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4話 新たな候補生

 静奈ちゃんが初めて即席ライブをやってから、数日はもう多くのお客が来る繁盛店になっていた。元は旅館なのだから、席は豊富にあるがさすがに俺たちだけでは手が回らず、未使用の机が並んでいるのが少し寂しくも思えた。それでも、この人の入りであるから素晴らしいことだ。

 完全に静奈ちゃんのお蔭なのであるが。


「今日も、言われちゃいました」


 閉店後に、俺たちは三人で食事を共にする。

 今日は魚料理だった。大豆のような豆を煮た後に潰して、麹などと合わせたということらしい(おっちゃん談)調味料をまとわせていて味噌の作り方をほぼ踏襲していて、と味が非常に良い。

 これはおっちゃんが作ったもので、田舎でよく出されるということだが、味が濃くてこの王都では長らく出ていないという。


「何をじゃい?」


 おっちゃんは、箸で魚を解して格闘しながら声を掛ける。


「歌はないんですかーって」


 ああ、とおっちゃんは言う。基本的には調理が専門だからこそ、あまりお客と話す機会はない。だからこそ、そういった声に気が付かなかったのだろう。


 ちら、とおっちゃんは俺を見つける。

 何か言えよ、という目配せだろうということは容易に想像がつく。


「そうだね、あれはかなり特異な場面だったからああするしかなかったんだ。でもね、毎日やるってなると静奈ちゃんも疲れちゃうでしょ? あと」


「あと、なんじゃ?」


「向こうが求めて求めて仕方のない、その欲求不満が最大限に高まった時にこそ! 次のライブをやるんだよ! まあ、これがライブと言えるのかは微妙だけどもね」


「そういう、ものなのでしょうか?」


 静奈ちゃんはこちらを見ながら、そう話す。


「どうしても、わたしは、その。こんなわたしの歌で良いなら、しても良いのかなって。そう思ってしまうんです」


「ああ、大丈夫だよ。彼らは静奈ちゃんに会えれば良いんだから。でもね、アイドルって存在はねえ! もう少し! ギリギリを攻めてしまって良いのさ! とはいえ、やっぱりどこかの機会にまた、ああいうことはしてみたいな。歌声喫茶って言うのかな」


「ほおん。よくわからんものじゃのう。その歌声なんちゃらってものは」


「まあまあ、いずれ分かりますから。でも、近くまた静奈ちゃんに歌ってもらえたらなって思ってるよ。それはきっと、お客さんも求めているし、初めて来たって人もきっと魅力にはまっていくはずだからね!」


「そういう、ものなのでしょうか?」


 静奈ちゃんは少し困ったという風に眉を八の字にして、人差し指をそっと頬に当てている。

 ううん、この子をこんなに近くで見ていられるだけでも幸せだ。さっきまでは、多くのお客が座っていた机だが、今だけはごく普通の食卓といった感じだ。


 元の世界でも両親は仕事が忙しくて、中々一緒に食事をすることなんぞなかった。当然、こうしたお金はアルバイトの給料からある程度は引かれているのだが、こうした温かみのある関係や食事は何物にも代えがたい。


「ほら、ぼさっとせんとはよう食べんか!」


「あ、はい!」


 周りも見ると、俺が最後までのんびりと魚を頬張っていた。


「今日の食器洗いは、雄一君にお願いするからのうう!」


 そう言って洗い場にさささっと移動すると、逃げるようにして上へあがってしまった。

 きっとあれは一番風呂を楽しもうとしているに違いない! 


 二階は俺とおっちゃんの部屋があり、間には誰も使用していない部屋が一つある。まあ、和風旅館で何十部屋もあるわけじゃないんだよね。ちなみに同じ階には風呂場もある。さずがは旅館とあってその広さは中々だ。

 ただし、掃除がまた大変で俺が朝起きてやる最初の仕事になっている。ちなみにお駄賃ももらているから、それはそれであり!


