7話 輝く瞬間
ここまでは、本当に異様な日々を過ごした。
毎日が目まぐるしく過ぎて行って、とにかく二人の宣伝をずっとしていた。しかし、唐紐屋の知名度はとても高いはずだ。
唐紐屋は、出張などでこっちに来る人々や、町の人に聞いても、「ああ、あのお店ね」とポンと名前が出てくるような老舗だ。もちろん、竜照庵はここ最近で知名度を一気に上げた。
それでも、足元に及ぶだろうか、それは分からない。
競技ポーカーは、俺が昔いた世界でも、相当に流行っていた。
この世界でも、昔は盛んだったみたいで、隠れてたしなむ人たちが多くいたとのことだった。
もちろん、違法でね!!
それが堂々と解禁になったのだから、やらない手はない、ということだろう。
俺は、少し早く起きて日課を終わらせて今、この木の匂いがほんのりとする、立て付けの悪い戸の前に立っている。いつもはおっちゃんが、朝と開店前に開くのだけど、今日は俺がなんとなくそうしたくて仕方なかった。ここが俺のステージというわけではないけれど。
一気に取っ手を掴んで、一思いに左手に重みをかけてそのまま引いていく。
「おお」
声が出る。
眩い太陽の日差しが、黄金色に輝いて道の前に柱を作っていた。
そういえば、と思い出す。何とも不思議な記憶。
あれはまだ小学生の頃だった。
家族が、旅行に行くとか言って、朝早くに車を出すことになった。その時、眠気眼をこすりながら車に乗り込むとき、いつもの景色は違って見えた。
人のいない道。
新鮮な空気。赤ではなく、オレンジ、橙に近いような日の光。
見慣れた通学路でさえ、冒険の道へと続く道しるべのようにすら感じた。
あの時の夢はなんだったのか忘れてしまった。
サッカー選手だったか、どうだったか。
でも、今の俺は、夢を見ている。
二人に出会って、確実に。
俺は元の世界でも、ダメダメな人間だった。この世界でも、結局は軍を追放された。
俺は輝けない存在なのかもしれない。でも、人を輝かせるということだけは、今胸を張って俺の夢であり、叶えたいことだと言える。
だからこそ、唐紐屋に俺は宣戦布告するようなことをした。
絶対に、あの子たちはたくさんのお客を集めてくれる。
「なあにを感傷に浸っているのかしら?」
気づくと、雪芽さんが後ろに立っていた。
「そんな小難しい顔をしてえ」
と、耳元で囁いてくる。もちろん、その小顔をいっぱいに近づけて、だ!
「ちょちょちょっと! いきなりその、なんですか!」
雪芽さんの話す時の吐息、それを敏感に耳でキャッチしてしまった……。
あかんで、これはあかん!
俺は一気にその緊張が解けてしまった。
「雄一は、演出家とかさ。ええとぷろでゅさーって言ってたじゃない? わたくしたちを送り出すときは頼りになるんだけれど、分からない人ね」
そう言って、小指を口元にあてて、いたずら気に笑っている。
きっと俺のことを解そうとしていたに違いない。多分だけれどもね!
「もっと頼ってくれても良いんだけれども!」
と、わざと胸を張ってそう答える。
「でも、それは性に合わないから。静奈ちゃんや、雪芽さんが素の自分を出して戦っているのに、俺が柄にもなく偉そうにしていたら、それはおかしいでしょう?」
「あら」
うふふ、と笑うと、雪芽さんはどこか満足そうな顔をして俺に手招きをする。
「さ、もう良いんじゃないかしらあ? 朝ごはんでも食べて、力をつけるのよお」
「あ、確かに。言われてみればお腹が空いてきた……。ああ、そうしたら直ぐに開店。昼過ぎにはもう、ライブだあ」
やるのは自分たちなんだから、と言わないで優しく微笑みかけてくれるところは本当に助かる。
こういう役目は、本来俺がやるものなんけれどもね。今日だけは、今日だけは自分を許そう!
まず、やることは飯を食う! それに尽きる!
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開店してからは、中々に忙しかった。
そしてじわじわと近づく、ライブの時間。
もちろん、一本向こうでは唐紐屋のポーカー大会が開催されている。こちらは、伝統の博打、だったけども競技ということ、賞金の高さからも人気は必至だろう。
そして、俺は気づく。
店内に……男性客が圧倒的に多い! しかもまだライブの時間的には早いというのに!
今日は、お昼過ぎから十五分くらい。少しだけお店を閉めて、準備をする。
ライブを聴くお客さんは、その間に外に出て並んでもらい、中に入っておっちゃんの料理を食べながら二人を待つという流れだ。
しかし! しかしだ! 本来なら、ライブを聴くなら昼過ぎに来て、準備中に並んだ方が得。
だというのに、今この段階で男性客が多い!
つまりこうだとも考えられる。
この後は、仕事を休むか抜けて、唐紐屋のイベントに参加する。ということであれば、ライブは観られない。ならば、今のうちに彼女たちを一回見ておこう、ということでは!?
