8話 栄光と歌声と
二人の衣装、そしていつもとは違う登場の仕方に、大いに沸いている。
そう、これだ。
こういう少し、演出を考えたものの方が、彼らにはウケる。
結局、どこまでいっても俺たちはただの小さい茶屋のイベントでしかない、とそういう認識しか多くは抱いていない。それどころか、ここにいる人たちはつい最近まで娯楽というものを堪能していない。
創意工夫こそが、生き抜いていくためのコツだ!
とは言っても、俺も人のを真似したに過ぎないっちゃあそうなんけれどね!
「それでは、聴いてくださいね!」
静奈ちゃんが、リードをする。
一見すれば、雪芽さんの方が年は上に見えるし、落ち着いてもいる。
しかし、だからこそ静奈ちゃんに今回は司会を、MCをしてもらう。そういった外し方も、俺が全て考えたものだった。
瞬く間に拍手が辺りの空気を変えていく。
春風が新緑の芽をそっと撫でるかのようにして、顔と視線が二人に注がれていく。
「ねえ こんな風に感じる日が来るだなんてね」
「思いもしなくって」
静かな曲だ。
しかし、後半になるにつれて、盛り上がっていくソウル系の曲だ。
この曲は、雪芽さんが歌っていたものだ。
それを全て歌詞にしてもらって、何回も歌ってもらい頭にメロディーを叩き込んだ。
今では、俺もこの曲を唄えるまでになっている。
静奈ちゃんに続いて、雪芽さんが唄う。
曲の内容から、これを「そういうことが友達」というように便宜上名付けた。雪芽さんもタイトルは覚えていないと言っていた。本当かは知らないが、これが一番好きらしい。
ちなみにタイトルの名前はサビにもよく出るフレーズで、最後の盛り上がりで強調される言葉だからだ。安直と言えば安直だ。
恋愛の要素も入っているが、それでも友人であるということの内容。
たぶん、男女ともに聴いていていい曲だと思えるに違いないと思う。だからこそ、俺はこの曲をトップに持ってこさせた。
静奈ちゃんは、低い声が苦手ではあるが、伸びやかに声を出して歌っている。
そしてサビでは、一番は普通に歌ってもらう。
しかし、二番になると、盛り上がるにつれて一気に型にはまらないで、二人はくずしながら歌っていく。ソウル系なのだから、おとなしく歌って良い子ちゃんぶる必要性はない。
サビでは思いっきり感情を二人に出してもらう。
「それが……」
「友達ってものよ」
二人の哀愁に媚びたような目は、観衆には不思議な光景に映っているようだった。
今までは、笑顔で可愛さを配りながら働いていたのだ。にもかかわらず、あんな表情をする。
恋に破れた儚げな少女が、そこにはいた。
思わず誰かが守ってあげたくなるような、そんな二人がステージにいる。
そして、ラストのサビを俺流に変えてみた。
「「それが それこそが 友達ってものよ」」
これを、ゆっくりと、そして何回も繰り返しながら声量を下げて余韻を残していく。
曲名も残りやすければ、心地よい秋風のように、そっと耳に触れていく。
歌が終わり、二人は見つめ合って。
そして頭を下げて、にこやかにほほ笑む。
これがアイドルスマイルだああああああああああああああああ!
「す、すげえ」
「静奈ちゃん、あんな顔出来ちゃうんだ。やべえよ!」
「若い時を思い出しちまうぜえええ! 最高だあ! 二人ともォ!」
オーディエンスは絶頂になっている。
色んな人たちが、二人に感激をしている。
こっちまでも、泣きそうになってしまうくらいだ。いやあ、間近で見るライブ、しかも手作り感はあるけれど、俺なら間違いなくはまるぞ! 二人に!
