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2話 うちの看板娘さん!

 娯楽が解禁されてからというもの、町は慌ただしくなっている。

 色んな店ではイベントごとが開催される予定だとはいうが、どの人たちもみな首を傾げるばかりで、何をしたら良いかわからない、といった調子だった。


「それもそうじゃろう」


 開店前に、おっちゃんは俺に話した。


「もう、この国には百年近くも娯楽は行われて来なかったんじゃ。当然ながら、何かを催そうとしてもこれだ、という考えなんぞ出ては来ぬ」


「はあ、そんなもんですか」


 相変らず朝が苦手な俺は、気のない返事をする。しかし、今日は違う! 正確に言えば「今日から」は違うということだ! それは……


「あの、これ似合ってるでしょうか?」


「ほお」


「いやあ……素晴らしい!」


 割烹着のような和装に身を包んだ静奈ちゃんは、もはや看板娘のそれである。本当に何かのドラマの撮影の衣装のようだ。いや、半ばもうこれはコスプレなのかも知れない。いやあ、眼福眼福。


 昨日から晴れて一緒に部屋住みということで、ここで働くことが決まった。というもの、家事までてきぱきとこなして、早くも俺の出番が失われつつあった。

 そして今日が静奈ちゃんの竜照庵でのメイクデビュー戦だというのだ。


「変じゃないのなら、良かったです!」


「ああ、本当にこの子がこんな糞みたいな茶屋に来たのは奇跡だ!」


「糞みてえってなんだよ!」


 ぶつくさ言いながらも、その顔はどこかにこやかで、意気揚々と暖簾を店の前に立てに行く。もう、このくらいの時間になると、開店になる。

 とはいっても、そんなに人がすぐに来るわけではないし、繁盛店でもないからまだのんびりと出来る。


「あのお……」


 おずおずと静奈ちゃんは、俺の服を引っ張る。俺は普通のシャツを着ている。今日は思いっきり、緑で前掛けを一応はしている。この前掛けには、丸に「竜」の字が入っていて、まあこれが恥ずかしい。


「あ、どうしたのかな?」


 あの後、静奈ちゃんの指導係を命じられたのだが、すっかり彼女は昨日アイドルに誘ったことで怯えてしまったような感じだった。それもそうだよなあ。いきなり、アイドルをしようだなんて、渋谷でもこんな直球なスカウトしないだろうしなあ。強引だったのかなあ。つい、勢いで突っ走っちゃう時があるからなあ。


「その、あいどる……とはなんでしょう?」


「う~ん、夢を見せるための憧れの存在だよ」


「憧れ、ですか?」


「そう、憧れ。みんなのね。時には男オトコしい連中から、はたまた女の子の美しさ、可愛さの象徴としての憧れみたいなものかな?」


「ふああ」


 静奈ちゃんは顔を赤らめて、両手を頬に押し当てたまましゃがみ込んでしまった。

 こういう仕草がベリべリにグッドなんだよな~! こういう純粋な子が今は少なくなってきたんだ! それはどの世界だろうと変わりはないんだね!


「まあ、あの時はかなり強めな言い方をしちゃったから、驚いたと思うんだけど。どうだろう? みんなの前で歌をしてみたりとかも出来るしさ?」


 あえて優しく言ってみる。

 昨日はそれで失敗しちゃったからな! あのあと源三郎のおっちゃんにもお灸を据えられたからな……。

 そもそも俺はい女の子との接し方なんてあんまり知らないんだよお。


「あの、歌は、好きではありますけど。あたしみたいなのが、その……夢とか。そんな、大それたことは……多分。ううん、きっと出来ないと思うんです」


「いやいや、そんなことは!」


 静奈ちゃんは間違いなく自分の魅力に気づいていない系の女子だ! だからこそ、その魅力に気づいてもらうしかない! もちろん、俺がこの世界でこれからちゃんと正社員という扱いでここに住まうためには、店の繁盛は必要だ。しかし、それ以上の期待感が俺にはある。


「おい! 何話してんだい! もうとっくにお客は来てんだよ!」


 おっちゃんからの怒号が飛ぶ。

 調理は基本的に、おっちゃんの担当だ。お団子だとか、五平餅を出す本当の茶屋だ。

 西洋風の人もいるこの世界だが、この美味さはどの世界も共通のものらしい。幸いにして、食文化がほとんど変化なくて良かった。というか、一番和風なお店だったりしたというのも、ここを選んだ理由の一つだ。

