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3話 そして緊急!初ライブ!

 人で繁盛した竜照庵は、活気に満ち溢れていた。当然といえばそうなのであるが、おっちゃんの作る団子は非常に美味しい。こっちの世界には、様々な国のものだと思われる料理がある。この茶屋は、その中でも和食に近いものを提供している。元の世界とは、その生地が少しお餅みたいに伸びやすいという点だ。


「本当に、目が回っちまうねえ」


 おっちゃんは、汗をかきながら出来上がったばかりのものを運ぼうとする俺に言ってくる。

 ものが出来上がると、おっちゃんはこのカウンターに置いていき、それを俺がひたすら運んでいく。


「もう、こんなことってないんじゃないですか?」


「かもしれんの~。本当に看板娘じゃよ、あの子はね」


 顎をしゃくっと、客席のほうへと向ける。

 その視線の先には、静奈ちゃんがオーダーを受けているところだった。その姿はまさに白衣の天使といったところであろうか。男女ともなく、彼女から流れ出す陽のオーラに見とれているようだった。


「じゃあ、おれ運んできます!」


 いつまでも静奈ちゃんを見ている場合ではない。それよりも、俺が注文をとろうとすると煙たがられるだなんてことがあってはならない! 負けてはいられないからな!


 しかし、静奈ちゃんもずっと接客などをして、一気に経験値が貯まったのだろうか、時間が経つにつれて仕事のスピードはみるみる上がっていった。

 あかん、あかんですよこれは!



 静奈ちゃんが注文をとって、俺がただの配膳係と化しているようだった。

 まあ、俺が注文をとるよりは良いのかね。

 清算は俺がやるのだが、みんな静奈ちゃんの方をしっかりと向いている。こっちにも気を掛けてもらいやしませんかねえ……。


 二人の役割も、決まってきたかのようなそんな時だった。


「ちょちょっとさ、雄一君」


「はい?」


 おっちゃんが、俺を呼ぶ。

 次のお客様の品物をお盆に乗っけながら、話を聞く。


「どうしたんすか?」


「いやあ。実はよ、材料が切れちまったんじゃ!」


「え!?」


「団子に使っていた粉がよ、さっき見たらもう残りが少なくなってて。結局、もう無くなっちまってのう」


「どうするんすか? 客の数は少なくなって来ましたけど、まだ並んでいる人は数組いますよ。それに今いるお客さんは、まだ注文を受けただけの人たちばかりですし」


 それもそうで、今並んでいる人たちは静奈ちゃんが目当てではない。単純に、何か人が並んでいる店があるから並んでみようか、という集団心理が働いたというだけである。その証拠に、彼らはここがどんなものを提供しているかを、まるで理解していないばかりか、明らかに首都へ出張に来ました! という感じの人たちだった。


「そう、だなあ。ちょうど、この後に業者が来て粉を持ってきてくれるんじゃ」


「それは、あとどのくらいでしょうか?」


「もうあと、一時間……ないくらいなんじゃがのう」


「なげええ! 地味に長い!」


「いや、まあほら。そうはいっても……ね?」


「ね? じゃねえよ! どうするんすか!」


「雄一君! 場を繋ぎたまえ。ここは幸いにして、昔旅館だったんじゃ。ちょうど、この雄一君が立っているところ。ここは宴会場だったんじゃ。わしのいる調理場は、その裏になる。雄一君の、転落人生の一つでも話したらどうじゃ!」


「そんな! 転落って! 軍を解雇されたことは俺にとってはとんでもない悲しみだというのに!」


「それしかないじゃろうが!」


「いやいや!」


「何の話ですか?」


 静奈ちゃんが、あまりに俺が遅いことに疑問を持ったようで、厨房と俺をの間にあるカウンターに手を置きながら、顔を覗き込ませる。


「あ、いやのう……」


 静奈ちゃんには心配をかけまいとしているのか、一向に話し出そうとしない。

 不安を与えてしまうと、きっと仕事にも影響が出てしまうと考えたのであろう。こういうあたりは、さずがに紳士だと思う。


「まあ、話しちゃいましょうよ。団子が主力だというのに、その粉がないんだとさ。そしてその粉はあと一時間近くしないとここには来ないっていうね」


「あら……そうだったんですか? どう、しましょう?」


「ここはもう、お客様に説明して待ってもらうとか。それが不可能ならば、帰ってもらうという選択肢しかないのかのう」


 う~~ん。

 

 だから致し方なく、俺が軍でいかに駄目であったのかを説明するという、世界一無駄な高座をしなければならないのだ、と言おうとしたとき。


 俺に天啓が走る。

 こういう時に、どすうるべきか? 


 ここにいるお客さん、それから並んでいる数組の人たち。

 何を求めてきたのだろうか?

 店内にいる人は、静奈ちゃんの接客が良いと思っているし、可愛い、美人だと思っている。

 並んでいる人たちは? 仕事で首都に来たという感じのしっかりとした服装をしていた。カットシャツのような格好だ。


 当然、この店のことは知らない。でもまた、来られたら良いと思えるためにはどうしたら良いのか?

 俺の話が聞きたいのか? 違うじゃないか!

 この場を俺が変えられるのか?


「お前には取り柄がないんだ!」


 小隊長の顔が浮かんでくる。

 確かに俺には、取り柄はない。でも、代わりに誰かの取り柄を引き立たせられることは出来るかもしれないじゃないか!


