミュ障言うな!
「次の方どうぞ!」
待っていると30分ほどで俺の番になった。スタッフさんに握手券を渡してココと向き合う。ライブ後だから絶対に疲れているはずなのにニコニコしている様子で、疲れを感じさせないのは本当に凄いと思う。
「永遠君!今日も来てくれてありがとう!あれ、でも抽選当たらなかったんじゃ無かったっけ?」
「犬に貰ったんだ」
ココとはトゥイッターも繋がっているため、俺の呟いた「終わり。今回こそ終わり。もう生きれない死んだ。バイバイみんな今までありがとう。探さないでください」という内容も見られている。ていうか、オタ仲間のみんなもココもチケット取れなかったって一言も言ってないのになんで全部バレてんだよ。普段の行いか。
「てか!今日もライブ可愛くて最高だったよ!!ナース服も似合ってるし!」
「えーありがとう!永遠君に言ってもらえたら嬉しい!」
もうその笑顔だけで生まれた意味ありました。父さん母さんありがとう。先に旅立つ親不孝をお許しください。
「はい。時間です」
俺が軽く昇天しているとハガシのスタッフさんがベリっと剥がしに来だしたので俺たちの会話は終わる。昇天していたので何を言われたのか分からなかったが言葉の意味を理解し、俺は激しく後悔する。まさか、トリップしたことによって貴重な時間が失われていたとは。
いくら、同じところに住んでいていつでも話せるとはいえアイドルとしてのココと話すことができるのは幸せなものだ。それをこのハガシさんは!
すみません調子乗りました。お仕事お疲れ様です。
「は?」
俺がちょっとでも握手の時間を伸ばそうと「はい…」と言いながら徐々に手の力を弱めるという悪あがきをしていると俺にしか聞こえない様な小さな声が聞こえた。声のした方を見てみるとそこには、鬼の形相でスタッフさんを睨みつけているココがいた。え、めっちゃ怖いなになに。
心なしかココが手に力を入れていてめっちゃ痛い。握力どうなってんの強すぎないか。
「あっ!ごめんね永遠君!もう終わりみたい!また次のライブも応援よろしくね!いつもありがとう!」
鬼のココは見間違いだったのか、一瞬で普段通りの笑顔のココに戻るとパッと手を離しこちらにバイバイと手を振ってくる。
絶対見間違いじゃないよなぁ…。
「うん。絶対次も行くね!」
俺は気にしない様にしてその場を後にする。
最近、だんだんとココが露骨になってきてる。もしかすると俺たちが仲良いのがバレて週刊誌に載ったりしないかなぁ。大丈夫かなぁ。
最悪の結末を想像しながらも健と合流して大学の近くの行きつけのラーメン屋にご飯を食べに行くことになった。
◇◇◇◇◇◇◇
「なあなあ!マジで今日のナース服良くなかったか!みくるんのスタイルの良さがこれまた極まってめちゃくちゃ可愛かったし相変わらず歌上手いしで最高だったぜ!あー俺も看病されてえ!」
そんなことを早口で捲し立てながらラーメンを啜るオタ本領発揮中の健はヘラヘラした顔とはギャップを感じた。
「いやマジで良かった!みくるんもめちゃくちゃ可愛かったけど俺はやっぱりココが一番だった!あの笑顔で俺も看病されたい!!」
当の俺も完全にオタ丸出しバカ丸出しだった。
あんな鬼を見せられても推しの顔面は何があろうと推しなのでやっぱり怖いけど好きな要素だ。睨みつける顔も天使とか大天使かよ!!そろそろ神様かな???
