6話 勝負!
「こんなことってあるもんじゃのう」
と言うのはおっちゃんだった。
おっちゃんもすっかりこの生活に馴染んでしまったようだった。
つい少し前までは、二人でむさくるしい生活をしていたのに、何故か見渡せば正面には可愛い、そして美しい女性が二人もいる。
静奈ちゃんと、雪芽さんだ。
「どうなるか、人生は分からんものですよ」
本当にその通りだった。
軍人をクビになってから、ここでただのフリーターとして頑張っていた。それが今では、自分のPRで徐々に二人の人気も出てきて、この竜照庵も繁盛しつつあるという結果になっている。
いよいよ、こうした二人のことを大々的にアピールしていくべきなのかもしれない! そう考えたらすげえワクワクしてきたぞ!
「そうですね、まさか……わたしも、こんなに歌を多くの人の前で出来るなんて考えてもいませんでした!」
「わたくしもよお? こんな風に解放してもらったら、もうすぐに歌だのアイドルになって欲しいとか。本当に変わった人達と出会えて」
そう話しながら、俺たちは黙々と食事をする。
おっちゃんの炊いたごはんと、味噌のような、というかみそ汁は本当に美味しい。
「じゃがのう」
とおっちゃんは、食事をする箸を止めて腕を組んでうなり始めた。
「何か問題でも? あ、もしかして自分の料理がオマケみたいに扱われているんじゃないかってことっすか? みんな、おっちゃんの料理も美味いって言ってますから! がははははは!」
「いや、そうじゃないんじゃな」
「へ?」
「さっき、今日聞いたんじゃが」
「今日? 閉店間際に、ですか?」
「うむ」
静奈ちゃんも、心配そうにしておっちゃんの方を覗き込んでいる。
それだけ、重要な話ではないかと、俺たちも思った。
「どうやら、唐紐屋がのう。何やら一大行事を催すとかなんとかのう」
「唐紐屋が?」
俺はその店に聞き覚えがある。確か、老舗の服屋さんだった。和から洋までを幅広くそろえている。本当に種類が豊富なものだったが、昔にそこの社長、ようはトップが御用組という警察組織に逮捕されていた気がする。
まあ、だからといってそこの営業にはそこまで差支えはなかったようだが。
そんなところが、一体何をしようというのだろう。もちろん、娯楽がOKになってから、この町ではあまり大々的にイベントを取り入れているという話は聞いたことがない。
そろそろ、どこぞが動き出すころだとは思っていたけれど、どんなことをしようというのだろう。
「そうじゃ。何やら、あまり宜しくないものらしいが……」
「賭博、じゃないかい?」
雪芽さんが、目を瞑りながら何かを見透かしたかのようにそう告げる。
「ご明察ってわけじゃなあ」
「まあ、だいたい。いつの世も、こういう賭け事は好かれるものだからね」
「そ、そんな、良いんですか?」
静奈ちゃんは、おずおずと聞いてくる。
「一応は、合法じゃないっすか? 特に賭博行為はダメだ、とは言われてないんだから」
「そうじゃな。そんな規定はない」
しかし、これが大いに盛り上がってしまえば、それはそれで痛い。
どうにか、唐紐屋のイベントを、抑えることをしなくては……。
「それは、どんな賭博何ですか?」
「確か、カードを使って、役を作るものじゃったな」
「ポーカーじゃないか!」
「ああ、何か似たような名前じゃったわ」
なるほど。これは確かに、面白そうだ……ってそういう話ではない!
今までのフラストレーションがこういうもので一気に破裂するかもしれない。
特に、こういう競技性のあるものとなれば、ますますやろうという者たちが現れるだろう。
そうしたら……竜照庵にお客が寄り付かなくなってしまう!
「それはまずいっすねえ」
「唐紐屋が主催する、大会という形で行うみたいじゃ」
「優勝賞品は何なんですか?」
「参加者から得た参加料の何割かと、あとは唐紐屋の服の詰め合わせじゃそうだ」
「いらねええええええええええ!」
思わずそう言ってしまった。
「でも、それって賭博行為なのかな?」
「参加料はべらぼうに高いみたいじゃな。確か十五万……」
「ひえええええええええええええええ」
そ、そいつあ俺が軍人として新しい自分を追い求めていた時の月のお給料に匹敵する。
そんな参加料だったら、もし百人でも集まってしまえば……とてつもない金額になる。そりゃあ、当然これからも定期的にこういうことが催されれば、お客が取られるだけじゃないぞ、二人にとっても人気が取られてしまう。
しかし、よく考えろ!
この時だからこそ、ぶつけても良いんじゃないか? ライブを。
いや、このイベントの時だからこそぶつければ良い。
二人のユニットとして、歌を唄うんだ。
「それって、いつなんですか?」
「来週の、水曜日じゃったな」
「なら、あと五日間はありますね」
「それが……あ! まさか!」
「そうっすよ。よし! その日に、俺たちはライブをやる!」
「それは、唐紐屋への宣戦布告じゃよお。あそことは、そんなに揉めたくはないんじゃが……」
「何言ってるんすか! これは、この二人の真の支持者たちがどれだけいるのか、それを体現する絶好の機会っすよ。そして知らしめる。この町で、一体、どこのどういうものが娯楽なのかを」
「すごい迫力だねえ。そういう熱い男、あたくし好きよ」
雪芽さんからの賛成は得られた。
お世辞でも、こうやって言ってもらえると嬉しい。そして、それだけ俺は二人のことを信頼している。
「あ、あたしも。喧嘩は嫌ですけれど……。良いと思います。あの、歌は唄いたいので」
「よし! じゃあ、それでいきましょう! そうとなれば、明日からは宣伝をしますよ!」
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翌日の風呂掃除を丹念にこなした俺は、ライブの告知の貼り紙を店の前にした。
他にも、何枚も何枚も宣伝の紙を書いて、開店前に二人に直接配布するようにお願いをした。
多くの人が足を止めて見てくれたし、店内でも二人にライブの話をする人が増えていた。
だが当然……
「ああ、唐紐屋のやつと被っちゃってるかあ」
と、話すお客も一定数はいた。
この話は向こうにも伝わっているのだと思う。だけれど、ここは引かない! 攻めだ!