「静奈ちゃん! 歌おう! この人たちの前で!」


「え! この……人たちの前で?」


「そう! これぞライブだ!」



__________________________

_______________

______


「みなさーん!」


 俺は声を大にして、呼びかける。少し恥ずかしさに近いものはある。これだけ多くの人たちの顔がこちらに向けられているのだ。こんなことは、軍にいたときに叱られまくってみんなから後ろ指をさされていたとき以来だった。


 扉の後ろも開いて、おっちゃんが外にいたお客さんを中へと招き入れる。


「実はですねえ、お団子を作る粉がまだ届いておりません。多くの方々に、しばらくお時間を頂かなくてはいけなくなりました。そこでですね。本当は自分が前に軍人であった時の頃の話をしようとでも考えましたが、それはやめました」


 なんだなんだ、という感じでみんなが急に話し込み始めた。

 それでもまだまさか、本当にそんな小話をするんじゃないかと勘繰っているらしい。


「今日は、うちの看板娘であります。静奈ちゃんに、歌を唄ってもらおうと思っております!」


 すると、各テーブルから声が上がる。


「おおおお!」


「これは良いぜ!」


「娯楽が解禁されて、歌も出来るようになったんだっけか」


 みんな目を輝かせている。

 娯楽が禁止されてからは、歌なんか長らくみんな聞いてきていない。ただし、静奈ちゃんは別だった。密かに、母や祖母から、歌を聴いていたのだ。


「静奈ちゃん、お願いね」


 ここは昔、宴会場の舞台だった。

 だとすれば、ここはステージなのだ。そして静奈ちゃんが好きな歌を思いっきり出来る。そんなところに違いない。たぶん! 俺の采配よ、当たれえええええ!


 静奈ちゃんは、丸に竜の字のついた前掛けをしたまま、おずおずと調理場の方からやってくる。

 俺は、横の壁にそっと移動する。

 正面の戸には、おっちゃんが腕を組みながら見ている。娘を見るような顔つきで、険しい顔をしている。お前が緊張してどうするんだと。


「あの、昨日から。ここで働いています! 静奈と言います! き、今日は……。たまたま、こういうことになりまして、あの。つたないし、これは母が好きで。内緒でわたしに歌ってくれていたものです。あの、期待しないで聴いてください……」


 おおおおおおおお!


 野太い声だけでなく、女性の声もする。

 ここにいる誰もが、静奈ちゃんを見ている。距離はそんなに遠くはない。でも確かに、今ここにはラインが引かれている。ステージに立つ者の姿が。


 そして歌いだす。

 一つ、軽く呼吸をする。そして、身体全体が、少しだけ。ほんの少しだけ揺れた。


「いつまでも、いつまでも……」


 これは……


 弓の張りのような、細くて芯のある声だった。それでも声量がある。

 どこまでも伸びやかで、泉から湧き出る清水のように言葉が紡がれていく。

 両手を胸の前で合わせながら、音程を取っている。



「これはね」


 気づくと、壁にもたれていた俺の横に、おっちゃんがいた。


「有名な詩なんじゃよ」


「詩、ですか?」


「うむ。詩を、少し読みくだいて。曲をつけたんじゃ」


「自分で?」


「それは分からぬ。でも、これは母親が自分の娘への愛を綴ったもの。変わらずに、あなたを愛しているよ、っていう。そういうものじゃ」


「そう、なんですか」


 ちらと、ギャラリーを見て、俺はさらに驚いた。

 あれだけ、さっき煽っていたように声を上げていた男たちが、みんな真剣な顔をして静奈ちゃんの歌に聞き入っていた。それだけではない、女性の方は涙を浮かべている人までいる。


「愛を紡いでいくの、そう、いつまでも……」


 静奈ちゃんは伸びやかに、数分の曲を歌い上げる。

 すうっと、最後に息を吐いて。



 しーん、と静まり返る。

 となったのもつかの間。


「なんて、歌声だ」


 一斉の割れんばかりの拍手。その渦の中に静奈ちゃんはいた。


「すごい!」


「なんてもんだ! 歌ってこんなに凄いのか!」


「可愛くて、こんな良い歌を唄えるのかよ!」


「あたしなんて思わず、故郷に帰りたくなっちゃった」


 全ての人たちが静奈ちゃんに惜しみない拍手を送っている。

 俺も、割れんばかりの拍手を送った。

 俺は見えた。確実に今、あのスーパーアイドルである、ミサの姿を静奈ちゃんに見た。


 よく見ると、戸のそばには粉を持ってきた運送の人が来ていた。

 彼もまた、粉の入った袋を地面に置いたまま拍手をしている。


「案外早くきおったわいな」


 にやりと、おっちゃんは笑った。


「ええ。良かったですよ。でも、それより良かったこと。見てくださいよ、静奈ちゃんの顔」


「む? ほう」


 静奈ちゃんは、緊張していた糸が切れたのか、顔を赤らめながらもとびっきりの笑顔をみんなに向けていた。


「あの子の歌も良かった。じゃがまあ、ここは雄一君の判断力も良かった。魅力に気づいて、それを発揮させる。そういうところかのう。やるじゃないか。演出家雄一よ」


「そうだ!お前の前振りも良かったぞ!」


「頼りないけど、あんたも良かったよ!」


 おっちゃんのことを聞いたテンションの高い人たちが、俺にも声を掛けてくれた。


「いやあ、俺は何もしてないので」


 少し俺も照れくさい気持ちになったが、そんなことはどうでも良い。

 長く、静奈ちゃんがみんなから拍手を受け、声援を浴びているところを見ていたかった。

 

 俺と静奈ちゃんは、その後も観客からも惜しみない拍手をもらった。


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