「お前はほんとココ一筋だよなー。そろそろココに日頃の応援に感謝を込めて!みたいな感じでナース姿で世話してくれるんじゃないのか」
「ぶっ!な、なに言ってんだ!ココはみんなのココだろ!そんな1人のために何かをするなんかあるわけないだろ!第一、そんな事あったら幸せすぎて六角橋から飛び降りるわ!」
「まあそれはないか!」
六角橋とは大学のすぐ横にある六角川に唯一架かっている大橋の事だ。高さは10m程あり、俺のこの貧弱な体では飛び降りた瞬間にジ・エンドの結末が見える。
ぎゃはははと下品な笑い方をしながらラーメンを啜っている健を睨みつけながら俺もラーメンを食べ進める。
「そういう健もココ一年くらいずっとみくるん推しじゃん」
「そうだったわ」
ライブ後の感想会というのは時間が経つのも早いもので、夕方に会場を出たのにしっかり夜になっていた。
俺たちはいつもお世話になっているラーメン屋の店主さんにお礼を言いつつ、足早に店を出て解散することにした。
「じゃあ、またスパスタのライブ行こうな!次は犬からチケットもらうなよ!」
「貰わねえよ!」
最後までぎゃはははうるさい健と別れた。いやうるせえよ。
ていうかよく健とこれだけ仲良くなれたよな。基本的に陽な健と、根本的に陰な俺とじゃ全然釣り合いが取れていない。それほどスパスタという存在が強いつながりになっているんだろうな。
今となっては親友と呼べる様になった健との関係を結びつけてくれたスパスタに改めて感謝をしながら家路についた。
◇◇◇◇◇◇
「ピンポーン」
家に到着して、お風呂を沸かしご飯の用意をしていると来訪者を知らせるベルが鳴った。このマンション、エントランスやエレベーターなど目につくところは最新で綺麗なのにインターホンだけはベルなんだよな。なんかこだわりでもあるのかな。
「はーい」と言いながら、ドアを開けると俺は驚愕してその場から動くことが出来なかった。
そこに居たのは、ほんの数時間前にステージで歌って踊っていたナース姿のままのココだった。え?いやなんで?なんで?
「やっほっ、永遠君!ご飯作りにきたよ!」
そう来訪者の口から発せられた言葉を噛み締めながら考える。
今まではファンサ(ストーカー)を受けたことはあってもそれ以外のプライベートな時間を一緒に過ごした事はない。ましてや、手料理など想像したこともない。しかもナース服。つまり、俺が今から為すべき事は
「六角橋行ってきます。ありがとうございました」
「待って永遠君!飛び降りないで!命は大事にして!」
なんでか俺より悲しそうになっているココが涙目になりながら俺の足に縋りついてくる。その接触行為だけでチケット100枚は払わないといけない気がする。
「あれ?俺飛び降りるなんか言ったっけ?」
俺は行ってきますとしか言っていない。まあ、止められなければ今すぐに激チャして真冬の一級河川に叩きつけられに行くが。頼む止めててください。
「ん?楽屋で聞いてたよ?」
「盗聴器かよ!!」
極めて不思議そうな顔をしているココの顔を見ると俺がおかしいのかなと思えてくるが、絶対にそんな事はない。アイドルがただのオタクに盗聴器はない。
「ほら早く行こ?明日も朝早いから早くご飯作らなきゃ」
足早に靴を脱ぎトテテッと俺の横をすり抜けリビングに入っていく。なんであなた様はそんなに独断専行なんですかね。
まあ部屋に上がるのは初めてでもないし、他の同志達には心底申し訳ないが「君たちだってこういう状況になったら食べるだろ!?」と開き直り、推しのご飯が食べられるという幸せを噛み締めることにした。
あんなにステージの上では完璧なアイドルなのになぁ。いつでもオタクに刺される覚悟はしとかないと。
俺はドアを閉める前に現実逃避として星が爛漫に輝く夜空を見上げる。
「ほら永遠くーん!私の料理作る姿見ててー!すっごく自信あるからー!」
「はーい!今行くよー!」
背中にかかる元気な声を受け、ちょうど流れた流れ星に「バレません様にバレません様にバレません様に!!!」と3回祈りながら今度こそ家のドアを閉める。
これは、ただの一オタクである俺と、最強アイドル様ココの至ってファンサの物語だ。
「ぶほばへっ!!!!」
料理は想像以上にダークマターでまずすぎてリバースしたけど推しの手料理はなんでも最高です。(ダイイングメッセージ)
新作です!
アイドル物を書いてみたくて書いたのですが、アイドル知識が皆無なので間違いなどありましたら指摘して下さると嬉しいです!