表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

9話 出会いは偶然に?

 あれから二人のことはかなり評判になった。

 今まで以上に、竜照庵は人気になった。二人を一目見ようと、やってくる人もかなりいる。

 

 一番懸念していたのは、キャバクラみたいにオトコ連中などが寄ってくるようなことだったけれど、そうでもなく良かった。この町の人たちは、そういう文化がないからだろうか、きちんとマナーをわきまえている。


 そして、今俺は仕事の最中にもかかわらず、店にはいない。

 どこにいるかと言うと……。


「若けえの、どうだい」


 唐紐屋さんだった。

 そもそも、俺がここに行く経緯は、今朝のことだった。


 朝、おっちゃんが俺を呼びに来たので、掃除が甘いとかそういったことを言うのだと考えていた。

 だけども、その声の切羽詰まった様子に、いつもとは違うことが起きたのだとも思った。

 今日は、いつもより暑い。

 こういった暑さは時として人をいらつかせてしまうものではあるが、お客からのクレームか何かだと頭で言い聞かせながら下へ降りて行った。


 おっちゃんと、そこには黒いスーツを着た男が二人。

 はたから見れば仰々しい格好の人らの集まりにも見える。でも、ここ最近になってよく見る家紋。

 確か、丸に沢潟おもだか

 唐紐屋のそれだということがわかった。


「大旦那から、話があるっていうんで」


 それだけ告げられた。

 どんな内容かを尋ねても教えてはくれない。それはそれは怖さでしかない!

 おっちゃんは、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ、と話す。

 いつか見てろよおおお!


 唐紐屋の話だなんて、もうそれしかない。

 あの話しかない。

 昨日やったライブのことだ。それが気に食わなかったのだろうか……。あんなに良い感じで褒めてくれたのにさあ……。


 静奈ちゃんと雪芽さんには、大したことはないでしょう、と言われて送り出されてしまった。

 最後の抵抗として、仕事が俺にはあるんで、と言ってはみたが、おっちゃんは


「そっちのが大事じゃろうて!」


 というまっさらな笑顔でそう背中を押されてしまったのだからたまったもんじゃあない。

 どいつもこいつもふらんすも……!

  

 そして、悲しいかな俺はここにいるしかないという状況に陥っている。

 通された部屋は非常に広い。

 まず、関係者用の通路は狭かったのだが、そこを抜けると見事な庭園があった。屋根も木製のぴっかぴかなもので、床も手入れが行き届いている。

 入った部屋は棚違いが味を出しているもので、和風でシックな感じがよく出ている。


「い、いやあ……どうと、言われましてもねえ」


 そして、この旦那とさしで話をしているという事態になっている。


「なあに、昨日の今日だ。まだその、なんだ興奮は収まってねえって感じかい?」


 そう話すと、グラスに水を注いでくれる。

 グラスがこれまた薩摩切子のような紫色の文様がとても綺麗で、日差しに透き通った色に、とても癒される感じがする。


「ああ、まあ。そう、なんですかねえ」


 俺はまだビクビクしている。

 そして、のどがカラカラだったので、少し悩んだ挙句に一気飲みをした。

 これで杯は交わしたからな! なあんて言わないよね……。


「まあ、聞いてくれや。こっちのは、確かに昨日人がそこそこは集まった。だが、こっちの方は観客もたくさん。それに話題も大きかった」


「はい、みたいですね。少し耳に挟みましたよ」


 実はあのあと、近所では唐紐屋の行事も大いに盛り上がったという話をしていたのを聞いた。

 ただ、それ以上に静奈ちゃんと雪芽さんのステージは話題になっていた。 

 だからこそ、今日呼び出しを受けるだなんて聞いたこともなかった。


「まあ、だがな。思ったわけだ。昨日、若えのを見てな。ほう、こいつぁ悪くねえもんだってな。そうだろう? あんなにいいもん歌ってよお、ああ娯楽って言うのはこういうもんを言うんだなって自分でも納得しちまった」


 これは……素直に俺を褒めて、いるんだよな?


「まあ、そう思ってくれたなら良かったです。自分でも、あの二人はとてもいい子たちだと思っています。それは、魅力もあるし、何よりあれは英雄みたいなもんですよ。革命児って言ったら良いんでしょうかね」


「そう、ありゃあいい女になる。そう思うぜ。でもよ、でもだ。それだけで終わらせるにはいささかもったいねえなって。そう思ったわけよ」


「そ、そうっすよね! そう! それだけに留めるにはもったいない!」


 思わず、対面にいる旦那も少し引くくらい、俺は机に手をついて身を乗り出していた。


「だが、俺っちは昨日あることを話した。物事の本質ってえやつだ」


「本質……?」


 こう格好良く、お! あのことですな! と言ってみたいものだが、察しがいまいち付かない。

 馬鹿でごめんなさいねえ!


