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アオハル・ガード  作者: k.はる
File No.1 メッキの笑顔
3/3

2 ―初依頼―

『マリ、依頼が来たからあの場所に来てちょうだい』

 そんなメッセージを受けて部屋を出た僕が向かうのは集会の場となっているとある『建物』。そう、『建物』である。組織機密の都合上、こう書くことしかできない。それは僕が今住んでいるところも同じで、『部屋』としか言えない。それがアパートやマンションの一室なのか、一軒家の一室なのか、はたまた組織員の人たちが住む隠れ家があるのか、あるいは……いや、このまま続けているうちに露呈してしまいそうだから控えておこう。ちなみに僕が今並べたいずれの可能性も有り得ることだけは明記しておこう。僕がそのどれに当たるかは別として、それらに住んでいる人が居ることは知っている。出せる情報はここまでだ。

 さて、あと必要なのは……この『マリ』と言う呼び名のことだろうか。あれほど大事なことのように思えた名前の件だが、結局苗字と名前の頭文字を取ったものになった。なんとも女らしい名前だけど……もともとの名前も女っぽいって言われることもあったし、もう気にしないよ…………うん。

 そんなこんなで『建物』に辿り着くと、入り口であの少女が待っていた。

「おはよ、マリ。あの時間に既読が付いたにしては早かったじゃない」

 たしかに僕は何も返信していないけれど、でも既読をつけた時間が分かるってことは――――。

「とりあえず付いて来て。詳しい話は中でしましょ」

 気にしないでおこう。きっとそれが良い。

 『建物』に入ると直ぐに受付のようなものがあった。まるでどこかのホテルや企業のオフィスに居る気分だった。

「お、見栄張りのミエじゃんか!」

「ほんとだ、(しばら)く見ないと思ったら、今日は彼氏見せに来たのか~?」

 野次は明らかに少女へ向いている。出会ったその日に一度、この『建物』に来ているのだが、その道中に、少女の呼び名は『ミエ』であることを聞き出した。躊躇(ためら)ったのは、こう(いじ)られるのが嫌だったのか。

 そんな言葉を受けた少女――ミエはと言うと、

「こっち来て」

 受付を終えたのか、何かを受け取って歩き出す。あくまで野次連中は放っておくようだ。

「おいおい無視か~? つれないな~」

「まったくだ」

 背を向けても続くその声は、止むよりも離れて聞こえなくなる方が先だった。

「何で男はこう、面倒なのかしらね……」

 それを男である僕に言われても困る。

「話したいならそう言えば良いのに。ま、あの人達と連む気はないけどね」

 見かけに(そぐ)わないことを言い出すがなるほど、あれは茶化して意地悪しようとしていたのではなくて気を引こうとしていたのか。男って子供だな……なんて僕が思うのも変な話なんだけど。

「あ、マリは大丈夫よ! なんかこう……女の子っぽいところあるし?」

 それは名前のせいではないだろうか。この呼び名はミエが決めたものだというのに。でも、もしかして容姿や仕草、言葉遣いが女の子っぽいってことなのかな……。そう言われるくらいなら名前の方が良いかも。

「それはおいといて」

 話題を逸らされた。

「こんな相談が来たのよ」

 そう言いながらミエは一枚の紙を見せてくる。

 色々書いてあるが、まとめると――――

「恋愛相談ね」

「違くないですか!?」

「そうかしら? あと、畏まらなくて良いのよ。疲れちゃうから」

「分かりま――分かった」

 この丁寧語みたいな口調は別にわざとではないのだけれど……、ミエに疲れると言われては仕方ない。

「それで、これが恋愛相談じゃないって言うなら、一体何だと思うのよ」

「そう言われると難しいけど……」

 要は心優しい少年が他人の苦労を知って労いたいと思ったのは良いけど何をすれば良いか分からない、といった感じ。話したいとか近づきたいとかではないし、何より、こうしてあげたいって言う利己的ではないことなのだから。

「ただの相談じゃないかな?」

「これだから男子は鈍感なのね……」

「ん?」

「自分の気持ちにも気付けないならどうしようもないってことよ」

 納得には欠けるけど、ミエは少年が『あの人』に自覚なき恋を抱いていると考えているらしい。相談BOXの横に設置してある紙には必須として差出人の名前と性別、またその他連絡を取るための情報などは任意であるが、これらを書くスペースがある。今回届いた紙には必須情報の他にメールアドレスが書いてあった。僕が依頼主を『少年』と呼んでいるのは、この情報と、相談内容から中高生であることが想像できるからだ。しかし『あの人』の性別は分からない。同性かもしれないし、もしかすると先生などと言う可能性もある。

「わかる人にはわかるのよ」

 うーん、判らない。つまり僕はわからない人なのだろう。

「でもマリが似たような性格なのは助かるわ」

 似てる? 助かる??

