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ふわりん(全文)

作者: 春嵐

全文です。分割したものがカクヨムにあります。

雪。空から落ちてくるそれを、思いっきり頭に、くらった。

「いたっ」

 雪か。あぶないなもう。

「あ、あれ?」

 座り込んでいた。思い出せない。何も。自分の名前。頭が、ぼーっとする。スーツの男の人。駆け寄ってくる。

「ありがとうございます」

「え、何がですか?」

 目の前に、人がひとり転がってる。

「私の荷物、取り返してもらって」

 どうやら、目の前に転がってる人は、私が倒したのか。何も思い出せない。けっこう大柄な人だ。間違っても、女性の私が太刀打ちできる代物じゃない。

「あ、えっと」

 あらためて、座り込んでる自分の姿を見る。赤と白の格好。付け髭。なんだろう、これ。胸の部分が、膨らんでる。触ってみた。なんか安らぐ。私って、こんな胸おっきかったっけ。

 スーツの男の人。こっちをじろじろ見てる。胸を揉んでいた手を、慌てて離した。

「あ、もう大丈夫ですから。どうぞそれ持って行ってください」

「ありがとうございました」

 スーツの男の人が、立ち去った。あぶない。

 立ち上がろうとして、頭痛。うずくまる。

「あれ」

 なんか見える。

「なんだこれ」


 さっきのスーツの男の人。奥さんとこどものために、おもちゃ会社で働いている。

 疲れているけど、帰宅後のクリスマスパーティまでの辛抱だと思って、頑張ってる。ようやく、仕事が終わった。正体不明のふわりんというぬいぐるみが、まさかこれほど売れるとは。でも、ようやく海外工場での長期生産が可能になった。これで自分も製作会社も、長い休みが取れる。品薄は、奇抜な手で乗り切った。クリスマスは、サンタの格好をしている人しか、買えないようにした。これで、なんとか過剰な品薄も乗り切れる。

 帰宅の途についた。手に持ってるのは、クリスマスプレゼント。中には、ふわりんのぬいぐるみ。あっ、盗まれた。窃盗犯。必死で追うけど、姿が遠のく。

 角から、サンタの格好をした人。私か。窃盗犯が、私とぶつかる。窃盗犯が、空中に吹っ飛んだ。なんだ今のは。超能力か。荷物を取り返し、自分の胸をしきりに揉んでるサンタを訝しみつつ、家に帰った。

 彼が帰っても、誰もいない。テーブルの上に、手紙が置いてあるだけ。手紙には、育児に疲れ、体調もすぐれないということが、長々と綴られている。でも、ふわりんのために頑張るあなたの事が好きだから、あなたは仕事を頑張って。奥さんの顔。こどもの顔。奥さん。どこか、高いところにいる。そして、そこから、飛び降りた。

 男の人。奥さんの死体に立ち会ってる。医者。奥さんが、妊娠していたことを告げられている。男の人。絶望して、命を。


 なんだこれは。頭。痛い。

 人ごみ。立ち上がった。頭。まだ少し、痛む。他の人を見つめてみるけど、何も、起こらない。スーツの男の人。探したけど、見つからない。私が倒したらしき人も、見当たらない。

 歩いた。どこへ向かっているのかも、分からない。何か、思い出せるかな。だめだ。頭が、ぼーっとする。急に、不安が押し寄せてきた。自分は何者なんだ。超能力が使えるのか。道行く人の未来が見えるのか。不安は、むくむくと膨れあがってきた。

 そうだ、胸。揉む。柔らかい感触。安らぐ。しばらく、自分の胸を揉みながら歩いた、

 信号。赤。立ち止まる。隣で青を待っている、女性。かわいい帽子をしてる。先端が尖ってて、つのみたい。

「つの?」

 頭が、痛む。つの。なんだ。しゃがみこんだ。


 女の人。見える。ため息。急な仕事が入って仕事場に向かっている。ふわりんという謎のぬいぐるみのアニメを作るというとかで、急な出勤。ぬいぐるみが予想以上の売れ行きで、おもちゃ会社が嬉しい悲鳴を上げているらしい。そして、アニメ化の声が掛かった。制作会社は、我がナカガワファクトリー。

 本当は、クリスマスに恋人と会うはずだった。そしてクリスマスの今日、告白するはずだったのに。ふわりんとかいう謎のぬいぐるみが売れまくったせいで、その予定がご破算になった。ふわりんめ。私の予定を狂わせた罪は大きいぞ。かくなる上は、アニメも大ヒットでバカ売れしやがれ。