「おうよ。言っただろ? 例えばうちにある服。見てみいな。どれも高級品、それもそうだ。あの東陣とうじんの場所で結ったってんだ。そりゃあ素材は確かよ。だがどうだ。それを実際にてめえの手で取って、着てみなきゃあ話は始まらねえ」


 そこで思い出した。

 ああ、そういえば、二人には着物を着てもらっていたんだっけ。

 でもあれは、物置にあったもので年代も定かではない。

 それに、雪芽さんのものである可能性はあるけれど、おっちゃんがあの宿を買ったときからそこに封印されていたのかもしれない。いずれにせよ、それが何なのかの決着はしないでいた。


「つまり、あの二人に?」


「そういうこった」


 旦那は手を膝に打ち当てて、合点がいったかというように俺を確かめるような目で睨みつけた。


「断る理由は、ありません!」


「そうこなくっちゃなあ、竜照庵の若けえの」



 俺と旦那は、庭園をなんとなく見つめた。

 先ほど見た、群青の空から溢れる日差しは、ここが異世界の知らない場所とは思えないほどに輝いていた。それを、もっと見つめることはできるだろうか。


__________________________

______________

___


「と、言うわけで! 明日はお仕事が終わったら行ってきてもらいます!」


 その日の夕食は、いつもと変わりなかったが珍しく俺は大きな声で報告をした。

 えへんと胸を張る。

 それはもう、自分の手柄のように。いうて、自分は何かをしたわけじゃアないけどもね!


「そ、そんな名誉な話じゃったのか」


 おっちゃんは、俺がもう殺されるんじゃないかってくらいに思っていたらしい。

 だったら、あんな風に見送るなよって俺は抗議したい。


「ああ、そうなんですよ!」


「わ、わたしたちが……?」


「で、できるかしらねえ?」


 そう言いながらも雪芽さんは、顔をポッと赤らめて手を当てている。



「旦那と話してきました! 二人なら大丈夫って」


「でもそんな、雄一さんはそんなお仕事までとってきてくださるのですね」


「ああ、そうか。これは仕事になるのか」


「別に疲れてなんかいないわよ?」


 次に俺が続けようとしていたセリフを、しっかりと気遣って言ってくれた。

 おっちゃんも、うなずいている。


「片づけはわしの方でもやっておくさ。行っておいで」


 そう、俺は胸を躍らせていた。


______________________

__________

___


 翌日、いつもの茶屋が終わると、二人を連れて唐紐屋へ行く。

 一応、俺はプロデューサーとして護衛することだ。まあ、向こうでは旦那たちと話もするんだけれど。


 わずか少しの道なのに、八人の人にも話しかけられていた。

 驚いたのは俺のことも認知してくれている人がいることだ。

 こ、これで軍隊を解雇された無能から、プロデューサーに出世でもしないかなあ。


 中に入ると、旦那は入り口で出迎えてくれた。


「よう来たな! いや、しかし間近で見るとな、ほほう」


 上から下までしいかりと眺める。

 舐めるように、というよりは品定めをしている鑑定士といったところだろうか。


「よし! 俺の目に狂いはねえ! 着せてやってくれ! 唐紐屋を宣伝する見本にでもなってもらおうや!」


 そう、ここに来たこと。

 そして、大旦那のお願いとは……二人のパフォーマンスに感動して、そして着物姿に胸を打たれたということでの、モデルデビューだった。


「じゃあ、二人とも、あとでね」


「良いか? 若けえの。今から一等高い、良い着物をまとわせるからよ。そしたら、それをてめえで見てくれや。そうしたら、この後審査員が来るからよ」


 そう、このモデルというのは少し話が異なる。

 それは、服の良さを競うというこれまた大会があり、どうやらこの界隈では有名だという。

 大旦那は、素材は良いがそれを着こなせる人材がいなかった、と嘆いていた。

 それでも売れるものは売れるし、賞だって受けている! と話してくれた。


「びびびっときたのよ。あの子たちがうちのを来てくれたら、絶対に似合う。そして、それを審査員に見せつける。結果は三日後だけどな。あの子たちが着てくれたら、素材は活きる。そうだろ!」


「はい! 間違いないですよ!」


 旦那の力になれることは純粋に嬉しかった。

 昨日までは、敵同士だったのかもしれない。でも、その人が俺のしていること、二人を認めている。

 何か、報われたような気がしたし、この二人が、他の人にどう評価をしてもらえるのかも気になった。

 そして何より……


「おおお、なんてえ」


「す、すごいって、これ」


 二人は、黒を基調として、金魚の紅色が鮮やかに刺しゅうされた着物を身にしている。

 帯は、薄い紫で、星のような金箔があしらわれていて、妖艶さとミステリアスな感じがある。大人の女性という雪芽さんならば、静奈ちゃんは背伸びをした少女といったあどけなさを感じる。


 同じ衣装なのに、この二人だからこそ違いが出せる。

 それになにより、一目で手の込んだものだとわかる。


 この姿を見られただけでも、もう旦那さんありがとうございました! という感じだ。

 すげえぜ!

 これ、もう優勝で良いんじゃないの?!


「二人とも、可愛いぜ!」


 大きな声で叫ぶのは、旦那だった。


「良い! かなり良いぜ! なあ、若けえの!」


 興奮は、俺以上だった。

 こ、これは結果が楽しみだあ……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