 

 また、旅館ということもあり、客席数はそこそこある。ま、これが全て埋まったためしはないのだが。


「いらっしゃいませ!」


 俺は営業スマイルで、二人組の男性客を相手にする。


「やあ、雄一」


「おっす!」


 そう手を挙げて会釈をするのは、作業員のバイエンスさんと、イングシュさんだった。年齢は四十を優に過ぎたくらいだと言っていたけれど、正確なものは知らない。

 俺がここに来た頃からの常連さんで、まさに成長をずっと見てきた人だった。


「今日は何にしますか?」


「いつもの。団子を五本ずつね。あとは美味しい水で!」


「はい! 分かりました!」


「それにしても、おい」


 バイエンスさんは日に焼けた立派な筋肉質な身体を揺らして、静奈ちゃんを指さす。


「何ですか?」


「じいさんから新しい子が入るかもしれないって、昨日聞いたんだけどよ。すっげえ美人じゃねえのよ」


「ああ、そうですよねえ! そう思いますよねえ!」


 そりゃそうだ。俺が可愛いと認めた少女なのだから! 当たり前のことだ!


「うん。ここの町では文句なしの一番じゃない?」


 イングシュさんは、バイエンスさんほどの筋肉はないが、締まった体をしていて切れ長の目が、まさにマッチョ英国紳士といった感じだ。


「そうですよねえ」


 そうだろう。俺の目には狂いはない。だいたい、向こうの世界でも、すぐにセンターになる子を予想することが出来た。見抜く才能は長けていると思う。あとはお盆運びね!


 二人の相手をしている最中も、静奈ちゃんはおどおどとこちらを見ているだけだった。


___________________________

_________________

_______



「じゃあ、向こうの二人に、これ運んでくれるかな?」


「は、はい!」


 初仕事を静奈ちゃんに任せる。少し不安だけど大丈夫だろう。たどたどしい運び方だった。物を運ぶときは手元ではなく、その先を見なければならない。これ、きっと人生もそうなんだと思う。


「おう、ありがとさん!」


「味がまたひと味違って美味しくなるかもね」


 二人とも、彼女に優しく接してくれた。それが、余計に嬉しかったのか、静奈ちゃんも笑顔で接客をしている。とても、作った表情だとは思えない。こういう、素直なところは彼女の良い所なのだろう。


 やがて、静奈ちゃんはとてとてとこちらへ向かって歩いてくる。


「良かったよ!」


 俺は親指を立ててグッド! と言ってあげる。


「褒めてくださっているのですよね! ありがとうございます!」


 そう言って頭を下げると、またあの綺麗なさらっとした髪が頭の両方から垂れている。それが非常に美しく思えた。


「いやあ、美味いっちゃうまいんだがよ」


「はい?」


バイエンスさんはお金を払うときに、片づけをしている静奈ちゃんには聞こえないように俺に囁いた。


「看板娘としては出来すぎじゃないのか?」


「はい! 全くで。色々と考えていることもたくさんあります」


 そう、しかし、この店はいかんせん小さい。他にはもっと大きな茶屋がある。静奈ちゃんのことは誰も知らないのだ。これではアイドルも作れないではないか!