 事務所の前にある横断歩道で、さっきと同じように信号待ちをしてる。

 車。突っ込んできた。轢かれる。女の人の走馬燈。働いている場所。アニメ制作の仕事。ナカガワファクトリー。

 先端がつのみたいな帽子。血で、赤く濡れてる。

 恋人が、女の人の変わり果てた姿を見て、茫然としてる。サンタの格好。ふわりんのぬいぐるみ。そして、指輪。泣き崩れる。今日、告白するはずだったのに。


 頭の痛み。おさまった。女の人は、もういない。信号。青。点滅してる。渡れなさそうなので、諦めた。

 自分の姿。そういえば、私、サンタクロースの格好をしている。なぜだろう。やっぱり、思い出せない。

 信号。また青になった。横断歩道を、歩く。信号待ちをしている車。老人夫婦。

 また、頭痛。耐え切れず、しゃがみこんだ。


 老人夫婦。ふわりんの作者。三世代住宅に住んでる。でもなんか、息子夫婦の前で委縮して、居心地が悪そう。

 せっかくのクリスマス。息子夫婦に憩いのときを作るため、おじいちゃんがレンタカーを借りて、おばあちゃんと一緒に街外れの灯台で景色を眺めてる。階段を降りるとき、何かがおばあちゃんのポッケから落ちた。お財布。ふわりんのジュエルが付いてる。車に乗る。おばあちゃんが何か言ってる。ふわりん付きの財布を落としたことに気付いたんだ。車。引き返してる。雪。降ってきたことをおばあちゃんに伝えるけど、おばあちゃんの返事がなくて、おばあちゃんのほうを見る。

 あ。信号。信号が赤だ。車。他の車とぶつかって、路肩に突っ込む。さっきの、つの帽子の女の人が、轢かれた。車。ひしゃげて、燃え上がる。

 息子夫婦。その車に駆け寄ろうとして、周りの人に抑え付けられてる。おやじ。おやじ。叫んでる。もっとおやじと一緒に暮らしていたかったのに。


 頭痛が、収まった。クラクション。道の真ん中で、うずくまってた。あわてて、渡る。

 歩く。頭。もう痛くない。それよりも、さっきから頭痛と一緒に見える、この、わけのわからない映像は、いったい。

「さんた」

 頭痛。

「クロース」

 頭痛は無い。

「さんた」

 頭痛。

「よんた」

 頭痛は無い。

「つの」

 頭痛。

「ホーン」

 頭痛は無い。なんだこれ。私、本当に超能力者なのか。超能力者って、特定の言葉を発せないとか、そういう縛りがあるものなのか。

 気が付いたら、街外れにまで来てしまっていた。崖にある、灯台が見える。雪。海。

「私、どうすればいい」

 人の未来が見える。違う。未来じゃない。終わりが見える。もうすぐ死ぬ人の、その瞬間と、理由が。わからない。なぜ。

「どうすればいいの」

 思い出せない。顔も。名前も。声も。思い出せない。何も。

「苦しい」

 胸がくるしい。私は、なんだ。私は誰だ。私は。わからない。わからない。何も。思い出せない。

 走った。灯台。階段。駆け上がる。息が切れる。何かにつまづいて、転んだ。階段を転げ落ちる。勢いが止まらない。頭を抱えて、身体を丸める。痛みに耐えた。

 転げ落ちる。

 一段ごとに、角が背中に食い込む。また次の一段。食い込む。痛み。痛み。痛み。一番下まで落ちた。身体が止まる。全身。痛い。そのまま、うずくまった。もう、立ち上がりたくない。

