釣り
蛙が釣りをしている。
私はとりあえず、目を閉じた。
首を、ほんの15°ばかり傾けて眉を寄せる。
そして、もう一度まぶたをあげて、見る。
やはり、蛙が河川敷の真ん中で釣りをしている。
大きさは小型犬くらいだろうか。
緑が太陽の下てかてかと光り、飛び出た目玉は真剣に川面をにらんでいる。
童話などで見られる、二足歩行を前提とした座り方をして。
竿は笹に凧糸のようなひもをくくりつけたシンプルなもので、浮子は見あたらない。
私はゆっくりと眉間に人差し指と親指を当て、ぐりぐりと揉んだ。
やはり目の前の光景は変わらない。
橋からそれを見下ろす私の周りには、同じように立ち止まる人や、何事もなかったように足早と通り過ぎる人でいっぱいだ。
ふいに、釣り糸がものすごい勢いで引っ張られた。
蛙はそれに負けまいと、懸命に曲がった背をのけぞらせる。
ぐいぐいと糸は水中に引き込まれ、蛙はついに立ち上がった。
私たちは思わず欄干から身を乗り出した。
蛙は緑色の顔をゆがませその場に踏みとどまろうとしたが、じりじりと水面の方に引き寄せられていく。
糸は切れんばかりにピンと張りつめられ、竿は折れんばかりにしなっている。
蛙はそれでも竿を手放さない。
あの、水かきがついていて持ちにくいだろう手で、足で、竿を間に戦っている。
私は、思わず心の中で応援してしまった。
蛙、がんばれ! と。
不器用なその姿に、己を重ね合わせたのかもしれない。
だが、蛙の足は水際すれすれまで達していた。
そして、とうとう蛙はつんのめったようにその身を大きく揺らして、竿ごと川の中に放り込まれた。
周りから、息をのむような声がいくつも漏れた。
かくいう私も蛙が消えた水面を、ただ、見つめていた。
と。
ぷこん。
気の抜けた音とともに蛙が頭を出した。
私たちが見守る中、蛙はすーっと河川敷まで流れるように泳ぎ、陸に上がった。
魚を両手に一つずつ抱えて。
魚はぴちぴちとはねている。
何事もなかったかのように蛙は去っていく。
川面の真ん中に、釣り道具を浮かべたままで。
私は、蛙の後ろ姿を見送りながら、ぼそりとつぶやいた。
「釣りの意味、あったん?」