「どれ。俺っちが、少し宣伝してきてやるよ」


「こいつは人脈は広いからな!」


 イングシュさんが、バイエンスさんの横っ腹を指で突きながらそう話す。


「ありがとうございます! ね、静奈ちゃん」


 皿を片付けていた静奈ちゃんに呼びかける。


「はい?」


「この人たちが、静奈ちゃんをみんなに知ってもらえるように宣伝してくれるんだってさ!」


「おう! 色んなやつに声かけておいてやるからな!」


「そ、そんな……。わたしなんかがいるって分かっても。何にもなりませんよ?」


「大丈夫。間違いなく、この町で一番の美女だよ」


 イングシュさんも、頭をかいて恥ずかしそうにそう言ってくれる。


「そ、そうでしょうか?」


「みんな、静奈ちゃんが初めてながら一生懸命に働く姿を見て、この後も仕事が出来るって言ってくれてるよ!」


「ほ、本当ですか?」


 静奈ちゃんの顔がほころんだ。あながち、いやでもないっぽい。これで嫌な顔をしたら、アイドルを作るどころじゃなくなっちゃうからな。


「ああ! そうだな! そんな気がするぜ! ありがとよ!」


「あわわ。何と言って良いのか……恥ずかしいです!」


「んじゃあ、また来るわ!」


 二人が仕事へと戻った後も、静奈ちゃんは接客をこなしていった。それはもう、俺よりもとびっきり綺麗な笑顔で。裏表のない屈託な表情で。

 あの子がファーストフード店で働いていたら、間違いなくサイドメニューも頼んでしまっただろうな。


 おっちゃんも、相変わらずの平常運転でその日も程よく、ぼちぼちと人が来て営業が終わった。


 まあ、アイドルがどうのより、こういう生活も悪くはないか!

 

 特に静奈ちゃんに注意することもなかったので、俺たちは、いつものようにおっちゃんが作る夕食に舌鼓を打って早々に寝てしまった。そう、何も考えずに。


___________________________

_____________

_____


「ああああああああああああああ」


 おっちゃんの声がする。


 準備も終了して、さあ、開店だ! とおっちゃんが暖簾を掛けに外へ出た瞬間だった。


 俺は慌てて外へ飛び出した。


「どうしたんすか! おっちゃん!」


「あ、ああああ、ああ」


 そしてその光景に驚いた。


「なんじゃああああああああああああ」


 外は、人人人人である。狭い路地ではあるから、正確な人数は分からないが、ざっと五十人くらいだろうか、人で溢れている。


「こ、これは……。雄一君! 何をしたのか言ってみなさい!」


「いや、知らないっすよ」


「もう! 軍を解雇された次は、うちもクビになりたいのかい! この人だかり……。打ちこわしじゃあ」


「んなわけないでしょ! 壊しても何も出てこないんだから、こんなとこ!」


「なあにいい! 出てくらあ! たぶんなあああ!」


 すると、ひょこっと静奈ちゃんが俺の後ろから顔を覗かせる。


「おおおおおおお!!!」


 湧いたのは、客の方だった。


「確かに美人だ!」


「愛嬌のありそうな子ね!」


「こいつア、逸材だなあ」


 そんな声が方々から聞こえる。

 ということは静奈ちゃんがお目当てなのか?

 それにしても一体、なぜにこんなに広まっているんだ?


「いやあ、すまねえ」


 ばつが悪いと言わんがばかりに、大男が前に歩んできた。


「バイエンスさん!」


「みんなにこの茶屋の話をしたら、広まっちまった! すまん!」


 頭を下げるバイエンスさん。


「おやおや。まあ、発端はバイエンスさんだったとは」


「それにしたって、こんなに噂になるものですか!」


「まあ、それでもやるしかないよ。それが茶屋魂じゃよ、雄一君! さあ! 店を開こう! こんな日はないのじゃから! 今日は忙しくなるぞい!」


 目が爛々としていらっしゃる。この人もよほど嬉しかったと見えるな。


「お、おお~」


「はーい!」


 やけに静奈ちゃんはやる気に満ちていた。


「大丈夫? 今日、忙しくなるよ?」


「はい! 大丈夫です! 昨日、あの方が言ってくれました。あたしで元気になれるんだって。だから、今日もたくさんの人にそうやってしてあげたいんです!」


 くああああああああああああああ!

 これは、これは! オーーーーーラが出とるで! 俺が推しである『スカイジュエリーズ』のミサちゃんを初めて見た時のような感覚! 彼女はその後、一気にスターダムを駆け上がっていった。


 この子は、この子は……。

 アイドル道が何であるかを理解している!!


 そして、開店から竜照庵は俺が来てから初めてとなる満員御礼状態になっていた。

 えらいことになった。

 思ってもみない形で、これだけの人が来て、静奈ちゃんの笑顔にみんなが浄化されていく。


 でもこれって、俺は不要になるということじゃあないか! 見てろい! 俺の運び精神の全てを!


 俺は思う。この子は、天性のアイドルとしての素質を持っている。そして彼女はそれを生かしたいとも考えているはずだ。俺の手腕を、発揮する時が来たようだ。


「おい! 雄一君! にやにやしてないで、早くあちらの方のご注文を聞きなさい!」


「あ、はい! ただいま~」


 そして、その機会は、割とすぐに訪れてしまうのであった。

 



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