 目の前。きらっと、光った。

「おかあさん、きて。サンタさん」

「大丈夫ですか」

 階段を駆け下りる音。声。子供の声と、女の人の声。抱き起こされる。痛い。女の人と、子供。見覚えがある。

「あれ、あなた、どこかで」

 頭痛。そうだ。思い出した。スーツの男の人の、奥さんと子供。全身の痛みが、そのまま、心に、響いた。これから、身投げをする二人。

「だめです」

 肩を掴んだ。

「だめです。しなないで」

 奥さんの、びっくりした顔。すぐに、手を振りほどこうとする。

「いや。離して。もう疲れたの」

 肩。放さない。

「おなかの中に、もうひとりいます」

「えっ」

「あかちゃんです」

 奥さん。妊娠してることを、理解したらしい。震えはじめる。子供が、奥さんにしがみついている。

「どんなことがあっても、しのうとおもっちゃだめ。大丈夫。旦那さん、もうすぐ長期休み取れるから」

 立ち上がる。痛い。全身が、痛い。

 けど、そんなこと、どうだっていい。奥さんの、ポーチ。探る。スマートフォンがあった。ロック画面。パスワードが分からない。

「パスワード」

「い、1913」

 ロック解除。電話帳アプリ。あった。おとうさん。押す。呼び出し音。一回。二回。出て。お願いだから出て。

『おかあさん。いまどこに』

 出た。男の人。切迫した声。

「あなたの奥さんとこどもは、街外れの灯台です。早く来て。あと、産婦人科の予約も」

 それだけ伝えて、電話を切った。

 奥さん。茫然としている。まだ、まだなにか。もう少し何か、伝えないといけない。さっきから、頭が痛い。

「どんなにつらくたって、旦那さんとこどもがいるんだから」

 何を、何を伝えたいんだろう私は。頭。じんじんする。

「これっ、これぐらいのことでっ、へこたれるなっ。気合いだっ。投げられそうになったら、気合で踏ん張れっ」

 よく分からない。

 近くで、光ったもの。思い出した。茫然とする奥さんをそのままに、また階段を昇る。見つけた。これにつまづいたんだ。財布。おばあちゃんのもの。ふわりんのジュエル。持って、走り出す。まだ、間に合うかもしれない。来た道を、引き返す。

 走る。事務所。事務所は、どこだ。そうだ名前。ナカガワファクトリー。いや、名前だけ分かっても、どうにもならない。どうしよう。

 胸。熱い。なんだ。引っ張られる。それに引き摺られるように、走った。

 車。目の前を通り過ぎる。おじいちゃんとおばあちゃん。見えた。車だ。これから、路肩に乗り上げる車。走った。信号。赤になる。車が、止まった。追いつく。窓を、思いっきり叩く。開いた。

「おばあちゃんっ、財布っ、忘れ物っ」

 渡す。おばあちゃんの、笑顔。息が切れていて、うまく言葉に出来ない。

「おじいちゃんっ、よそ見しちゃ、だめだからっ」

 何か、何か言わなくちゃいけないことが。

「えんっ、遠慮しちゃだめですっ」

 おじいちゃん。びっくりした顔。

「遠慮しちゃだめっ、心配されてるからっ、よそ見しないでっ、帰ってっ」

 頭が痛い。でもまだだ。もう少し、頑張らないと。気息を、整えた。

「おじいちゃん、ふわりんの作者ですよね。ふわりんって、いったい何なんですか」

 おじいちゃん。答えてくれた。その場に、へたりこんだ。

 視界。空。曇ってる。雪が、ちらついて、頬に当たった。大事なものを、胸にしまい込んだ。

「あの、だ、大丈夫ですか」

 目の前。女の人の顔。つの帽子。

「あ」

 轢かれる人。とっさに、その人の首を掴んで歩道に投げ飛ばす。

「きゃあっ」

 そのまま、覆い被さる。抵抗する素振り。首を腕でがっちり固める。

「ちょ、サンタさん、くるしい。くるしいから」

「こっ、告白しろっ」

 女の人が、抵抗をやめる。顔。びっくりしてる。

「いますぐ、電話して、そうだ告白、告白しなさいっ、それからっ」

 涙が、あふれてくる。頭が痛い。

「それからっ、仕事終わるまでっ、待ってろっ、て、言えっ」

「なにを」

「両想いだっ、何も考えるなっ。投げられる前に投げろっ」

 涙が、止まらない。目元が、熱い。はなみず。拭った。赤い。はなみずじゃない。はなぢ。頭がくらくらする。目。頭。全身。暗い。なんだ。黒。見えない。聞こえない。

 声。私を呼ぶ声。さわ。沙和。思い出した。私の名前。

「沙和」

 目覚めた。抱き起こされる。顔。涙とはなみずで、ぐしゃぐしゃになってる。

「沙和、おまえ、大丈夫か。全身こんなぼろぼろで、どうしたんだよ、おまえ」

「さんた」

 思い出した。私の、恋人の名前。さんた。津野三太。つの、さんた。

「どう、して?」

「おまえがサンタの格好して買い物に行ったきり帰ってこないから、道場のみんなと探してたんだ」

「さんたああああ」

 抱き付いた。全身が痛んだ。そういえば、階段から落ちてたんだ。

 ひとしきり、泣いた。さんた。泣き止むまで、ずっと抱きしめてくれた。

「あ、そうだ」

 胸を探る。大事なものを、取り出した。

「はい、これ。サンタから、さんたに、プレゼント。これのためにサンタコスプレまでしたんだから」

 ふわりんの、ぬいぐるみ。

 作者の、サイン付き。

「なんだ、これ」

 怪訝な表情。

「ふわりん。今度テレビアニメ化するのだ」

 立ち上がった。まだ少し、全身が痛む。でも大丈夫。柔道をやってたから。こんな傷、へっちゃらだ。

「さんた、帰ろ」

 雪。空から落ちてくるそれを、軽いフットワークで、かわした。



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― 新着の感想 ―
[一言]  予知能力で世界を救えるといいですね。
2017/12/24 11:27 退会済み
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