葬式あるある
近藤さんちの風呂に浸かりながら、物思いに耽る。
彩花さんはじいさんが死んだと思えないくらい明るい。
いや、もちろん気落ちしてるのは間違いないのたが、想像してたよりも明るい。元々が気丈な性格なのか、それともかなり無理をしているのか。まあ、普通に考えたら後者だろう。
「でも、いいもんだな……」
俺が商社に入社したのと同時に両親が事故で死んだ。その時から家庭のようなものとは無縁で生きてきた。こういう誰かが待っててくれる生活も悪いものではない。
「しかし、これじゃ終わらんよな……」
人が死ぬという事は俺も体験している。故人を偲んでるだけでは終わらないのが葬式だ。
もっとドロドロした、人間の欲望が渦巻く風景があるはず。
実際、俺の両親の時もそうだった。
ある程度裕福だったうちの家庭は、両親が死ぬと餓鬼のような親戚がわらわらと集まり、両親の遺産に群がった。
俺はそれが嫌になり、遺産を放棄して逃げたのだ。大手商社に就職出来たこともあり、金はなんとかなると思ってたし、それよりもこの浅ましい奴等と一刻も早く離れたかったからだ。
この村で何でも屋として葬式の手伝いもしたこともある。その時も大体1人は、故人を偲ぶ空気をぶち壊す奴がいるものだ。まだ、近藤さんのとこにはそれが現れてない。
「……俺の取り越し苦労ならいいんだけどな…………」
風呂から上がると、家庭的な飯が用意されていた。煮しめ、焼き魚、湯気の立つ味噌汁、真っ白なご飯。
俺はビールを注いでもらい、彩花さんと一緒に近藤さんの思い出話をしながら、食事を楽しんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜が明ける。
邪念のようなことは起こらなかった。当たり前と言えば当たり前だが、1%ぐらいはあるかも?とか思ってしまうのは人間だから仕方ないだろう。
用意された部屋で起き、身支度を整えて居間に行く。台所からは彩花さんが朝ごはんを作ってる音がする。
俺はじいさんに線香をあげ、軽く手を合わせた。
・・・
・・・・
・・・・・
通夜と葬式が終わった。
じいさんの身体は骨壷と位牌に成り変わった。
たくさんの人が最後の別れに来てくれて、近藤さんも向こうで喜んでたと思う。
彩花さんはバタバタと走り回り、泣き顔を全く見せなかった。弔辞を読むときでさえ泣かなかった。相当無理してると思う。
葬式が終わって客が帰り、夜になった。彩花さんと2人きりだ。
俺は一息つくように座ったが、彩花さんはまだどことなく緊張を残しているようだ。俺はなんとなくそんな彩花さんが気になった。
ガラガラガラッ
玄関が開く音がする。田舎なので呼び鈴なしで玄関が開くのも珍しくはないのだが、時間が時間だ。
葬式に来れなかった客人かなと、俺が立ち上がろうとすると、玄関から声が聞こえてきた。
「懐かしいな」
「辛気臭いわ」
男女の声がした。
足音が居間に向かってくる。その足音が居間に到着する前に、彩花さんが居間に入ってきた。彩花さんは玄関からの廊下と居間を仕切る襖を、無言で睨むように見ている。
襖が開く。
「彩花、今着いたぞ。…………君は?」
「……あんた誰?」
「お父さん、お母さん……」
男女は俺を見ている。彩花の言葉だと彩花さんの両親、近藤のじいさんの息子さんと嫁さんだ。
俺は立ち上がり頭を下げる。
「あっ、私は何でも屋の斉藤と言います。近藤のおじいさんとは懇意にさせてもらって────」
彩花さんのお母さんは、あからさまに眉を顰めて、
「何でも屋ぁ?非常識ね、こんな時間に女1人の家に居座って!早く帰りなさいよ!」
「っ、あっ、すいません」
お父さんも追い打ちをかけてくる。
「君、いくら父と懇意だったからと言っても、これはないんじゃないか?帰りたまえ」
俺はイラっときたが、
「あっ、すいませんです。では────」
と、帰ろうとしたときに、彩花さんは俺の袖を掴み止めた。
俺が少し目を開いて彩花さんを見ると、彩花さんは両親を、まるで敵が来たかのような目つきで睨んだまま、俺の袖を掴んでいる。そして衝撃の言葉を放つ。
「これはおじいちゃんの遺言です。《自分が死んだら初七日が終わるまで、斉藤仁にこの家に居てもらうこと。これは何人たりとも覆すことは許さぬ。覆した者には遺産相続権利を剥奪する》これが遺言書です」
「はあああ?!」
「…………」
「え、ちょ、え?」
彩花さんは両親を睨みつけながら、一枚の紙を広げて両親に突きつける。
母親は驚愕を隠せず、父親は無言だ。だが2人とも視線で人を殺しかねない目つきで俺を見ている。
「ゆ、遺言?!依頼じゃ……」
「すいません……、遺言とは言えなかったので何でも屋さんへの依頼という形にしてもらいました……」
「マ、マジかよ……」
あのじじい……、最後の最後にとんでもないことをしてくれやがって……。一体どういうつもりだ。
「ご迷惑、ですよね?」
彩花さんが俺の顔を覗き込む。
「っ、いえ、正直彩花さんが心配だったので依頼が無くても見には来ましたよ。じいさんにも頼まれてましたしね。でもまさか遺言とは……」
すると母親は彩花さんから遺言書をもぎ取り、
「こんなもの!」
と、破こうとする。だが、それを父親が止めた。
「待て!恵子!!」
母親の手が止まり、母親と父親は見つめ合う。
「……あれは実印だ。おそらく公正証書の遺言もあるのだろう。それを破ったら相続欠格になるぞ」
「っ!」
「やってくれたな、親父……」
やっぱり一悶着あった。
これだから葬式は……。
しかも巻き込まれてるし……。
「はい、お父さん。これは公正証書ではないですが、公正証書の遺言にも、同じことも書かれてるそうです。ですから、手出しはやめてください」
「公正証書はもう開けたのか?」
「まだです。お父さんとお母さんが来て、お父さん、お母さん、私、斉藤仁さんの4人で開封しろと手紙にありました」
「「「っ!」」」
また彩花さんの両親に睨まれた。
睨みたいのはこっちなんだが……。
俺は、のほほんと骨になって、笑っているように感じる骨壺を睨む。
「あんた一体何者なのよ!!」
「何でも屋です……」
「彩花、こいつはお前の何なのだ?彼氏なのか?」
「残念ですが違います。おじいちゃんの友人に近い何でも屋さんです。でもおじいちゃんは、『仁さんはわしの孫』だとはっきり口にしました」
「「っ!」」
また睨まれる。彩花さんも火に油を注ぐのはやめて欲しい。
俺もだんだん頭にキだした。
「公正証書はどこ?!開けるわよ」
「うむ、まずは確認しよう」
「…………」
彩花さんが悲しい顔をする。
俺は黙っていられなかった。
「あのさ、まずはじいさんに挨拶しろよ。話はそれからだろ?。そんなことも出来ねえなら俺は帰るぞ」
俺が帰ったら公正証書は開けない。半ば脅しのようになったが、渋々2人はじいさんに線香をあげた。
(全く……やってくれるぜ、じいさん……)