二日目は、積極的に二人のライブ!
突発的に行った。
俺はというと、彼女たちが拍手を浴びる中で、チラシを必死に書きまくっている。
これをまた明日には配って、何とかライブで多くの人に来てもらわなくてはならない!
それが、二人の自信にもきっと繋がっていくはずだから!
三日目には更なる攻勢に打って出た。
チラシの一番下に、二人の手書きの名前を載っけたものを配ってもらう。
二人とも、良い字を書いている。
静奈ちゃんは、丸っとしたような字で、愛らしさが伝わってくる。
反対に雪芽さんは、細い字だが達筆な文字を書く。よほど良い教育を受けていたのか! 書道何段の腕前してるんだよまったく!
そしてこれはかなりの効果を上げた。
あれよあれよと人がやってきて、瞬く間にチラシはなくなった。
ふふふ、そうだろう。
こういう、本人たちの直筆のものがあれば、それはまた欲しくなるというのが人間。
これはどんな世界だろうとも揺るがない事実!
そして文字はその人のことを表す鏡だって、書道の先生が昔、話をしていた!
更には、二人からの直接の手渡しだ。
これはどうしたって来るしかないだろう!
そしてライブの前日は、ちょうど材料の関係でお休み。
これは痛かったが、二人には、店の前に立ってもらって、声掛けをお願いする。
その罪悪感もあり、隣で俺も申し訳程度の呼びかけをする。
「二人とも、ごめんね。お休みなのに」
明日のライブのことも、また二人にお願いしなければならない秘策があるので、今日は午前中だけ最後の宣伝をしてもらうつもりだった。
「いやあいやあ」
そう言って近づいてくる、少しおっちゃんよりも背の低い、老獪な人物。
「げえええ」
それは、唐紐屋の旦那だった。
「あ、あの、その!」
あ、あかああああああああああん! これは、直接乗り込んでいらっしゃる。下手したら殺されてしまうかもしれねえ……。どうすんだよマジで。俺が店の前に立って、二人だけにしなかったことは幸いと言って良いのだろうか……。
「君か。確かに頼りなさそうだな。それに、軍隊もクビになりそうだ。そして、今は二人の子たちを、束ねている演出家? みたなものらしいじゃないか」
「あ、はあ、はい。というか、何で俺のことを……」
「うむ。意外と、若いのも名が売れているということさ。ただ、軍を解雇されたっというのはその前くらいからここでは話題ではあったからなあ」
「うわあ、何か、すっごい不名誉」
俺の顔はげんなりとしているのだろう……。あ~、嫌だ嫌だ。そんなレッテル貼られていたのかああ……。もう近所にお嫁になんかいけねえなあああ。
「あ! 明日! ライブやります! ライブっていうのは歌なんです! 美味しいお食事と歌を聴きに来てくださいね!」
静奈ちゃああああああああん! 何というタイミングでフェードインしちゃったのおお!
それは一番宣伝したらあかん人やああああああああああああ!
でも、なんだろう、純真で良い感じ……。
「ほう、ありがとうよ」
こちらもにっこり。
「のう、若いの」
「あ、はい……」
「わしらの行事を、潰しにきおったろ」
「あ、いや、そのですね」
こんなん狼狽するやんけええ……そして、後ろには屈強そうな男が二人。護身のためなのだろうか、いかにもといった人たちがいる。
「良い」
「は、はい?」
「良いじゃないか。そんなに若いののやっている歌、少女たちの表現。良いものだと、少しではあるが話は聞く」
「あ、ありがとうございます」
「で、あれば。当然、わしらの催しに直接ぶつけてくるのは至極当然。まっとう」
「はい!」
俺は直立不動。
「明日は、どうなるか期待しておるぞ。うちの、競技ポーカー大会か、そちらの歌か」
「あ、あの!」
俺は後ろをくるりと向いた、その旦那の背中に話しかける。
二人の少女は、俺たちのやり取りに気づかずに、他の人と話をしている。だから安心して言うことが出来る。
「うん?」
「明日、来てみてください」
アイドルになりませんか! とは言わない。
そりゃあそうだ。
その代わりに、言ってやった。
「絶対に感動しますよ。俺がやってること。俺は花形の軍隊は速攻でクビになりました。でも、今はこの子たちに俺も夢を見ています。何かしら、思うことがあるなら、見に来てください」
「ふん、気が向いたら、な。でも、だ」
そういうと、顔だけをこちらに向ける。
「非常に、興味はある。若いの。貴様の夢とやら、見せてみろ」
俺は大きく頷いた。
あの人は、悪い人ではないのだろう。それでも、今はライバルだ。
あんな大きな存在の人が相手なのは気が引けてしまうが、やるべきことは変わらない。
この子たちを信じて、より輝かせるということだけ。
「二人とも、そろそろ入ろっか! 秘策をやるよ! 秘策!」
俺は二人に声を掛ける。
明日の勝負、勝つのは俺たちだ!