 三階には静奈ちゃんの部屋があるので、むさい男連中は二階に固まっているという状態だ。


「わたし、手伝いますよ!」


「ああ、良いよ。大丈夫。まだこっちに来たばかりなんだし、おっちゃんが多分風呂に入ってるからさ。次の準備でもしてきなよ。ああ、変な意味じゃなくてね!」


 純粋にそう思った。

 田舎から出てきたとはいえ、さすがに仕事が忙しくて精神的にも肉体的にも疲れていると思う。寝つきの悪い俺でさえ、夜にはすぐに眠れちゃうくらいなのだから。きっとこの子は相当の疲れがあるに相違ないはずだ。


「そう、ですか? では、お願いしますね」


「ん? うん、良いよ良いよ」


 何故だろうか? どことなく、悲しそうな、寂しそうな顔をしていたのは……。

 もしや! もうこんな場所は嫌だって、そう思っているのか!? 何なんだ、あの最後に見せた伏し目がちに去って行って。気になる。

 気になるが、皿洗いがある。

 俺が最後に風呂へ入って、それから静奈ちゃんの部屋に行こうか? いや、こういう場合は上官に報告しろって確か小隊長が言ってたな……。

 でもでも……。俺がおおおおおお、女の子の部屋に行ったら。


 それこそ! もうここから居なくなってしまうかも?!


「雄一君! 何しに来たの!」


「い、いや、あの、これは!」


「いきなり女の子の部屋に来るなんて最低! この軍人解雇野郎!」


 ぐ、軍人解雇野郎!!!

 ぐあああ、きつい。えぐるなあ! 俺の、悲しすぎる過去を……。


 やめておこう。きっ彼女は疲れているのよ、ボニータ。そう、だから俺がわざわざ話をしに行く必要はない、良いね? いえっさー! さあ、気合い入れて皿洗いをしようじゃねえか。

 そしてがっつりと寝ようじゃないか。今後のことは、お客の反応を見ながらだな! よし!俺も頑張るぞ!


_____________________________

_____________________

_______


 ふわふわとしている。

 意識が遠くから、段々と近づいてくるようだった。ああ、なんだこれえ……。そうか、俺は目覚めようとしているんだな。それがよく分かるぜ。


 しかし、何故だろうか。身体が変な揺らぎを……。

 そして目の前には、それは可愛い、白のパジャマを着た静奈ちゃんが。顔が近くて良いねえ~。

 この子は、あれか。和装だけでなく、こういう西洋式のパジャマも似合うのかあ。


 は! ってなんでえ! 静奈ちゃんが!


「起きて下さいいい!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 びっくりしたあ!!!

 どうしたし、静奈ちゃん!! 本当に目の前にいるとは考えてもいなかった。いや、それよりも正常な判断が出来ない。 な、何故この子がここにいるんだろう!


 記憶を戻して考えろ!

 あれから風呂に入って、それで、朝が面倒だからって軽く掃除をささっと済ませて。その後は疲労感で、布団にダイブしてから……記憶がない。

 つまり?


「俺って、寝ぼけて静奈ちゃんのとこに忍び込んだ!?」


「は、はい? ここは雄一さんのお部屋ですよ?」


「ああ! なんだ! なえるほどね! あはははははは!」


「ははは……」


 静奈ちゃんは顔を引きつらせている。それでも良かった。俺は犯罪なんて犯していない! 狼なんかこわくない!


「いやいや。何でここにいるんですか!」


 問題点はそこだ。何故、俺の部屋にいて隣で俺を揺すりながら起こしたというのだ!


「あの、実は。わたしの隣。物置らしいのですが。何か、音がするんです」


「おお……。静奈ちゃん」


「は、はい?」


「それはね、気のせいよ」


「ち、違います! 昨日から、ずっとなんですよ!」


 えええ……。まさかのホラーですかい?

 嫌っすよお、そんなん怖いに決まってるじゃないっすかあ……。


「と、とにかく来てくださいよお」


「で、でもお」


「こ、怖さをどうにかするのも、雄一さんのお仕事ですよお?」


「そ、そんなに業務は多岐にわたるんですかい?」


 でも、確かにアイドルをプロデュースするという立場であれば、これからはそっちにも力を注がねばならない! とすれば、この問題を解決するのは俺しかいないわけだ! よし!


「分かった。何とかしてみよう!」


__________________________

____________

____


「なんでえ、わしも起こされるんじゃあ」


「頼みますってえ。ここはおっちゃんの店なんだから」


「そんな心霊現象なんぞ聞いたこと……あったわ!」


「はあ?!」


「ええ!」


 俺と静奈ちゃんは声を上げてしまった。

 あるんかい! そんなの二年間聞いてなかったぞ。


「ああ、だって三階の話じゃったし。って、ほうほう」


「ほうほうじゃねえよ! そこ静奈ちゃんの部屋のあるとこじゃないか!」


「んなこと言ったってなあ。雄一君が来た時には、二階しか使ってなかったからのう」


 つまりは、それをすっかり忘れて、静奈ちゃんの部屋を三階にしちまったってところなんだろうな。

 でも、それは仕方ないことだ。同じ階にはさせられないだろうし。


「や、やっぱりそうなんじゃないですかあ」


 静奈ちゃんは怯えたように俺の後ろに回っている。

 そして何だろう、必死に服を引っ張る姿が愛らしい!