ああああああああ、そうなると結構きついぞおお……。
「よお。どうだ?」
カウンターで、おっちゃんに怪しまれながら変な悲鳴を上げている俺に、肩をポンと置いてきた男。
「ああ! バイエンスさんとイングシュさん!」
「よう、中々に話題になってるじゃねえのよ」
がはは、と豪快な笑い方で、バイエンスさんは俺に声を掛けてくれた。
「今日は、また俺たちも楽しみにしてるよ」
イングシュさんも、負けじとその体を揺らしながら続いた。
「二人とも、来てくれたんですね!」
「そりゃあもう。ただ、唐紐屋がちょっと厄介みてえだな」
そう他人には思えるのかもしれない。
ただ、実際にはこっちが向こうの日にイベントをぶつけたというだけだった。そ、それに関してはあえて触れないでいておこう……うん。
「そうっすね、でもまあまあね! ちなみに二人はこのあとは?」
一応気にはなっているので聞いてみる。
確かこの人たちも、そういった博打っぽいことに興味があるようなことを話していたし……これは一応聞いておかねば、ならない。
「ああ、お仕事よ」
「そうそう、いやんなっちゃうよねえ。ほんと。ああ、もちろん仕事がなければこっちに来る予定だったんだぜ?」
まあ、そう言ってくれるのは嬉しい。
それに、この人たちがあえてこっちを選択してくれるというのなら、互角の勝負をすることが出来るのではないか! もうこっちは定員の四十人くらいが来て、立ちながらで十人。
五十人が来れば勝ちだとみても良い。
それを一つの数字として今後の参考にしたい。今のこの子たちで、どれだけやれるのかを見てみたい。
バイエンスさんとイングシュさんは、いつものメニューを堪能した後に、一気に走って去ってしまった。職場はこの先の直ぐだから、そんなに急ぐ必要はないのだが……ちょっと怪しい。
静奈ちゃんと雪芽さんはそれまでも、変わらない接客をし続けていた。気にしすぎているのは、俺だけなのか? ああ、いかんいかん! こうしている間にも、もう時間は近づいている。
そして、一時店を閉める時となったのだった。
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あああああああああああ!
外は、ざわめきの声がする。
もうあとは、この扉を開けて、招き入れるだけ。そして、今日のセットメニュー(おっちゃんの団子と自慢のお茶のセットという変わり映えのないもの)を出すというだけの状態だ。
「じゃあ、開けるぞ……」
おっちゃんはそう言う。
今日は、机を敢えて縦の方向に並べて、真ん中の通路を作ってある。
二人は奥から、ちらちらとこちらを眺めている。
きっと何人かはいるはずだ。
これだけの声がする。二十人はいる。心配はするな! 心配はするなああああ!
唐紐屋への偵察はしていない。
さあ! 来い! 来い!
おっちゃんが、声を詰まらせた。
「ど、どうぞお」
俺もその光景に息をのんだ。
ああ、きっと、なんだろう。こういうことって、あるのか。
そこには、溢れんばかりの人がいた。
それはもう、入らないんじゃないかっていうくらいに。
五十人? そんなもんでは語れない。倍近くはいるんじゃないか?
「な、何をぼさっとしてるんじゃ! 案内せえ」
「あ、は、はい」
一組一組を案内する。おそらくは、立ち見の人も出てくるだろう。
それは仕方あるまい。だけれど、この問題もいずれは解決しておきたい。
「また会ったなあ」
そう言ってきたのは、バイエンスさんとイングシュさん。
「あ、あれ。さっきはお仕事に行くって」
「やあ、二人を見ていたらなあ。やっぱり、見てみたいって思ったのよ」
「だから仕事を抜け出してきちゃったっていうね」
「ああ、なる、ほどお」
俺は感謝やら、呆気にとられるやらでよくわからない感情になっている。
こんなに明るい、良い人たちが他にいるだろうか? こういった人たちがいるから、支えられる。逆に言えば、アイドルがやっていけるのは、こうしたファンがいてくれるからなのかもしれない。
大事にしなくちゃなあ。
そして、二人が奥から出てくると、会場はわきに沸く!
そしてその興奮の渦がどんどん広がっていく。
こんなヒートアップは今までにもなかったぞ、おいおい。
俺はおっちゃんとは反対側の、入り口に近い方向で二人を見守る。
ふふふ、気づいたか。
今日は、この日のために衣装は二人とも着物にしてみた。
以前、雪芽さんのいた部屋から出てきたものだ。
そして、その色も今日は静奈ちゃんが赤、そして雪芽さんはまさに純白にした。
これは静奈ちゃんに、雪芽さんが前にしていた色を合わせて、そのギャップも取り入れてみた。
さあ! 向こうはどれだけいるのかわからない! だが、こっちはそれ以上に大盛況だ!
「今日は来てくれてありがとうございまーす!」
「時間は少しでも、楽しんでいってねえ?」
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
す、すげえ……
これが二人のパワーか! まぶしい!
そして、今センターラインに二人が背中を合わせて並び立つ。
これは、ミサちゃんたちがしていたお決まりのポーズ! クールさと、そして見栄えがとてもする。
特に二人のように、対照的で可愛く、美しい人たちなら猶更だ!
竜照庵の熱はもう止まらなくなっていた。