「聴いてくれてりがとうございました!」
「ありがとうね~」
そして歌の間にも、MCを忘れない。それは、あらかじめ考えて取り入れさせた。
今までは、淡々と歌っていた。それでも良かった。
だけれど、今日は違う。
正確には今日から違うとでも言ったほうがいい。
「最初に歌ったのは、雪芽さんがこの前に歌っていたものです!」
「うふふ、いいものでしょう?」
「はい! わたしもすっごく好きです! みなさんは、どうでしたか~!」
静奈ちゃんは、観客にも呼びかける。
「本当良かったぜええ!」
「最高じゃあああ!」
これも、何かあればみんなに問いかけて良いと話していた。むしろ、そうしてくれとも。
コールアンドレスポンスみたいに、煽ることは大いに効果的だ。
今日来た人々は、絶対に離さない。
「あらあら、でも、これだけじゃあないのよね?」
「はい! 次はわたしの歌っていた曲です。でも、その前に、色々と話もしていきたいなって思います」
ここからは、自己紹介になる。
多分、多くの人は二人のことを知っている。だが、今一度ちゃんと紹介したほうが良いと思ったから。
ただ、何を話すのかは二人に任せている。
「わたしは、静奈です! 静奈・エトワスです! ここには、自分を高めるため……何か自分を探すために来ました! あ、歌は好きです! 趣味で……少し歌ったりなんかしてました。最初は、ここで働いていた雄一さんに、ああ、あそこにいる人です」
静奈ちゃんは俺の方を指さすので、俺をみんなが見ている。
「あはは、どうも」
苦笑いで返す。
恥ずかしいったらありゃしないわよもう!
という想いだったけど、どこか嬉しくもある。
みんなが、一様に笑顔だったから。
「アイドルをやってみないかって、そう言ってくれました。わたしに、歌を唄わせて、みなさんとこうしていられるようにしてくれたお陰です。そういう人を、ぷ、ぷろ……」
「プロデューサー。じゃなかったかしら?」
横から、雪芽さんがフォローを入れると、観客からも笑いが起こる。
それからも、静奈ちゃんの田舎での、川遊びをしたなどの話を聞いた。みんな、退屈せずに、その軽快は話に聞き入っている。
「あたくしは雪芽。年齢は……不詳ってことにしておくわね? そうね、あたくしはこの三階にずっと潜んでいたの。そしたら、あの演出家さんに見つかっちゃったのよ。そうしたら、いきなり、ね。アイドルにならないかって」
またしても笑いが起きる。
ちらっと、こちらを見る方々が……。
それに、まんま本当のことを言うなよ! と思ったが、意外にもそれを気に留める人はいなかった。
まあ、なんだ。なんちゃら星から来ました、みたいな冗談って捉えたんだろう。これは不幸中の幸いというべきか、次からは注意してやらねばならんな!
雪芽さんは、そこから今日までのここでの生活ぶりを話した。
それは、みんなの知らない一面が知れるものだったし、プライベートの話はとても彼らの知りたいことでもある。
時折、時代感覚が少しズレたような発見もあったが、それはご愛敬だろう。
雪芽さんはしっかり路線の子なんだけれど、このままじゃあちょっと天然系にもなりかねないな。
それでも、二人の話は一緒にいた俺もおっちゃんも思わず吹き出しそうになってしまうものだった。
「さっきから、ウケているね」
「げえ!」
少し声が大きくなる。
「か、唐紐屋さん……の旦那、大旦那様あ」
「まあ、良いさ。お気になさるな。こういった演出は若いのが?」
「ああ、まあ。俺が考えました」
「なるほど、道理で心を掴む術を分かっていやがる」
「す、すいません」
「なあに、若いのが上手くやってんだ。気にすんな」
「は、はい……」
そっちの伝統ポーカー大会は盛況っすか!?
なんぞ聞く勇気はさすがに持ち合わせちゃいない。
「ここで見させてもらうぜ」
「どうぞどうぞ、あ」
そして俺は咄嗟に、場所を大きく取ろうとした。
それは昨日見た、屈強なボディガードの存在を覚えていたからだ。だけども、今日はいない。
完全に、プライベートということなのか?
いや、あっちが大盛況で運営として働いているだけなのかもしれない!