「そうそう、そういう物件じゃから安く買えたんじゃった」


「それもっと先に言えやああ!」


 そう言いながら俺たちは、静奈ちゃんの部屋の隣の……物置部屋に着いた。


「物置部屋とは知っていましたが。開けたことはなかったっすね」


「そうじゃな。じゃあ、雄一君、開けてみようか」


「いやいや。家主はおっちゃんじゃあないっすか! どうぞどうぞ!」


「何を言うか。若い奴に経験積ませてやろうと、そう考えておるのじゃ」


 と、一通りの問答をしていると。


 ドン、と音がする。


 シーン。


「どうするんすか、これえ」


「早う、早う! 襖を開けい!」


「嫌ですよ! もうこれは止めておきましょう! これはそっとしておきましょう!」


「出来るかい! わしも不安になるじゃろ!」


「わ、わたしからもお願いです~……」


 ええ~、本当に俺がやるしかないのかあ……。

 こんな何年も開けてないようなところを。明らかに、引き戸も年季が入っていて、引き戸の木の模様もどこか怖さを醸し出している。


 おっちゃんはランプを近づけて、取っ手が分かるように照らしてくれる。


「これ、おっちゃんは開けたことあるんすか」


「ないて。当たり前じゃろ」


 何が当たり前やねん! という気持ちはあったが、やらなければ寝られないし、これはイベントなんだ。これをクリアすれば、きっと信頼度が増すと! そういうイベント……。


「なんだあああああああああああ!」


 ガラッと一気に開く。


 急にどさっと影が倒れ込んでくる。

 俺はそれを除け切ることはできない!


(しまったああ、中に入ってたものが倒れてきたああ!)


 このままでは、そのまま下敷きになってしまう。と、なればもう俺は終わりということになってしまう。

 腰を落として、回避して逃れようとするが、もう遅い。何かがスローモーションに身体に寄って来る。

 硬いような痛みを……

 感じない。


 なんだろうか? この痛みのない、むしろ柔らかいような感覚。

 背中も、何かがあってぐっと聞き寄せられているような……。


「あ、あああ」


 よくよく見ると……女性!!!

 顔の隣にはかすかな息遣いを感じる。そして、俺は何者かによって抱きしめられながら倒れていることを理解した。それも、これは女性だ。何故なら、二つの膨らみをしっかりと感じ取ることが出来たからだ。


「こ、この子は、誰なんじゃ」


「だ、大丈夫ですか! 雄一さん!」


 とっさに倒れた俺の心配をしてくれる。あなたはどこまで淑女なんですか。


「ええっと、その。あ、あなたは」


 当然、俺は不安になる。

 それは誰しもが一緒だった。

 ずーっと開けていないところから、女の子が出て来たのだから。そりゃあただ者じゃあない。


「あたしは、雪芽ゆきめよ。長い間、ここに縛り付けられていた幽霊。誰かがここを開けて、あたくしを解放してくれるって信じていたわ」


 ゆっくりと立ち上がると、雪芽と名乗る亡霊は、俺に手を指し出した。

 その手を取り、雪芽の顔を見る。


「すげえ」


 髪は白髪の長め。目は青いように思う。西洋風、なのか? そしてさらに驚いたのはその身長の高さである。モデル体型と言えばいいのか。すらっと伸びた脚。和服で白装束に身を包んではいるが、透けた肌も色白で美しい。静奈ちゃんですら痩せているが、それよりもすらっとしている。


「き、君は、その幽霊なのか? 本当に?」


「あら、おじさま。それ以外に、あたくしを説明することが出来るかしら?」


 くすりと笑って、雪芽はそう答える。


「い、いやあ」


 おっちゃんは、そのまま口をパクパクさせている。


「あら、この子は初心で可愛いわね」


「い、いや! あの……その」


 静奈ちゃんの方を見て、そう言う。

 切れ長の目は、どこか妖艶で大人の女性といった感じで、静奈ちゃんとは少し違うタイプだ。


「ほら、あなたもちゃんと立ちなさい? わたくしを解放してくれたんだから」


 この子。

 この感覚。

 何か電流が俺のハートにひた走る。


 俺は手をひっこめた。


「君! 雪芽さん! アイドルになりませんか!」

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