 頭の上にどんどんハテナが浮かぶものの、ミエには見えないのか、それともただ気にしていないのか、そのまま話を進めようとする。きっと後者なのは薄々感じているけれど。

「とりあえず、この件の目標は二人を結ぶことね」

 さらっととんでも発言をするミエだが、こうなることはある程度予想できていたことだからあまり驚いていなかったりする。

「反応が薄いわね」

「何となく流れが分かったからね」

 何を望んでいたかは知らないが、思い通り行かず悄気(しょげ)るミエに掛ける言葉が見つからない。もっとも、見付けたところでそれを口にする勇気はあいにく持ち合わせていないのだけれど。

「まあ良いわ。話を戻すわよ」

 続きを聞いて一つ、分かったことがあった。なんとミエは既に依頼主と直接会っているらしい。なるほどそれなら文字に現れない感情や想いを()みとることができるだろう。

 それにしても、例えミエが戸籍のある面会役(?)だからって、女の子が一人で男子と会うなんて――――と声に漏らすとミエに食いつかれてしまった。

「子供扱いしないでよ! 私十六よ!?」

 …………同い年だった。

「してないよ。それに、言動が大人っぽいから年上だと思ってた」

「――――っ! 何よ、おばさんだって言いたいの!?」

 若いと言えば怒られ、大人びてると言えば怒られ。何だろう。面倒くさい。

 顔を赤くして口を(つぐ)んでいる。そこまで怒ることだったのかな……。あと、隠しているつもりだろうけど、「む~!」って声聞こえてますよ?

「え、えと……」

「もぅ、マリのせいで話が進まないじゃない!」

 えぇ…………僕の所為ですか……………………。

 確かに話がそれた原因はミエと意見が合わなかったことだろうけど、その方向を正さず突き進んでいったのはミエだと思う。あと、出会って数日でこの打ち解け様はどうなのだろう。同い年だからこんな感じで良いのかな。少なくてもこのことを怒ってる様子はないし。

「それでね、」

 気分が高揚していることを自覚したのか、咳払いをして話を戻そうとする。早くそうすれば良かったのに。言わないけど。

「マリが会うわけにはいかないけど、私一人だと上手くいきそうにないから離れたところで手伝って欲しいのよ。今度の土曜日に会う約束をしているわ」

「何をすれば良いの?」

「とりあえず思ったことを伝えてくれれば良いんだけど……」

 そう言いながらミエは鞄の中をガサゴソと、何かを探すようにしている。意外と整理するのが苦手なのだろうか。勿論また面倒になるだろうから口にはしない。

「あった!」

 見付けたそれを僕の前に出してくる。戸惑っていると、早く持てと言われたのでとりあえず受け取るけど……

「これは?」

「骨伝導マイク付きワイヤレスイヤホン」

 薄く色の付いたビニル袋に入っていたから、見ただけでは分からなかった。

「別に、市販されているものよ。珍しくもなんともないわ」

 曰く、特殊な機器をつくるほど財力はないそうだ。そう言えば、一体どこから収入を得ているのだろうか。戸籍のない人間に働き口があるのだろうか。

 しかし、また話を逸らしたと怒られそうだからまた今度にしよう。……さっきのは僕の所為ではないはずだけど。

「これで周りに怪しまれず通話ができるでしょ?」

 僕は普通に通話していても問題はない気がするが、依頼主の前にいるミエはそうも行かないだろう。でもちょっと待って、それだと僕は独りで話してる危ない人にならない!?

「私だけじゃ気付かない所もあるから、これで伝えて欲しいのよ」

 慌てる僕をそのままに話は進んでいく。あれ、もしかして無視されているのではなくて、しっかり表情を誤魔化せていると言うことではないのだろうか。これは良いことを知れたかもしれない。

「頼めるわよね」

「もちろん」

「じゃあ土曜日の朝九時にここで待ち合わせね」

 時間を決めて今日は終わりらしい。たった二つのことを決めるだけでこれほどまで時間を使うとは、先が思いやられる。だけど他にすることがあるわけではないから時間が使えて嬉しいと思う自分も居るから複雑なところだ。もっとも、この程度の決め事ならわざわざ会わずともメッセージで済ませられる気がするのだが。

 僕がそんなことを言うと、実は知らぬ間に、ミエは僕を正式なメンバーにする手続きをしていたらしい。受付でのやりとりの大半がそれで、部屋を借りるだけなら一言で良いのだとか。聞いていて判らなかったのかって? ……善処しよう。

 いまいちこの組織の規律が分からないが、ややこしいことをしなくて良いのならそれに越したことはない。()()()()()まだ数日だ。この世界のことはゆっくり知っていけば良い。何も、慌てる必要はない。今の僕には時間があるのだから。ほんと、長い長い時間が。

 学校がなくてバイトもだめで、ネットはあるけどゲームはあまりしないし自分の知名度を上げるわけにもいかないからすることがない。ここ数日はごろごろ過ごしていたけど、さすがに何かしたくなってきた。なんでもいいから暇を潰せるものが欲しい。

 とりあえず日記でも書いてみようかな。

 話を聞く限りこの組織で最も行われるのはお悩み相談。ならばこの先、必ず対応に困ることがあるだろう。そうなったとき振り返られるように。ノートと筆記具くらいならもう持っているのだから。

 僕は鞄からノートを、まだ“生きていた”頃、なんとなく始めてなんとなく止めた日記帳を取り出した。

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