まあでも、ここまで来たらもう十分。多くの人はいるし、後ろを見れば声を聞きつけてやってきた人たちもいた。
まあ、十分な成果だ。
「じゃあ! 最初にわたしが唄っていたのを、二人で!」
静奈ちゃんが唄っていた、故郷のお母さんが聴かせてくれたもの。
「いつまでも」
静奈ちゃんが唄っていた、曲。
かつての有名な詩だとおっちゃんは話していた。親が子を思う歌か……。
どことなく、昔のことを思い出してしまう。
最初のパートは、雪芽さんが唄っている。
こちらも、敢えてそうしている。
「泣くような日でも 側にいて あなたの面影思い出すの」
静奈ちゃんはさっきの曲でも吹っ切れたのか、感情がかなり高まっている。
目は、普段のそれではない。
俺は不覚にも、視界が危うくなっている。
瞼の星が零れそうになるのを必死に抑えながら、彼女たちにくぎ付けになっていた。
「出会えたことも ありがとう」
「紡いでいくの」
二人が唄いきると、今まで以上の歓声のシャワーが降り注ぐ。
「ようやったな」
「あ、はい。本当、二人はすごいっす」
「そうじゃねえ」
「へ?」
「若けえのがだ。本当に、演出のうまさもだ。それに彼女たちの進行も、滞りない。よほど練習したんだろう」
「そうっすね。彼女たちは輝いてます。それを阻害したくはないでしょう? 俺が考えられることはなんだってしますよ。まあ、実際にやるのは二人ですし」
ちょっと正面切って褒められることが照れくさい。
でも、それは正直な感想。
それに進行だの、色々な演出って言うのかな、それはこっちの世界で確立されていたものをアレンジしたに過ぎない。オタクだからこそ、よりこうだったら良いとか、そういうのを取り入れた。でも、まだまだしたいことはある。
「俺っちはよお」
「はい?」
やけに饒舌だな、昨日はそんな感じでもなかったのに。ただ言えるのは、この人はあらゆることに自信を持っていて、落ち着いている、思慮深いというものなのだろうか。おっちゃんとにはおっちゃんなりの良さがある。今も、オーディエンスと一緒になって騒いでいるから。この人は、それとは違う経営者としての冷静さを持っている。
「娯楽なんてのあ、余興にすぎねえと思っていた。わかるか? 分からねえよな。つまり人生に不必要なもんだってことだ。本当に価値のあるもんってのはな、いずれ分かんだ。例えば、いくら接客が良くても品質が悪けりゃ客は来ねえ。いくらツラが良くったって、能がないんじゃ仕事場では要らなくなる。つまり、物の本質が分かってくるんだ」
誰かさんのようにね、とでも言いたいのだろうか。
「他意はねえよ。でもよ、だから俺はこの娯楽禁止ってえ世の中は好きだった。ところが、そうでもねえ。色んな集客法が出来ちまった。だから、べたなことをした。今でも悪手だと思ってら。本質が、とか言っておきながら娯楽をやろうってんだから。お天道様も笑っちまうわいな」
「そんなことはないですよ。だって、今頃は」
「ああ、そうだな。こっちに来てるやつの方が多いんだからよ。今頃は終わってるだろうな」
「え?」
こっちのほうが、来ている人が多い?
「見てみろい。俺は今一人だ」
「ああ、護衛の人。でも、唐紐屋の方にいるんじゃ……」
「いんや。俺が来た時には人が多すぎてな。奴らは外に置いてきた。見てろ、てめえの後ろ」
そう言われて、扉のさらに後ろの方へ、身体を傾けて奥を見てみる。
そこには、何人来ているのか分からないほどの群衆。
何が行われているのだという人たちばかりかとおもっていたが、中には拍手をしたり、さっきの歌はどういう歌詞だったとか言っている人たちもいた。
あの位置では、全部は聴こえなかったのだろうか。
「す、すごい……」
「物事には本質がある。あの子たちは、確かにすごい原石だ。だけどもな、その本質を見抜いて使えるようにすんのは若いの、てめえのしたことだ」
どくん、と胸が締め付けられるような気持になった。
そして、その胸には炎のように何かが燃え上がるような高まりを感じた。
「俺、もっとあの子たちを大きくします!」
「そうかい」
それだけ言うと、にやっと笑って人波を避けながら外へ出て行った。
「みんな! 今日はありがとうございましたー!」
「また、こういうことをしたら……来るのよ!」
二人を迎えに行こう!
今日は、彼女たちを、自分もおっちゃんも、みんなを褒めあおう! そして美味い肉を食う!
「よ、演出家!」
「ぷる、ぷろでゅー……ってやつだろ! 今日はありがとうな!」
帰りの誘導中。
俺は、何人もの人に感謝をされてしまった。
「本日は! ありがとうございました!」
静奈ちゃんや雪芽さんみたいに、上手くは言えないかもしれない。
それでも、俺もみんなに感謝をせずにはいられなかった。